第40話

夜間は人通りがほぼ無い。

宵闇を照らす人工灯はエネルギーの無駄遣いとされ、殆どが撤廃されており、出歩かないように国として推奨もしている。


その為『狩り』は主に夜間に行われ、今回もその運びになっていた。


機体には夜間でも明瞭な視覚データを取り入れられるシステムや技術が組み込まれており、夜間走行になんら問題はない。

また、走行時起動時の音もかなり低い。


『狩り』が表沙汰にならないよう、最大限の労力がかけられた機体を下水へと滑り込ませ、昼も夜も変わらず暗く湿った下水道に着いて、すぐに熱探知と魔力探知のセンサーのスイッチを入れた。


今の所、反応はない。

慌てず騒がず、機体の能力の一つである透化を使用。


これで、すぐに相手に気付かれることは先ずない。

ゆっくりと機体を指示されたルートへ走らせる。


どこも似たような景色で、確かに隠れるには良い場所なのだろう。

そんなことを頭の端で考え、スクリーンをじっと見つめる。


取り零しなんて許されないのだから、本来考え事をするようではいけない。

思考を切り替えて、ただただスクリーンの映し出すものに集中していると、不意に巨大なものが映った。


熱反応はない、それは



「岩」



岩石が盛り上がったもの。

下水道には有り得ないものを前にして、躊躇なくアームでの破砕を試みる。


すると、何度か目の試みで岩石は破砕され、向こう側が見えた。



「ダメージレポートを」



無駄かと思いつつ声を掛けると、ひしゃげた機体から通信が返ってくる。



「……戦闘維持不能、身体に……も深刻なダメージ」

「回収の予定は」

「本部に連絡済み……旧機体での……回収予定」

「何があった」


「複数の魔力持ち……からの攻撃、その中の一名がおかしな……ものを運んでいた」

「具体的には」

「鉄の箱だ……子供が入れそうな……くらいの」


「なるほど」

「恐らく……当たりだと思われる。可及的……すみやかに、捕獲……に向かわれた……し」

「了解した。回収まで気を確かに」



気休めの言葉を吐いたが、恐らく間に合わないだろう。

ちょうど、操縦者が居る辺りが潰されている。


こちらに応えた操縦者の声は酷く小さく、掠れていた。

それなりに強い魔力持ちが『目標物』を運んでいるのは予想がついたが



「逃がしはしない」



あちらも死ぬ気でこちらに攻撃してくるだろうが、こちらも死ぬ気でやらねばならない。

ひしゃげた機体の兄弟のように、命が失われるようなことを望んでいないのであれば、の話だが。












「このっ……!!!」


水の刃が下水道の暗闇からヌラリと這い出た妙な生き物に当たる。

ギャリリリリ……ッッッと、耳障りな音を立てて相手の皮を走る水の刃。


それだけではなく、続けてクルクが炎の柱を足元から生やした。

こうなると普通の生き物だったら死んでいて当然だ。


なのに



「なんなんだよ、こいつ!?」



ガシャンカシャン。

音を立てて、こちらに向かってくるナニカに吠えると、クルクは一緒に動いていた数人を先へ促し



「俺達みたいな魔力持ちの捕獲兼殺害用機動兵器だ! 毎度硬度や機動力が上がる嫌な相手だよ!!!」



言いながら、炎の出力を上げて、表面を溶かしてはいる。

溶かしてはいるけれど、本当に表面だけが溶けただけのようで、ミルの前ではしない舌打ちを一度。


それから、下水に流れる汚水を目一杯まとめ、その兵器とやらをぶち込んだ。


そうすると、音こそ聞こえなかったがジタバタと動いていた兵器は暫くすると動かなくなった。


念の為にもう暫く浸けてから、汚水を下水に戻すと、クルクが兵器の胸の辺りを弄り『中身』を引きずり出した。


その中身は子供だった。

鮮やかな蒼い髪の、僕より年上だろう汚水にまみれた子供を抱き上げて、クルクがその子供の濡れた前髪を後ろに流し



「ナット」



呟いたのは、多分名前。

知り合いか、何かだったんだろうか。


声を掛けようと思ったけど、思い止まった。

クルクの腕の中に居る子供を殺したのは僕だ。


僕が殺した相手とクルクの繋がりを聞くのは、気にはなるけれど、あまり気が進まない。


クルクの気が済むまで、と思ったけれど、すぐにクルクは腕の中の子供を地面に横たえ、瞼を閉じさせてから、早口でグランツヘクセの祈りを唱えた。


それから



「あいつはコミュニティに居て、移動の時に拐われた子供だ」



聞いてもいないのに、そう話し出してクルクは前へ進む。



「この暗闇じゃ、よく見えなかったかもしれないが、蒼い髪と瞳が綺麗だったんだ」

「……そう」

「俺が魔法を教えた。火と水の魔法が使えたから、向こうで散々『弄られた』んだろうな。瞳の色が変わっていた」


「どんな色?」

「濁った灰色だ。俺やお前も、捕まれば『ああいう風』になる」



つまり、仲間を殺そうとしたり拐おうとしたり、そういう風に変わってしまうのか。

それは酷く恐ろしいことに思えた。


仲良くなったコミュニティの人達や、何より、大切なミルを万が一にも傷付けるような人間にはなりたくない。

何となく肌寒く感じて腕を擦ると、クルクが炎をいくつか浮かべた。



「見つかるから灯りはつけないんじゃなかったの?」

「見つかるようにしてるんだ」

「何故?」


「俺とお前なら兵器をどうにか出来るが、他の皆は無理に近い。なるべく、こっちに引き寄せる」

「……殆ど、僕が殺ることになるんじゃない?」

「次からは俺が殺る。お前の殺し方はあまりに長く苦しみを長引かせる」



それを言うなら、炎で炙られて死ぬのだって、相当苦しいだろうに。

それはクルクも分かっているだろうから、言わずにおいた。


僕だって、積極的に手を汚したいわけじゃない。



「ミルは無事かな」

「それ、何度目だ?」

 


うんざりとしたようなクルクに



「いちいち独り言を拾わなくていいよ。僕はとにかくミルが心配なんだ」



離れてから随分時間が経ったと思うけど、鉄の箱に入れられて運ばれているミルの身が心配で心配で仕方ない。

魔力過敏はまだ続いているだろうし、何かあれば一番危険なのはミルなんじゃないか。



「ミルは無事かな」

「……それじゃあ、行くぞ」



さっさっと先へ行こうとするクルクを追いかけながら、ミルの無事を祈った。












ガタンッゴドッガガガッ!!!!

激しい揺れに目を白黒しながら、こんにちは。


私はミル、多分3歳か4歳!

前世の年齢を加えると限りなく100歳に近付く、元気一杯な転生幼児!!


これまで、兄絡みの事件に巻き込まれたり、コミュニティの移動で拐われかけたり、あれやこれやとありましたが、今は人様に背負われて移動している最中です。


でも、なんだかとっても居心地が悪いです。

何故かって? それは



「こなくそっ!!! 喰らえぇえぇぇっっっ!!!!!」



ドボゴッッッッ!!!

先程から大きな音が響き渡り、鉄の箱の中に居る私はシェイクされるみたいに上下左右に頭を打ち付けているから!


何でこうなったかと言えば、端的に敵に見つかったからのようで。

ようでっていうのは、魔力過敏の為、箱の中に居るから外がどうなっているか分からないわけで。


そんなわけで、とにかく皆がフルダッシュしつつも戦っているせいで、頭の形が変わりそうなくらいに頭を鉄に打ち付けられている私。


どうやったって、安息がない状態は仕方ないけれど、せめてこのような事態になる場合を考慮して頭巾とか座布団的な、頭を守れる物を用意してくれれば嬉しかった。


とはいえ、無いものは仕方がない。

短い腕や小さい手で頭を守りつつ、屈むような姿勢で耐える。


痛い、大変痛い。

勘弁して欲しい。


でも勘弁とかそういう場合でないのも承知しているので、もう戦いの終わりを願うしか出来ることはない。



(誰でもいいから、この戦いを止めて~!!)



心の中で叫んだ時、胸元が急に温かくなった。



「んぇ?」



若干舌を噛みつつ、なんだなんだと胸元を見下ろすと、クルクがくれた(?)玉が光り輝き、そして、砕けた。


途端に揺れが収まり、荒い吐息が複数人分響き



「今のはナーデルのミル。お前がやったのか?」

「ん?」

「炎だ。炎があのキドウヘイキってやつを押し留めた。おかげで、どうにか倒せたぜ」

「んん?」

「俺達の中に炎を扱える奴は居ない。ナーデルのミル、お前は炎の魔法が使えるようになったんだな!」

「んんん??」



我が事のように喜んで下さる皆様には悪いのですが、私は魔法のまの字も使えませんし。

恐らくは、クルクがくれたアイテムのおかげなのだけれども、今はそれを話している場合ではない。



「いそがないと、てきが」

「そうだそうだ、お前の言う通りだな! じゃあ、飛ばして行くぜ!」

「え」



そんなには急がなくていい、という前に、またガタゴトと箱が揺れ始め、私はまた文字通り、頭を抱えることになった。

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