第36話

おはようございます。

本日は晴れ晴れとした天気で、いっそ眩しいくらいですね。


って、何故に?

このコミュニティの建物は日当たりが悪く、眩しいと思えるほどの光は入ってこないはず。


なのに、なんで眩しい?

しかも、まだ瞼を開けていないのに。


なんでなんで~???

なんてお気楽に考えていられない程の眩しさに耐えきれず、薄っぺらい布団にしっかり包まって体を丸めて膝に顔を埋めるようにしてみる。


それでも、眩しさは変わらない。

流石にというか、おかしいでしょう、これは。




「ぅ゛ー……」




小さく唸って、少しだけ瞼を開けてみたら、目が焼けそうなくらいに眩しい。

まるで直接太陽を見上げている、そんなかんじで最早痛い。


なんでこんな事に。

急いで瞼を閉じたらポロポロと涙が流れていく。


どうにか目を守ろうとしている体の反応なのだろうけれど、眩しさはそのままで痛みだけが増していく。


目が潰れてしまう。

そんな恐怖さえ覚えて、ただただ涙を流して唸っていると




「ミル? どうしたの?」

「ぉ、にいちゃ……」




ツヴァイの声に僅かばかり安堵したのも束の間。

眩しさが急激に増して、あまりの苦痛に掌で目元を覆う。




「具合でも悪いの? 少しだけでも起きられる?」




いつまでも布団から出てこない私を心配して、ツヴァイが声を掛けてくれるが、とんでもない。

多分、ここから出たら今よりもっと酷いことになるという直感が何故かあった。




「でれない」

「どこか痛い?」

「め」

「目? 目が痛いの?」

「まぶしくて、いたい」

「眩しい?」




訝しむのも仕方ない。

いつも薄暗い部屋で布団に包まっていて眩しいなんてことはあり得ないと、私だって思う。


でも、眩しい。

とんでもなく眩しくて、目が痛い。


どうしようもなく泣きながら唸っていたら、突然布団が剥ぎ取られた。




「なぁにぃ、やってんのさぁ。もぅ朝だってのにぃ」

「ちょっ! クルク!」




どうやら、クルクの凶行だったらしいが、これはあまりに酷すぎた。




「っわ゛ぁ゛ーーーーーーーーーー!!!!!」




喉から自分でも驚く程の声量で悲鳴が飛び出し、痛みのあまり体が震えて掌の隙間からぼとぼとと涙が流れる。

私の異常な様子が、ここでようやくツヴァイとクルクに伝わってから、二人の行動は早かった。


クルクはたくさんの布団類を集めて私に被せ、ツヴァイは高齢の女性達に私の様子を話して事態の把握に至った。


魔力過敏。

知覚過敏か! とツッコミたくもなるが、実際それに近いもののようだ。


クルクいわく、恐らくはツヴァイが懸命に多量の魔力を込めたお守りを渡したことで、急激に魔力を与えられた私の体は大きな影響を受けて、過剰な程に「見える」ようになっている状態なのだという。


ならば、お守りを外せば良いのかというと、それも意味はない。

既に影響が出てしまっているので、外しても外さなくても大差はないとのこと。


では、どうしろと。

という話になるのだが、こればかりは時間の経過で体が魔力に慣れるのを待つしかないそうで、暫く引きこもっているようにと言い付けられた。


そして、ついでにツヴァイやクルクのような強い魔力を持つ者が接近すると痛みや眩しさが増すそうなので、お見舞いは禁止。

これにツヴァイは不満を漏らすでもなく、私の為に我慢すると約束してくれた。


クルクの方はそもそも基本は忙しくしているので、私の特訓に付き合ったりする時間が減って良かったくらいに思っていそうだ。

説明以外何も言ってこなかったから分からないけれど、多分。


しかし、この眩しさに慣れるというのは無理ではなかろうか。

そうは思っても、慣れるのを待つしかないから仕方がない。


焼け石に水だが、たっぷりと布団を被せられて僅かばかり症状がマシになった、と思いたいし。

このままでは生活に支障しかない。


見たくても見ることが出来なかった魔力がこんなにも眩しいなんて思いもしなかった。

魔力過敏でなければ、光が見える程度のものらしいのに、なんてこったい。


ツヴァイが責任を感じていないと良いけれど。


瞼を閉じたまま、胸元にあるお守りのつるりとした感触を確かめる。

これも眩しさの一部なのだろうけれど、外す気にはなれなかった。










僕のせいだ。

僕がお守りなんて渡したから、ミルはあんな目に遭ったんだ。


朝、起きて来ないミルの様子を確かめに行った時から異変は感じていた。

いつもなら布団から出ているはずのミルが、布団に包まったまま。


声を掛けても出てくるどころか、布団の中から返事をするし、布団の中に閉じ籠っているのに眩しくて目が痛いと返事をする。

眩しいはずはないのだけれど、痛いと訴えているので何かあったのは間違いない。


我慢強いミルが痛いというのだから、相当な痛さに違いないのだ。

早く誰かに相談しよう、と一旦部屋を出ようとしたら、珍しくクルクが顔を覗かせた。


何でも、いつもよりも僕とミルが来るのが遅いと心配した人達に様子を見に行くよう言われて来たらしい。

しかし、丁度良かった。


ミルの異変を伝えようとしたのだが、それより早くクルクが布団を掴んで引き剥がした。

すると、膝に顔を埋めて目元を掌で覆っているミルが居て、それから




「っわ゛ぁ゛ーーーーーーーーーー!!!!!」




今まで一度も聞いた事のない悲鳴、というより絶叫にクルクも僕も一瞬固まってしまった。

その間にも、ミルの掌からは涙が零れて体がガタガタと震えている。


どれだけの痛みなのかは分からないし、いつも静かなミルがこんなに叫ぶほどの痛さなんて想像もつかない。




「布団を集めてくる! お前はばあ様かじい様達にナーデルのミルの様子を伝えて、どうしたら良いか聞いて来い!」

「う、うん!」




泣き叫ぶミルにクルクが布団を被せる。

それから、二人とも部屋を飛び出して、僕は言われたまま、おばあさんやおじいさん達にミルの様子を伝えた。


そうしたら、皆が皆、難しい顔をして



「それは、魔力過敏ね」



よくミルと針仕事をしているおばあさんがそう言った。



「魔力過敏……って、何? どういう病気?」

「病気ではないのよ、ラクスのツヴァイ。グランツヘクセの血を引く子で、稀にそういうことが起こるの」



おばあさんの話だと、魔力を感じ取るのが遅かった子供が急に過剰な魔力に当てられると起こり、普通なら光として感じ取れる魔力が眩しすぎるくらいに「見えて」目が焼けそうな程の苦痛を受ける。


それが、まさに今、ミルに起こっている。

血の気が引いていくのを感じながら、昨夜の出来事を思い出した。




「……僕のせいだ」

「ラクスのツヴァイ? それはどういうこと?」

「僕、昨日、ミルにお守りを渡した」

「お守り? ……ああ、最近熱心に取り組んでいたアレのことかしら」



おばあさんはおっとりと首を傾げ、その横から顔を出した拳骨のおじいさんが




「確かにお前が作ったお守りは上物だが、それだけでどうこうなりやしねぇよ」

「でも、ミルは」

「どっかで誰かの魔力でも通されたか。体の中で魔力が溜まり過ぎてたか。どっちにしろ、お前のお守りだけのせいってことはないから、気にし過ぎんな」

「そうね。ナーデルのミルもずっと特訓をしていたから、そうなりやすい状態だっただけかもしれないし、ラクスのツヴァイのせいではないわよ」



おじいさんもおばあさんも、知らないから慰めてくれる。

でも、僕は分かった。


クルクに魔力を通されてから日が浅いミルに、僕の魔力を丹念に大量に詰め込んだお守りを渡した。

それが、ミルの苦痛の発端だったんだと、分かってしまった。


僕が、ミルを傷つけた。

あまりのショックに目の前が少し暗くなる。


よろけた僕を誰かが支えてくれて、何かを言っていたみたいだけど頭に入ってこない。




「ミルは……ミルはどうしたら治るの? 僕が何かしてあげられる?」




震える声で問いかけると、おばあさんが




「残念だけど、どうしようもないの。とにかく、魔力が強い人は側に寄らない方が良いし、生き物は基本的に近寄らせない方がいいわね」

「後は、慣れるのを待つしかねぇよ。お前がしてやれるのは、待っていてやることだけだ」

「……そんな」



支えてくれていたのはおじいさんだった。

そのまま僕を抱き上げて、布団をかき集めていたクルクと一緒にミルの居る部屋に行く道中、クルクにおじいさんがさっきの話をした。


そうしたら、クルクも同じことを考え付いたみたいで、抱き上げられた僕にちらっと視線を寄越してから




「ナーデルのミルが少しでも不便ないように暮らせるよう、皆で少し考えなければならないな」

「そうだな。早く慣れればいいが」

「平均的に、どれぐらいで元の生活に戻れる?」

「知らん。しかし、何年もはかからんだろうさ」

「……また移動するつもりでいたが、これでは暫く動けない」

「そらそうだ。しかし、今はナーデルのミルが早く治るように考えろ」




そんな会話の後、ミルの居る部屋に戻るとミルはずっと泣いていた。

布団の山の中から啜り泣きが聞こえて、とても辛そうで。


クルクが説明をしている間、僕はおじいさんに抱き上げられたまま、ぼーっとしているしかなく。

説明後は、お見舞いが出来ないと自然と口から出て、おじいさんに運ばれるままに別室で寝かしつけられた。




「妹が辛い時に、兄貴がしっかりしないでどうする! って、言いたいとこだが、今日はもう休め。ナーデルのミルのことは何とかなる」




気休めなのか、本気なのか。

おじいさんが立ち去るのを布団の中から見送って、ただ胸が押し潰されそうな気持ちをどうにも出来ないでいた。


だって、僕のせいなのに。

僕がミルを傷つけて、それなのに何もしてあげられなくて。




「こんなつもりじゃなかったんだ」




ただ、ミルを守りたかった。

ミルを守れるようにとお守りにたくさんたくさん願いと魔力を込めた。


それが、ミルを傷つけることになるなんて。


僕は間違っていたんだろうか。

僕がミルを守るなんて、無理なことなんだろうか。


可哀想なミル。

あんなに泣いて痛がっていた。


僕のせいで。

僕のせいで。

僕のせいで。

僕のせいで。

僕のせいで。




「僕は」




ミルの涙が見たかったんじゃない。

ミルに笑っていてほしかっただけなのに。











ミルの世話についていくらか話がついた後、ツヴァイの様子を見に行った。

ら、案の定、自罰的な思考に飲まれているようでメソメソとしていた。


馬鹿なツヴァイ。

お前のせいじゃなくて、安易にミルに魔力を通した俺が原因だと、なんで思わないのか。


そうでなくとも、自分だけのせいだと思う必要はないが、ツヴァイはあまりにもミルを大切にし過ぎている。

何かあれば、自分が関与していなければ気が済まないのだろう。


それが、ミルを傷つけたということであっても。


恐ろしい執着心というべきか。

もしくは、凄まじい依存というべきか。


それほどにツヴァイはミルを想っている。

ただの家族愛にしては、重すぎるソレのせいで勝手に苦しんでいるツヴァイを眺めて、そのままその場を立ち去る。


深入りする気は毛頭ない。

下手につつくとあの弟妹は何を起こすか分からない。


既に今回の騒ぎで移住の計画も延期せざるを得なくなったし、アインスには連絡もつかないし。

溜め息を溢しそうになるのも仕方がない。


なるべく、グランツヘクセに近付くようにと居を移してきたが、そのせいで動きが読まれやすく、此処までで何人。何十人が連れ去られたか。


正直に言えば、今日にも動きたいくらいだった。

だというのに、この有り様。


半分程度は自業自得なのだが、それにしたってアインスは一体今どこで何をしているんだか。


習慣になってしまった連絡機のチェック。

特に期待もせずに電源を入れると




「クルク。良かった、間に合った」

「アインス! お前、一体今まで」

「時間がない。黙って聞け」

「はぁ?」

「新しい戦闘機が完成した。機能チェックを兼ねて、近場のコミュニティを襲う予定だ」

「なっ……!」

「お前達が今どこに居るのかは知らんが、老人と魔力の低い者は殺される。魔力の高いものは捕獲されて施設送りと決まった。逃げろ、なるべく遠くへ。時間がない」

「それは何時の話だ」

「今夜だ。それから」




何かを言いかける間に、ぶつ、と通話は切れた。

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