第42話
初老の男達は走っていた。
先頭に一人、鉄の箱を背負った者が間で、もう一人が殿。
彼等は追われていた。
何機、十何機という機動兵器に。
走るだけで逃げきれるはずもなく、魔法で岩を生み出しては破壊されるまでの間に距離を稼ぐ。
そうして幾ばくの時間が稼げたかは、彼等にとって重要ではない。
彼等は逃げ切らなければならなかった。
鉄の箱の中の、皆が愛おしんだ幼い子供を安全な場所に連れて行かなければならなかった。
箱の中の子供は特別だった。
炎の魔法を使ったからではなく、その幼さが特別だった。
彼等の仲間は年々減っていき、殆どの顔ぶれは老いていて、若者は連れ去られるか。
そうでなければ、コミュニティの為に力を使い果たして散っていく。
子供でいえばクルクが一番年下であったくらいで、箱の中の子供・ミルとその兄のツヴァイほど幼い子供は誰も久しく見ていなかった。
ミルとツヴァイは彼等の光だった。
まだ、守れる子供がいるのだと彼等は、コミュニティの皆が希望を持てた。
既に皆を率いていたクルクに比べるまでもなく、二人は本当に子供らしかった。
可愛い、可愛いと愛でられ、守られて育ち次世代を生きるはずの子供だ。
必ず守らなくてはいけない。
どうやってでも守り抜かなければ。
彼等は機動兵器の中の人間が何者かを知っている。
拐われた子供達が洗脳されて、仲間を捕獲し、時には殺す。そのように作り替えられるのだと知ってしまっている。
逃げ切らなければ、ミルも「そう」なるだろう。
考えるだけでも、彼等はぞっとする。
グランツヘクセは何より仲間を大切にする。
それを、仲間同士で争わせるようなオレオルシュテルンの人間の正気を疑っていた。
本当ならば、自分達を追う機動兵器の機主も愛すべき子供達であるはずなのに。
憤りもあった、悲しみもあった、それらを飲み込まねばならないと諦めるだけの時間も十分にあった。
だから、彼等は足を止めない。
筋肉が悲鳴をあげようと、魔力切れを前に血の気が引き冷や汗を垂らそうと。
彼等は諦めない。
頼りのクルクとツヴァイも何処かで戦っているはずだと信じていたから。信じていたかったから。
どれだけ一歩踏み出すのが苦しくても、決して足を止めはしなかった。
がしゃん、と大きな衝撃で目が覚めた。
目眩はどうやら収まったようだけれど、打ち付けられた痛みで身体がズキズキする。
が、そんなことはすぐに頭から吹っ飛んだ。
何故なら、私の目を守る為の鉄の箱が開いてしまっていたからだ。
慌てて目元を押さえて激痛に備えるが、感じるのは下水の臭いと薄暗闇。
そっと指の間から外を覗いてみても、痛みは少しもない。
魔力過敏、これにて終演!
やったー! と喜んだのも束の間、置かれた状況に異変を覚えるのに随分と時間が掛かったのは、魔力過敏の眩しさと痛みが身に染みていたからで。
どうして、鉄の箱が開いたのか。
どうして、開いた先の景色に見知った人達がいるのか。
どうして。
どうして、皆、倒れているのか。
「なんで」
呟いて、這うようにして倒れた人達に近寄る。
「どうして」
息はある。
なのに、腕がひしゃげていたり、足が千切れてしまっていたり。
何があったのか。
そればかりが頭の中をぐるぐる回って、息も絶え絶えな人達を途方に暮れたまま見ているしか出来なくて。
「ナーデル……」
「あっ」
一人が薄く目を開いたので、その側まで行こうとする。
すると、酷く辛そうに腕で払うような仕草をしたその人は
「逃げろ」
ただ一言だけ呟いたきり、何も言ってくれなくなった。
逃げろって、どういう意味、なんて。
聞かなくても「周り」がすぐに教えてくれた。
『目標を確認。捕獲に移る』
目標、捕獲。
聞きなれない単語だったけれど、それが私に向けられたのは分かった。
見上げるほどの巨大なロボットが数台。
ああ、これって確か作中に出現する機動兵器だったっけ。
こんな時に、ぼんやりと考えている間に周りを取り囲んでいた機動兵器が近づいてくる。
逃げなきゃ、と思ったのと同時に、無理だと悟った。
この不自由な子供の体で、どうやったら機動兵器から逃げ延びられるだろう。
想像も出来なくて、伸びてくるアームを眺めていた。
ああ、もっと考える時間があれば。
取れる手段が何かあるなら良かったのに。
どうしようもなく、ただ願ったその時。
カチリ
時計の針の音が聞こえて、世界が静止した。
何故、そのように感じたのかは簡単なこと。
私以外の全てが、機動兵器も下水の流れさえも止まっていたから。
いや、正確には全てではない。
私と「ゲームヒロインとしての少女の姿をした私」が、目の前に佇んでいた。
「あなたは」
誰、と問いかけようとすると、少女の姿をした私は微笑んで首を横に振った。
「あまり時間はないの。選んで」
そう言ったかと思うと、私の眼前にゲームと同じ「選択肢」が浮かんでいた。
は、え?
急に、なんでこんなものが???
混乱を極めて固まっていると、少女の姿をした私が軽く「選択肢」に触れて
「ツヴァイのお守りを使う、アインスを呼ぶ、全てを諦める。さあ、貴方はどれを選ぶ?」
指でなぞりながら読み上げられて、混乱したまま少女の姿をした私を見上げる。
「どれをえらべば」
「教えてあげられない。だけど、考える時間はあげたでしょう? さあ、早く選んで。もう時間はないわ」
そう言って、つぃ、と指が指したのは「選択肢」の上でカウントダウンを刻む時計のシルエット。
ちくたく、ちくたくと動く針が徐々に赤く染まって震えだす。
「もうすぐ時間切れよ。早く選ばなきゃ、全部諦めることになる」
「ぜんぶ、あきらめる?」
「そう。貴方はもう諦めるの? それとも、まだ歩み続ける自信がある?」
歩み続ける自信。
それを自分が持っているかは微妙なところだけれど、一つだけはっきりしている。
「あきらめない」
「そう。そう、ならいいの。早く、選んで」
胸元にはツヴァイのお守りとアインスが緊急連絡用にとツヴァイに預けていた物が、何故か同じくらいぴかぴかと輝いている。
「急いで、早く選んで」
「まって、すこしだけかんがえ」
「早く、選んで」
急かされると考えもまとまらないし、そもそもこの急展開についていけていない自分に、少女の姿の自分は厳しかった。
早く選べとせっつかれながら、諦める以外の選択肢で悩む。
ツヴァイのお守りの効果は恐らく水魔法で、機動兵器を足止めくらいは出来るかもしれないが、負傷した人達を助けられるかは分からない。
かといって、この場にアインスを呼び出すのはまずい。
何せ、この機動兵器はアインスの父親が差し向けているという設定だった。
ここで、アインスが姿を現すのは立場的にもタイミング的にも良くない。
となると、取れる選択肢は
「きめた」
「どうするの?」
「ツヴァイのおまもりをつかう」
一か八か。
私の為にと、力を注ぎ込みすぎて魔力過敏が起きるほどのお守りと、そのお守りをくれた可愛らしい兄を信じよう。
私が選択するのと同時に、少女の姿をした私が「選択肢」に触れて
「これからも貴方が選んだ道を進むの。それだけは忘れないで」
まるで「選択肢」の中に吸い込まれるように、少女の姿をした私が消えると、時間は再び動き出し、ツヴァイのお守りが強く光を放った。
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