第45話
11番13番21番23番30番の瞳は濁った灰色から、本来の色を取り戻した。
意識は明確になり、自我が目覚めた。
きっかけは捕獲対象であった黒髪黒瞳の幼児が使用した水魔法。
強大な癒しの効果を持つ水に浸かったことにより、洗脳や実験で弄られたものが元に戻っていた。
時間は負傷した老人達よりも掛かり、水に浸かった機体は大なり小なりの故障が発生し、出遅れる。
彼等には選択する必要があった。
逃げ出した老人達と今回の捕獲対象である黒髪黒瞳の幼児を確保して、守るか。
通信で捕獲された旨を聞いた2名の同胞を助けに行くか。
5人は僅かばかり悩み、最終的には後者を選んだ。
万が一にも捕獲した機体が先に帰還してしまえば、もう助けようがない。
黒髪黒瞳の幼児の方は、老人達は勿論、幼児がとてつもない魔法を使えるというのは身を以て知った。
あれだけの実力があるのであれば、間違いなく脱出は出来るはずだ。
決まれば、動き出すのに時間は掛からない。
簡易な修理で機体が最低限動けるようにし、狭い下水の中を一列に並んで進む。
そうして、彼等は2人の同胞を捕らえた者達。
彼等と同じく洗脳や実験で弄られて自意識が薄く、ただ命令されるままに動く、こちらもまた同胞に会った。
訝しむように前に出てきた一体をアームで薙ぎ倒せば、今回の作戦の指揮を取っていた6番が彼等を番号で呼んだ。
振り分けられた数字に未だにぴくりと反応してしまいながらも、彼等は目的を簡潔に伝え、6番も正気に戻るのではないかと期待を込めて話しかけた。
が、世の中はそんなにも都合良く事は進まない。
6番の周りにいた機体を薙ぎ倒し、収納部を無理矢理抉じ開ける。
それを止める為に6番が前に出てきたが、30番が上手くすり抜けて他の機体の収納部を抉じ開けに行き、残りの4体で6番を押し止める。
「こんなことをして何になる」
6番は一人で4体を相手にしても、問いかけるだけの余裕があったが、対する4人は答える余裕もなく懸命に機体を操っていた。
与えられた機体の性能も、機体の操作にしても6番の方が遥かに上をいくのは知っていたが、四方からの攻撃をも的確に処理出来るとまでは誰も思っていなかった。
水に浸かった機体はろくに機能を使えない為、単調で簡易的な攻撃しか出来ないのも問題の一つだ。
このような攻撃では6番を倒すことは難しい。
それでも、彼等は当初の目的をやり遂げた。
30番の足元にはチェリーとグレープがそれぞれ立っていた。
目標はこれで半分は達成されたと言っても良い。
あとは2人を無事に逃がせば、それでいい。
しかし、それこそが一番の問題で
「作戦を一時的に変更する。反逆者11番13番21番23番30番、5名を戦闘不能にせよ。生死は問わない」
6番の号令で残っていた機動兵器が狭い下水を塞ぐようにしてずらりと並ぶ。
「逃げろ、同胞。ここは此方で対処する」
「逃げろって言われても、どこにどうやってさ」
疲れきった表情のグレープの言葉に返事はなかった。
代わりにチェリーがグレープの手を引き、6番の横をすり抜けていく。
通常ならば捕獲対象が逃げ出せば、優先的にそちらを負うはずなのだが、6番は2人に反応しない。
作戦の優先度が一時的に変わったからだろう。
機動兵器は製造の為の資金や技術者が多くなく、数には限りがある。
破損は大きな損害となり、万が一にもグランツヘクセ側に機体が渡るようなことがあれば問題になる。
そんな問題を起こしかねない個体が5体も揃っているのだから、そうならざるもえない。
意図せず、囮を引き受けることになった彼等はたった2人の同胞が走り去るその背中を見送り、再び6番に語りかけた。
「俺達は分かり合えるはずだ」
「断じて、それはない」
「同胞よ、目を覚ませ。俺達が戦うべきなのは誰なのかを、よく考えてみろ」
「問答はもういい。投降するなら今だけは待ってやる」
「同胞達を傷付け、捕獲しないというのなら何でもしよう」
「答えなくとも分かるだろう。お父様の言うことに逆らう者は要らない」
「残念だ、同胞。出来ることなら、君の名を呼んでみたかった」
「俺は6番。そんなことも忘れたのか」
そうして、名前と自分自身を取り戻した彼等は、無謀としか言えないが、再び戦闘体勢に移った。
ミルです、一人で逃げることになりましたが、完全に道に迷いました。
薄暗いやら汚水の臭いが漂うやら心許ないやら。
どこに行くのが正解なのかが、さっぱり分かりません。
ゲームの時みたいにマップ表示があれば良いのに、そんな都合の良いものは出てきやしない。
最早、男性達と別れた場所さえも何処だったか不明瞭。
とりあえずで、真っ直ぐに進んでは居るのだけれど、人の気配は感じられない。
こんな時は何処かに隠れていた方が良いのだろうか。
この小さい体なら、大体の隙間に潜り込める。
その点だけはこの体の良いところなのだけれど、如何せん移動に関してはスピード不足にも程がある。
先程まで男性に運んでもらっていた時は、景色がーー似たようなものばかりだけれどーーびゅんびゅんと変わっていたのに、どうしてこうなった。
駆け足から早歩きに変わり、後にとぼとぼとした歩調になって、残してきた男性達や見覚えのある顔ぶれの死体の山を思い出す。
オレオルシュテルンがグランツヘクセの人間に非道を行っているという設定はゲーム内で説明があったが、こんな風に命を奪うようなことまでしているのだとは本気にしていなかった。
前世でも殺人事件や誘拐などのニュースは見てきたけれど、あんなにも無惨に大勢が殺されるなんて想像もしていなかった。
私が魔力過敏など起こさなければ、もっと早くに移動が出来て、誰も死なずに済んだかもしれない。
クルクだって言っていた、もっと早く移動したかったということを。
きっと、私のせいだ。
移動が遅れたのもそうだし、私が今回の捕獲対象だと機動兵器の操縦士は言っていた。
私が大人しく捕まっていれば、少なくとも私を運んでくれた男性達くらいは助かったかもしれない。
なのに、私は言われるままに逃げ出してしまった。
怖かった。
積み上がった死体の山、それを作り出した機動兵器。
目の前にある光景を視覚、聴覚、嗅覚で感じ取った。
これは紛れもない現実なのだという確信。
自分ではどうしようもないという自覚。
頼りのお守りも使いきってしまい、残ったのはアインスを呼ぶためのアイテムだけ。
アインスなら、必ず助けてくれるだろう。
きっと、私だけならば容易に。
でも、あそこにはツヴァイもクルクも居なかった。
可能であるならば、2人を探したい。
助けられるなら一人でも多く。
それだけではなく、彼等の安否も知りたい。
クルクがついているし、ツヴァイは十分が過ぎるほどに魔法が使えるから、きっと無事だとは思う。
思っているけれど、絶対そうだとは限らない。
一番の戦力だからと最後に出発した2人だけでなく、私達よりも後に出発したはずの人達ともすれ違っているのか。
誰とも遭遇しない。
せめて、少しでも誰かが生き延びていてくれたら。
そんな願いを抱きながら、一人きりで歩いていた。
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