第46話

何故か仲間割れをしてくれたおかげで逃げ出せたが、これで安心というわけにはいかない。

クルクは繋いだ手の先に居るツヴァイを肩越しに見て、走る速度を落とした。


ただでさえ体格差がある上に、どちらも魔力切れ目前。

万全の体調ではないし、少しでも余力を残さなくては。


抱えて走ってやれるだけの体格と力があれば良かったが、正直走り続けるのも苦しい。

自然と小走りから早歩きに変わった歩調に、ツヴァイは文句も言わずーーというより言えないのだろうがーーついて来ている。


コミュニティの仲間はどうなった。

先に進んだはずの仲間達は一体、どうしている。


殿を引き受けたが、全ての敵を此方に引き寄せられたかは分からない。

無傷でなくとも、せめて誰も命を落とさずに目的地に辿り着ければ、何も言うまい。


もっと早く移動が出来ていれば。

布団の中で小さくなって泣いていた、幼い子供の姿が脳裏を過った。


大丈夫だ、あいつにはじい様達がついている。

だめ押しでお守りも与えたのだから、そう容易く敵の手に落ちることはない。


あいつのせいで、なんて言うとばあ様達もじい様達も拳を此方に向けるに違いないし、全てがあいつのせいであるとはいくらなんでも言わない。


あいつだけの為に足踏みをしたわけじゃないのは本当だ。

全員が動ける状態であれば、どうにかしてあいつを連れ出してしまう算段もつけた。


結局は段取りがつけられなかったから、こうも出遅れた。

その責任を問うなら、自分に責任がある。


これで預かった子供を危険に晒すのは二度目だ。

今回は手近に置いたにも関わらず、ツヴァイを一度は敵の手に渡して、今も無理を押して移動させている。


声を掛けてやる余裕すらなく、ただ二人分の荒い呼吸が絶え間なく聞こえ、薄暗い空間ではそれが重く響いた。

進む足を止めず、記憶に焼き付けた地図と現在地を脳内で照らし合わせ、時折背後を振り返る。


追手が来ていないことを確かめるのは何度目か。

仲間と出会わないかと辺りを見回すのは何度目か。


灯りに回せる魔力など無かったが、既に目が薄暗闇に慣れてきた頃、繋いだ手が離れた。

後ろを振り返ると、立ち止まったツヴァイが



「ミル……?」



妹の名を呼んで、来た道を数歩戻り、壁の隙間に手を伸ばしていた。

すると、その隙間から細い腕が現れ



「おにいちゃん」



極小さな声音だったはずだが、今ははっきりと聞き取れた。



「ミル、どうしたの? 何で、一人でこんなところに」



しっかりとミルを抱き止めたツヴァイの言葉に、はっとした。



「おい、じい様達は何処に居る」



ツヴァイの腕の中で、ミルは



「たたかってる」

「戦ってる!? 何とだ!」

「おおきな、きかい。けど、たぶん」



少し口ごもってから、こう言った。



「しんじゃう」












その時のクルクの顔を見て、言葉を間違えたと後悔した。

もっと違う言葉があったはずなのに、私も酷く混乱していたのだと口に出してから気付く。


能面のような表情のクルクの代わりにツヴァイが



「ミル、何があったか。詳しく話せる?」



優しく問いかけてくれたので、これまでにあったことを出来る限りの丁寧に答える。

それが、クルクやツヴァイが欲しかった答えでないとは知っていたけれど、答えるしかなかった。


私が見たのは、コミュニティの人々の遺体と機動兵器。

私に逃げるように言った男性達の背中。


後は暗い空間をただ真っ直ぐに歩いて来た。それだけ。



「これから、どうするの?」



落ちた沈黙を破って、ツヴァイが尋ねた。

が、その尋ねた相手であるクルクは黙ったままだ。


それも仕方がない。

私達よりは一回り近く年が上だが、クルクも子供なのだ。


本人が認めるかは定かではないが、自分の保護者の死を告げられて、すぐに立ち直って先を考えろというのは無理がある。

母と祖父を殺されたツヴァイがそれを察することが出来ないわけではないだろうが、事態が急を要するのも事実で。


しかし、戻るにしろ進むにしろ。

どちらにも敵が居るとなると、手詰まりなのも事実で。


ツヴァイの腕の中からクルクを見つめる。

まだ子供なのに多くの責任を負ってきた彼が今、どれ程打ちのめされているのかは、私には計り知れない。


ただ、一人の子供が背負うには荷が勝ちすぎていることだけは確かで。



「だいじょうぶ?」



そっと手を伸ばして、クルクの指先に触れると驚くほどに冷たかった。



「大丈夫なわけないだろ……ばあ様達もじい様達も他の皆も死んでるかもって言われて、大丈夫なわけがない」

「あ……」

「こんな八方塞がりで、仲間も居なくて、どうしろって? お前らの為だけに俺が考えなくちゃいけないのか?」



その義理はない、と言ってあげられれば良かった。

クルクが考えなくても、私達が考えてクルクを助けてあげられれば良かった。



(だけど、私達が今、頼りに出来るのは……)



「……じゃないの?」



ぼそ、と聞こえにくい呟きが頭上に降ってきた。

え? と思うより先に



「僕とミルは仲間じゃないの?」



ツヴァイの声は湿っぽかった。



「僕はクルクも皆も仲間だって思ってるよ。だから、クルクと戦うのも受け入れた。だけど、クルクは僕らのことを仲間だと思ってなかったんだ」

「……」

「いつものお喋りな口はどうしたのさ? それとも、本当のことだから、口にするまでもないってこと?」

「お前達は客人だ」

「へえ! その客人に戦うように言ってたの?」

「それくらいは」

「それくらい? それくらいのことで、僕は捕まったよね? なに? 逃げられたから、それでいいって思ってるわけ?」

「結果的に無事だろう、お前は」

「クルクも無事じゃん!」

「今はそういう話をしている時じゃない」

「じゃあ、どういう話ならするって言うの? それとも、仲間じゃない僕達とは話せない?」

「さっきから! そういうどうでもいい話は」

「おにいちゃん、クルク」



会話が脱線している、流石にこういう場合じゃない。

どうにか軌道修正をかけようとしたのだが



「どうでも良くない!!!!!!!」



逃げ惑っている人間が出すべきではない音量の叫びに、クルクが表情を変え、ツヴァイの口を掌で覆った。



「馬鹿! 敵が寄ってきたらどうすっ痛っっっ!!!?」



がぶり、と音がしそうな勢いでツヴァイが掌に噛み付き、クルクが大きく後退りすると



「知るか、そんなの! 八方塞がりで仲間も居なくて、一人でジメジメ立ち止まってたいクルクなんか、もうどうでもいい!」

「言いたいだけ言いやがって! 状況把握も出来てない子供が騒ぐな! お前一人で何が出来る!?」

「僕は一人じゃないよ、ミルが居るから。ね、ミル。僕が絶対守ってあげるから、大丈夫だよ」

「はん! 何が守ってあげる、だ。魔力切れしたお前が誰かを守れるわけないだろ。馬鹿じゃないのか?」

「あんたは客人一人守れてないだろ! 契約どうこうで僕らに構ってたなら、最低限お金の分ぐらいちゃんとしなよ!」

「お前ら、何ヵ月コミュニティに居たか覚えてないのか? あんだけ長期間面倒見てやってたら、もう過剰サービスの域だ!」

「じゃあ、放り出せば良かっただろ! 仲間じゃないんだから!」



自棄になったように吠えるツヴァイに、噛まれた掌を擦っていたクルクは一度口を真一文字に結んでから


「~~仲間じゃないとは、一言も言ってないだろうが!」



そう吠え返したので、ツヴァイの勢いがそこで止まった。



「あーはいはい、分かったよ! お前もその妹も仲間だ、これで気は済んだか? 済んだな? そもそも、お前の妹が見たってだけで確証は持てないし、生き残りが0だとは限らない。助けを待ってる可能性だってある。お前の妹の情報だけじゃ頼りない」



それもそうだ。

あの時は生存確認なんてしていられなかったし、あの中には生きている人だっていたかもしれない。


ツヴァイの腕が離れて、抱き締めるから手を繋ぐにポーズチェンジ。



「じゃあ、これから、どうするの?」



二度目の問いかけに、クルクは口の端を上げて



「進むしかないだろ」



やや不格好な笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る