第39話

他のコミュニティへの連絡、移動の準備、ぎりぎりまでの情報収集。

ついでに、適当な鉄の板を組み合わせ、紐で箱の形に縛り上げたものにミルを入れて、大体準備は済んだ。


魔力過敏の症状である目の痛みがマシになったのか、箱の中からは微かに寝息が聞こえる。

全く、呑気なものだ。



「ラクスのツヴァイ、準備はぁ?」

「済んでるよ」



常に大切なものは鞄一つにまとめておくように言っておいたのを、律儀に守っていたらしい。

鞄を一人で抱えるツヴァイの表情は優れず、ちらちらとミルの入っている箱を気にしているようだが



「先に行っとくけどぉ、ラクスのツヴァイとナーデルのミルは別ルートだからねぇ?」

「……なんで」

「ラクスのツヴァイは戦えるだろぅ? 正直ぃ、うちは戦力不足だからさぁ。使えるものは何だって使わないとねぇ」

「下手したら、殺しちゃうかもしれないけど」

「そんだけ自信があれば十分さぁ。いざとなったら、そういうことも必要になるしぃ」



既にツヴァイは一線を越えている。

ツヴァイ自身、それを察してか口を閉ざし、小さな掌を握り締める。



「ミルは誰が守るの」

「じい様達に背負ってもらうからぁ、まぁ、大丈夫でしょぉ」

「そう……」

「ラクスのツヴァイのお守りもあるしぃ、そんなに心配しなくても平気だってぇ」



へらりと笑ってやると、鋭い視線が突き刺さる。

嫌味と取られたようだし、実際軽い嫌味だったが魔法を使ってくる様子はない。


苛立ってはいるようだが、どうにか気持ちの昂りを律している。


この年齢ではかなり感情のコントロールが上手い。

これから伸びるのは間違いない。


ツヴァイは息を思いきり吐いて気持ちを調え、鞄の中を探って何かを箱の中。

恐らくはミルの手に渡したようだ。


何を渡したのかと覗き込もうとすると、すぐに蓋をしたツヴァイに睨まれる。



「クルクも戦うんだよね」



当然とか、勿論を言わずとも付属させたツヴァイにこれまたへらへら笑ってやる。



「さぁ? 戦わなくて済むならぁ、僕は戦わない主義だからねぇ」

「ふん」



ツヴァイは鞄を抱えたまま、そっぽを向いた。

移動するグループを護衛しながら移動する者は、荷物持ちまでしていられない。


誰かしらに預けることになるので、全員運び出せる荷物は一人につき鞄一つ分。

ツヴァイとミルは二人で鞄一つで済んだ。



「ようやく腰を落ち着けたってとこでぇ、移動になるのは面倒なんだけどねぇ」



誰にともなくぼやくと、そっぽを向いたままのツヴァイが



「前みたいなことがなければ、僕はそれでいいよ」



悔しさを滲ませる声音に、肩を竦める。



「そうならないようにぃ、僕らが頑張るしかないんじゃなぃ?」












「ん?」



浅い眠りから覚めると手の中にアインスに渡す予定の栞と、緊急連絡用のアレがあった。

誰が持たせたのか、と考えると一番可能性が高いのはツヴァイだ。


それにしても、いつもなら声掛けをしてくれるのに。

寝ていたから気を使ってくれたのかな?


声を掛けてくれたなら、ちょっとした手仕事がしたいとおねだりが出来たのに残念だ。

と、思っていたら



「っわ」



がたん、と箱? が動いた。


え、なになになに?

何が起こっているの??


若干焦ったところで



「今からじい様のとこに運ぶからぁ、揺れるよぉ」



クルクの声が聞こえて、安心していいのか。

悪いのかに悩んだ。



「どこ?」

「行き先ぃ? またぁ、コミュニティを移動するんだけどぉ」


「んん?」

「でもないんだよねぇ。君のその症状がなければぁ、もうちょっと早くに出る予定だったしぃ」


「え」

「簡単に説明するとぉ、また狙われてるわけぇ。だからぁ、一旦此処を離れて様子見てぇ。大丈夫そうなら戻るかもだけどぉ、基本移動したら戻らないと思っといてぇ」

「ん、うん」



一方的な話ではあるが、此方はお世話になっている立場なのだから文句は言えないし、特に文句はない。

特別、今のコミュニティにも前のコミュニティにも不便をそこまで感じなかったし、どうにかなるだろう。


軽く考えていると、揺れるとは言われたが本当にがたごと揺らしながらクルクが進んでいるせいで、ゴン、ガン、と身体のどこかしらを軽くぶつけて地味~に痛い。

もっと安全運行して欲しい。


がたごと、がたごと。

それからクルクは暫く無言で歩いていたのだが



「あのさぁ」

「ん?」


「ラクスのツヴァイ、借りてくからぁ」

「んん?」


「あいつは魔法使えるからさぁ。今回は僕らと移動することになるからぁ」

「でも」


「ラクスのツヴァイが幼いのは理由にならないんだよねぇ、今はさぁ。本当に戦力が足りてないんだよぉ、真面目に言うとさぁ」

「……」


「ラクスのツヴァイはナーデルのミルのことばかり心配してたよぉ。それでぇ、ナーデルのミルもラクスのツヴァイが心配ぃ?」

「うん」

「返し早ぁ~」



けらけらと笑う声が箱の外側で響く。

事情は分かるけど、ツヴァイは戦力に数えるにはあまりにも幼い。



「おにいちゃん、けが、させないで」

「約束はしかねるなぁ」

「どりょく、して」

「生意気ぃ。でもまぁ、努力はするさぁ、当然ねぇ」

「ん」



一応、約束してもらえたので、良しとする。


こん、と後頭部をぶつけ、かん、と側頭部をぶつけ。

後は無言で進んで、カンカン色んなところをぶつけつつ、目的地に着いたようでごとん、と箱が地面に置かれる振動がお尻に伝わる。



「ナーデルのミル」

「ん?」

「ちょっとだけ開けるよぉ」

「んん?」



言うとほぼ同時に箱の蓋が開いて、目が焼けそうな痛みに再会。

感動で涙が出ちゃう!!!


だばっと涙が出たけれど、直ぐに蓋が閉じられて薄闇が戻ってくる。

お帰り、安らぎ。もう、私を離さないでと顔を濡らす涙を拭ってみると、足元辺りに煌めきが一つ。


拾い上げてみると、ツヴァイからもらったお守りに良く似たさくらんぼ色の珠が一つ。

はて、と思っていたら



「気休めだけどぉ、僕からもお守りぃ」

「ありがと?」

「どういたしましてぇ。じゃぁ、僕は行くからぁ」



足音が離れていき、どういうつもりでこれを渡されたのかも分からず、ツヴァイのものと比べてみようとしたら、クルクのものも胸元に収まる。


いや、何故に。

細い光のようなもので二つのお守りは繋がれて、ぴかぴかと煌めく。


こういうものが必要になるような状況なんだろうか。

直にツヴァイがよくお世話になっている男性が、自分が箱を担いで移動をするのだと説明してくれたので、私は今回歩く必要はないらしい。


男性の任せておけ! という威勢の良い声に元気をもらい、宜しくお願いしますと箱の中で頭を下げ、少し体勢を変えて座り直した。



「よし! じゃあ、行くぞ!!」



私を担ぐ男性の声に数人の応答があり、浮き上がる感覚。

クルクより余程安定した状態での運搬が有難い。



「ちっと狭いだろうが、目を痛めるよりはましだろうから我慢してくれよ」

「ん」

「何かあれば、絶対に俺達が守ってやるから安心してろ」

「ん」

「目的地に着くまで時間があるから、眠れるようなら眠っておくといい」

「ん」



あちらこちらから聞こえてくる気遣いの言葉に甘えて、楽な姿勢を模索して瞼を閉じる。


早く魔力過敏が終わればいいのに。

甘えるしかないのが心苦しいのだけれど、さっき泣いたせいかもしれない。

すぐに眠気がやって来て、意識が落ちた。

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