第44話
はい、此方は絶賛運搬され中の(前世を会わせると100歳近い)女児です。
もうすぐ着くを何度か聞いている内に、徐々に寒気が背中を這い上がり、何だか気持ち悪くもなってきた気がします。
これって乗り物酔いならぬ人酔いというものなのか。
鉄の箱よりはうんと楽なはずだし、振動も少ない。
酔う要素はあまりなさそうだけれど、ここは下水。
臭いのせいで具合が悪くなっている可能性もある。
気を紛らわせようにも、走り続けている男性達は話している余裕はなさそう。
出来ることは黙って思考に浸ることぐらいだけれど、不安要素が多すぎて、考えれば考えるほどに悲観的になってしまう。
きゅっと、掌にあるアインスとの連絡手段となるそれを握る。
何でも、これを壊せばアインスに私達の居場所が伝わるようになっているらしいが、これもまたゲーム内のアイテムだったような気がしなくもない。
効果は一度きりで使えるタイミングも決まっているが、特定のキャラクターを召喚出来る代物。
大概は攻略相手の好感度を上げる為に使われるか。
そうでなければ、ピンチの際にお助けキャラクターとして、その時点で一番好感度の高いキャラクターが現れる……だったはず。
これはアインス専用のアイテムなのだろうか。
アインスがその為に、と渡してくれたのだから、きっと来てくれると信じたい。
抱き上げられて運搬されつつ、気持ち悪さは少しずつ上がっていく。
何だか、覚えのある感覚なのだけれど、それがいつ。
どこで起こったのかは覚えていない。
寝ていれば、少しは楽になるか。
でも、脱力した人間は重いらしいし、男性達が頑張っているのに私だけ寝ているのは良くない。
掌の中のそれを握りながら、深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。
先発したコミュニティの人達は逃げ切れたか。
クルクとツヴァイは今どの辺りに居るのか。
そんなことを考えている内に、男性達の足が止まった。
「……やられた」
怒りと悲しみを混ぜ合わせた声につられて、男性達の視線が向いている方を見た。
赤く染まった山がいくつもあった。
それは一緒に縫い物をしたり、料理を作ったりしていた女性達、重いものを持ってくれたり、何かと世話を焼いてくれていた男性達で構成されたもので。
一目見て、ああ、もう助からないんだな。
そう確信するような状態で、私を運んでくれていた男性達はくるりと方向を変え、黙ってまた走り出す。
何が起きたのかは、なんとなく想像がつく。
というより、ゲーム内のテキストで出てくるのだ。
クルクの属していたコミュニティが壊滅的なダメージを受け、多くの仲間を失った過去。
まさか、それがこの時だったなんて思いもしなかった。
あれはきっと先発した人達だ。
あの惨劇を作り出した相手は、何処に居るのか分からない。
分からないけれど、逃げ出さなければならないことだけは分かる。
あれだけの人数を手に掛けるとなると、それなりの数の敵が潜んでいるに違いない。
男性達の判断は正しかった。
判断自体は正しかったのだけれど
「目標発見、捕獲を開始する」
行く手の先にぬるりと影から抜け出すようにして、機動兵器が現れた。
ステルス機能付きの機動兵器は、確か物語の中頃以降しか出てこないはずなのに、どうして。
あまりのことにぽかんとしている間に、私を抱える男性を両側から挟むようにして身構えていた男性達に向かって、アームのような物がしなる。
男性の内の一人が咄嗟に土の壁を作り出したが、しなるアームに打ち砕かれ、破片があちこちに飛び散る。
続けて、もう一人が隠し持っていた種を機動兵器に投げ付けたかと思えば、異常なスピードで種が育ち、夥しい量の蔦が機動兵器を縛り上げる。
これで、少しは時間が稼げる。
ほっとしたのも束の間。
ぶちぶちと音を立てて蔓が一本ずつ引き千切れていき
「へー、面白いじゃん。結構やるんだね、じいさん達」
緊張感のない、まるで親しい相手に話すような調子で機動兵器の中に居る人物の声が聞こえた。
「足止めには結構有効だけど、強度がイマイチだったのが残念なとこ。まあ、年食ってるから仕方ないか」
「あいつ等を殺ったのは、お前か」
私を抱き上げている男性が固い声で尋ねると
「そうだよ。抵抗も殆ど出来てなくて楽だったけど、退屈な奴等だったな。捕獲して使えるようなのは一人もいなかったしさ。とんだ貧乏くじを引いたと思ったら、捕獲対象がこっちまで来てくれて良かったよ」
明日の天気はどうだっけ、くらいの軽さで。
当たり前のように、悪びれるでもない答え。
山と積まれた死体の数は、コミュニティに属する人々の半数ほど。
恐らくは先発組は全員この機動兵器にやられてしまったに違いない。
「素直に引き渡すと思うのか」
「いや? 別にやりたいだけ抵抗してくれていいよ。どうせ最後は俺がその子供を連れて帰るんだから」
「なら、手加減はなしだ」
そっと、腕の中から下ろされて、男性達の背中を見上げる。
「時間稼ぎぐらいは出来る。出来るだけ遠くに逃げろ」
「じかんかせぎって」
「俺達のことは気にするな。お前はこんなところで終わっていい存在じゃない」
「でも」
「いいから行け! 走れ!!」
突然の大声に驚きながら、短い足を懸命に動かす。
背後から聞こえる破壊音に振り向きそうになったが、頑張って前だけを見て、言われた通りに走り続けた。
ミルが逃走を余儀なくされていた頃。
クルクとツヴァイは予想外の展開に巻き込まれていた。
「何のつもりだ、11番13番21番23番30番」
何故か、機動兵器同士が戦っている。
激しく動く機動兵器の収納部は同じように激しく揺れる。
外の様子は分からないにしても会話の内容や、ぶつかり合う際の衝撃などで察しはつく。
機動兵器同士が戦っていることについては察したが、どうして仲間同士で争っているのかは皆目見当がつかない。
「答えろ、11番13番21番23番30番」
「俺達は番号ではない名がある」
「俺達はグランツヘクセの者。同胞を守るのに理由は要らない」
「6番、お前にも名があるはずだ」
「お前もグランツヘクセの者だろう。捕らえた同胞を解放するといい」
「……狂ったのか」
「狂っているのは俺達ではなく、6番。そして、他の番号付きだ」
「俺達は思い出した。「父親」の呪縛から解き放たれた」
「救われたのだ、幼子に。それ故に、ここから先へは行かさないし、同胞を解放させてもらう」
「愚かな。俺とお前達との力量差も忘れたか」
「忘れてなどいない。それでもやらねばならない」
「グランツヘクセの人間は仲間を守り、救う」
「本質を取り戻した今、やることは決まっている」
金属が擦れる音が絶え間なく聞こえる。
収納部の中でそれらを聞いていたツヴァイとクルクは、大体の予測がついていた。
何らかの事情で11番13番21番23番30番と呼ばれた個体が、6番と呼ばれた個体を含めた機動兵器集団に立ち向かい、ツヴァイとクルクを奪還しようと試みている。
それはあまりにも自分達に好都合過ぎると二人は思ったが、同時に淡い期待を持った。
何らかの意図で演技をしているのだとしたら、あまりにも意味がない。
ツヴァイとクルクは既に捕らわれているし、二人を助け出そうとする者を誘き出そうにも、二人は最後に出発した。
恐らくは6番と呼ばれた個体を含む機動兵器集団より、前を行っていたであろう11番13番21番23番30番が戻ってきてまで無駄な小芝居をする意味はない。
だとすれば、彼等は純粋にツヴァイとクルクを救いに来た可能性が高い。
もしかすると、単純な仲間割れや成果の取り合いの可能性も無くは無いが、これで共倒れないし、収納部の一部でも破壊してもらえれば儲けものだ。
この際、いくらかの打撲を負ったとしても、脱出出来る見込みが出たのは大きい。
「目を覚ませ」
「それはこちらの台詞だ、6番」
「本来のあるべき形に戻れ」
「出来なければ、後々に後悔するのはお前自身だ」
勝つにしろ、相討ちになるにしろ、負けてしまうにしても。どうにか脱出への糸口が開ければ、それだけで十分だ。
声にこそ出さなかったが、クルクは11番13番21番23番30番を応援し、ツヴァイは6番を筆頭とする機動兵器の壊滅を純粋に願った。
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