第37話
「通話を終了。通話先の場所の探知、同時に完了しました」
虚ろな瞳の少年がそのように述べると、彼の「父親」は優しくその肩を抱く。
「ああ、良くやったね。お前は本当に良い子だ、6番」
濃い深緑の髪を撫で、笑みを湛え
「これで『あの子』が居る場所は把握出来た。上手く声色を変える事が出来て、偉かったね」
そのおかげでアインスが連絡を取っていたグランツヘクセの「お友達」と「あの子」の場所を探知出来た。
何の疑いもしなかったのだから、大変結構な出来であったと言ってもいい。
大いに褒める父親に6番は虚ろな瞳を何処かへ向けながら
「アインスにバレる可能性があります」
「構わないよ。あの子の好きにさせてあげなさい」
「邪魔になりませんか」
「今まで懸命に頑張ってきた良い子だったし、これでアインスにも魔法が使えるようになるかもしれないだろう?」
今までの実験で魔法が使えない者であっても、命の危機に際してはその力を発する場合が多い。
その力が大小様々ではあるが、アインスは期待出来るだろうという直感が父親にはあった。
「母親の力を継いだなら、アインスは風の魔法が使えるようになるはずだ。風の魔法だぞ? 今まで、一度も発現していない貴重な実験例になる」
「アインスが死ぬ可能性は」
「アインスが? それは無いだろうね」
「何故ですか?」
「私と一番長く過ごしてきたからだよ」
父親の返答に6番は納得したように顎を僅かに引く。
そこで思い出したように父親は少しだけ眉尻を上げ
「そういえば、6番。一応半分は血が繋がっているのだから、きちんとアインスお兄様と呼びなさい」
兄弟は仲良くなくては、と言う父親に6番は舌の上で「アインスお兄様」と呼称を転がし
「今回の件がバレれば、私はアインスお兄様に殺されるでしょうか」
「さあ? しかし、お前は良い子で私は嬉しいよ、6番。さあさあ、お仕事までの間は好きに過ごすと良い」
さっと離れていく父親の背中を視線で追いかけて、6番は握ったままの連絡機を手放し、踏み砕いた。
良い子である為には必要な事だ。
良い子でなければ、どうせ終わってしまうのだから。
今回はたまたま、声帯模写が出来る自分が選ばれ、上手く出来たから褒められただけ。
上手く出来てしまったから「アインスお兄様」の怒りを買い、脱落してしまうかもしれないだけ。
いつまでも続けられはしないのだ。
歯抜けの番号の子供達、アインスお兄様のスペア、お父様の欲しがる良い子になるしかない生き物。
生き残り続けて、どうなるのだろうか。
ぼんやりと考えて、6番は与えられた部屋で仮眠を取る。
今晩は大事な仕事がある。
父親の言う「あの子」。
黒髪の幼児の捕獲。
その為なら、どれだけ投資しても構わないと最新式の人型戦闘機を数台投下予定だ。
そして、6番はその内の一台に乗る。
それだけの実力と知識はあるのだ。
だが、そこに「アインスお兄様」がやって来たら勝てるのか。
それは可能性的にかなり低い賭け。
こうしている内に、6番のした事に気付いて殺しに来るかもしれない。
分かっていても、6番は怯えるでもなく浅い眠りに落ちた。
疲れていた。
どうでもよかった。
諦めきった眠りから覚めて、少しばかり「アインスお兄様」を哀れに思った。
大切なものを持っていて、それをこれから壊されるのだから。
まだ、自分の方が幸せだ。
6番はそのように思った。
コミュニティ内は静まり返っていた。
本来なら大騒ぎになっていてもおかしくはなかったが、パニックを起こせば碌なことにならないと大方の者達が理解しての沈黙。
「情報から考えるとねぇ、今回此処が襲われる可能性は薄いと思ぅ」
クルクがそう切り出せば
「でも、油断出来ねぇよ! 今回は下水の方で身を潜めて」
「それより、標的になりそうなコミュニティに連絡をしないと! なるべく、此方で受け入れれば」
「馬鹿言ってんじゃねえよ! これ以上の人数抱え込めるだけの状態じゃねえだろう!?」
あちらこちらで声が上がり、クルクは髪を纏めているシュシュを指先で弄りつつ
「狙われていそうなコミュニティに連絡はするけどぉ、こっちで受け入れるのは無理だねぇ。それにぃ、此処も絶対標的の範囲外とは言い難いしねぇ」
それに、と集まった人々の中で一等小さな子供に目を遣る。
「ナーデルのミルは今は動かせないしぃ、その辺りの問題をどうするかだねぇ」
「魔力過敏の状態では、何処に連れ出しても辛いでしょう」
「何か無いのか? 今は布団で覆ってるが、他にこう……魔力を通さないような」
「人が手を加えた鉱物」
小さな子供の小さな声を耳で拾えたのはクルクだけだろう。
「あぁ、なるほどぉ」
人が手を加えた後の鉱物に魔力は宿っていない。
クルクが失念していた事を思い付いたツヴァイは
「今からありったけの鉄か何かを持ってきて、下水か地下かどこでもいいけど見つかり難そうなとこでクルクが何とかミルの目を守れるものをつくってよ」
酷く容易く言ってくれるので、口の端がぴくぴくと引き攣る。
溶解温度は物によって違うし、目を保護する何かと曖昧なことを言うが、溶かせたとして型が無ければ意味がない。
何より
「魔法で溶かしたらぁ、魔力が宿るって教えなかったっけぇ?」
「あ」
焦りで肝心なところを忘れていたらしい。
そう都合良くいくわけがない。
「じゃあ、どこかでそういうのを調達してくるとか……」
「そのどこかとぉ、そういうのってぇ、なぁにぃ?????」
段々ぼんやりした表現を出してくるツヴァイに構っていると、拳骨が一つ落ちた。
ガツン、と良い音が鳴って、馴染みの顔のじい様は
「いちいち突っ掛かってやるな。とにかく、ナーデルのミルの件は、某か目を保護出来るものを調達してくりゃいい。そんで、他のコミュニティへの連絡と、一応の避難。話はそれで終いだろうが」
さっさっと話を纏めて、ツヴァイを小脇に抱えて行ってしまった。
「キルシュのクルク、あまりラクスのツヴァイをからかってはダメよ」
小言をくれたばあ様はばあ様で、他のばあ様達と避難の準備を始め、残ったのは比較的若い衆のみ。
こちらもコミュニティへの連絡のGOサインを待っているだけなので、各自にどのコミュニティに連絡をするかを伝え、拳骨を食らった頭を抱える。
「あいつらが来てから、毎度俺が外れクジ引いてないか?」
ぼやいてから、昨日のアインスからの連絡を思い返す。
中途半端なところで途切れたのは、連絡の最中に何かまずいことになったか。
アインスのことだから、心配はいらないのだろうが本当にいい加減弟妹を迎えに来ないものか。
次に連絡が着いたら、絶対にそこまで話を持っていくと決めて、クルクも指示を飛ばすべく立ち上がった。
痛い、痛い。
眩しい、眩しい。
そればかりが頭をぐるぐると回る。
泣き疲れて寝て、眩しさでまた起きて。
そうしていたら、時間の流れが曖昧になって。
もう何年もこうしているような気もする。
でも、大体は辛い時間=長く感じるもので。
ずびずび泣きながら、重たい布団の山を押し上げて、出来る限り素早く枕元の白湯に手を伸ばして飲み干し、そのまま布団の中に潜り込む。
「う゛ぅ~……」
何となく痛みや眩しさに慣れてきたような気が薄らぼんやりしないでもないが、全く無くなっているわけもないので辛い。
とにかく、少しでも眩しさがマシになる体勢を探しながら、ぐすぐすやっていると
「ナーデルのミル」
「クルク?」
「此処に置いておくからぁ、入ってみなぁ」
「ん?」
それだけ言い残して、足音が遠ざかる。
此処に置いておくから入ってみろ、とは?
はて、と思いつつも、とどのつまり外に一旦出てこいと言うことに違いない。
正気ですか? こんなに痛くて眩しいのに?
一通り心の中で不満を漏らしたけれど、何かしら意味があることなのだと信じて、布団から出ると
「ぐぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……」
唸るしかない眩しさと痛み。
なんでこんな自虐的なことをしなくちゃいけないの。
瞼を閉じたまま、手探りで歩くと恐らく出入り口付近だろう場所で冷たく硬質な手触り。
なんだこれ、と触っていると何となく形が分かる。
大きな箱のようなもので、手探りで開けてみるとどうにも私なら入れる程度のサイズ感。
つまり、これに入れと……。
悩んでいられる状態でもないので、とりあえず入ってみた、ら
「わ」
真っ暗だった。
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