第38話

「もう少し、もう少しだ」



あまりにも長い日々だった。

夢を現実まで引き上げるまでに失われた時間は、果てしなく思えた。


幾人ものグランツヘクセの女性と子を成した。

自分の子やそうでない子も、多くの子供を育てた。


それでも、欲しいものはすぐには手に入らなかった。

私の願いは本当に細やかなものであるのに。



ただ、平穏に。

何にも脅かされることなく、永遠を生きる。



それだけのことが、いつまでも叶わない。

不可能ではないはずなのに、可能にするまでにはオレオルシュテルンの力だけでは私の命が尽きるまでに間に合わない。


そう知ってから、私は努力した。


邪魔は数えきれぬ程に入ったし、私の子を産んだ女性の幾人か。

賢く、私の役に立つだろう者に夢を語れば、夢物語と笑われるか。そうでなければ、私を恐れた。


私に必要なのは子供だけだ。

私の血を引く者だけを私は愛した。


私の子供であれば、私の夢と理想をよく理解出来るはず。

何故なら、私の血を引いているのだから。


私は子を篩にかける。

私について来られない子供に無理をさせるつもりも、その子供に期待をし続けることもしない。


残る子供は少ない。

成長し、期待をし続けられる子供はもっと少ない。


私に必要な、グランツヘクセの力。

魔法、未だ解析しきれていない力。


それが私を夢に、不老不死に近づけてくれる。

私は何かに怯えるのが嫌なのだ。


老いて死ぬのも、病気で死ぬのも、怪我で死ぬのも嫌だ。

そもそも、病に罹るのも怪我を負うのも侮辱されるのも脅迫されるのも……誰もが当然厭うそれを私が嫌うのはおかしなことではない。


私は抗っているのだ。

誰もが諦め受け入れる死など、抗い難いそれらを遠ざける為にあらゆる手段と方法を試しているのだ。


それがようやく実を結ぼうとしている。


あの黒髪の幼児は、今までグランツヘクセの者から聞いた話から考えれば、誰よりもグランツヘクセの血が濃い。

恐らくは向こうでいう王族に値する力を持っている。


あの子供さえ手に入れれば、そう時間をかけずグランツヘクセを手に入れられる。

グランツヘクセを手に入れられれば、きっと夢が叶う日は遠くない。



「ああ、早く会いたいな」



思わず声も弾んでしまう。

あの子が欲しい、あの子が欲しい。


私の良い子供達が必ず手に入れてきてくれる。

楽しみで楽しみで仕方がない。



「私の新しい子、早く私の手元においで」












なんだか知らないけれど、眩しくないのが有難い。

真っ暗な箱状の何かの中で膝を抱えつつ、久方ぶりの落ち着ける時間に肩からと言わず、全身から力が抜けそうになる。


正直、固いし広くはないので居心地が良いとは言えないのだけれど、眩しさと痛みから解放されたのは凄く嬉しい。

真っ暗とはいったけれど、ツヴァイがくれたお守りがキラキラと光っているので、自分の入っている内側の状態はよく分かる。


材質は恐らく、鉄?

厚さはそんなに厚いようには思えなくて、きつく叩いたりしたら変形してしまいそうだ。


というより、溶接してある箱ではないような?

なんとなく形が歪なようで、入り込んだ際に閉めた鉄の板は扉というより蓋に近かった。


それに私の力でも閉じられた。

動かせたということはそう重くもない。


耐久性は低そうだから、なるべく大人しくしておいた方が良さそうだ。

いや、そもそも今の状態で大人しくしている以外の選択肢がないし、大人しくしているのが一番楽だから問題ないのだけれども。



「たいくつ」



今さっきまでは痛みと眩しさとのデスマッチで手一杯だったけれど、楽になってから長時間同じ姿勢でじっとしているのは結構退屈。

光源としてはツヴァイのお守りが良い具合なので、出来れば針仕事を回してもらえたりしないかしら?


早く誰かが通り掛かってくれれば良いな。

あと、この状態の説明を誰かしてくれないかな。


魔力過敏対策の一環なのかなとは察する。

察しはするけれど、箱に子供入れて放置はどうかな? どうなのかな?


ころころと掌の上で煌めくお守りを転がし、小さく息を吐く。

知らないことや忘れてしまったことが多すぎて、何だかもどかしい。


特に後者は痛い。

覚えてさえいれば、もっと上手く立ち回れたりもしたかもしれないのに。


たらればの話をしたって仕方ないにしても、一人きりで時間を持て余すと何だか自分の駄目なところをどんどん思い付いてしまう。

ツヴァイのことも心配だし、勿論アインスのことも心配だし。


そういえば、アインスはどうしているだろう。


ご飯はきちんと食べているだろうか。

毎日ちゃんと布団で眠っているだろうか。


とにかく、物語の始まる段階までに死ぬことだけはないはずだけど、元気でいて欲しい。

クルクも連絡がつかないと機嫌が良くなかったが、これは便りが無いのは~と考えるべきか。


何だろう。

主人公ポジションで生まれたせいか、年齢一桁から悩み事が尽きなすぎる。


ゲームとしてプレイしていた頃が懐かしい。

あの頃はただただ楽しめば良かっただけなのに。


でも、まあ。

また誰かと生きていける二度目の生を手にしたのは、間違いなく幸運だ。


少しだけ温かい気持ちになって、窮屈ながらも身を丸めて目を閉じた。










「ろっくばーん!!!」

「……9番」


「今日も元気ないなー! どうしたどうしたー? 昨日はお父様に褒められたんだろ? もっとテンション上げてこうぜ!!」

「コンディションは悪くない」


「かったいなー! これから、俺らの弟妹になる子を迎えに行くってのにさー! なー、お前はどっちがいい?」

「どちらとは?」


「弟か妹かだよ! 俺は断然妹がいいなー! 俺達男比率が高いからさー、可愛い妹が来てくれると癒されそうじゃん?」


「どちらでも問題ない。お父様が求めるものが手に入り、お父様がお喜びになるのであれば、何も」

「まあ、それなー! じゃ、お互い頑張って仕事しようぜ!」



静かに頷いた6番に淡い栗色の髪の少年・9番は笑って手を振り、持ち場に着く。

それと同時にお父様からの放送兼指示が入り、今回の作戦に参加する面々が機体に乗り込む。


到着予定地と捕獲対象の再確認の後、機動力の低い順に機体が発進していく。

6番も9番も全体から数えると後ろの方だ。


お父様のお優しいお言葉が何度となく皆の背中を押している。

誰もがお父様の為に、お父様に言われるままに。


疑問を持ってはならない。


我々はお父様の為の「良い子」でいなければならない。

いつも、いつかの終わりが来る時まで。


今夜からも続くのか。

今夜で終わるのか。


どちらでも構わない。

命令のままに動けば、考える必要なんてない。


何も恐れることもない。

どうせ、早いか遅いかなのだから。


自分の番が回ってきて、機体を動かす。



「6番、気を付けて行っておいで」

「はい、お父様」



このやりとりはこれきりになるのだろうか。

ちくりともしない胸を一度だけ撫でて、発進する。


先行する兄弟達は迷いなく進んでいく。

自分もそれに従って進めば、それが一番楽で幸せであると、6番は学んでいた。



「対象は黒髪の幼児」



口にして、想像する。

対象もその内、6番と同じことを学ぶのだろうな、と。

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