第34話

集中、集中。

拳骨のおじいさんにちょっかいを出されながら、それでも力を石に注き続けた。


深い紫色に染まった石は大分小さくなって、今は掌の上で転がすことが出来るくらい。

爪くらいの大きさが「りそう」らしいので、そこまで頑張ろうと思っているんだけど。



「ラクスのツヴァイ、濁ってきたぞ」

「え、嘘」



深い紫の中で赤や青が滲んでいる。

しまった、と紫以外の色が滲む箇所を指でなぞり、時間をかけて取り除く。



「集中し切れていないようだが、何かあったのか?」

「集中したいから、 話しかけないで!」

「そうはいうが、そのままだと明日もまた同じことをしているだろうよ」

「~~……でもさ、おじいさんに言っても仕方ないっていうか」

「言ってみないことには分からんだろう。ほら、また濁ってきた」

「うわーっっっ!!!」



せっかく取り除いたのに、またいくつも赤と青。

今日はこれ以上進められないな、と悔しいけれど滲んだ所だけ元に戻してから力を注ぐ作業を中断した。


小さくはなってきたけれど、これじゃあまだミルにあげられそうにもない。

魔法の特訓も思うように進まない。


上手くいかないことばかりでイライラしてしまいそうだけれど、それでまた力が暴走するとクルクに何を言われるか。

ミルがそれを見てしまったら、また怖がらせてしまうかもしれない。


どうにかイライラを自分の中に押し込めようと頑張っていたら、頭を撫でられた。



「おじいさん、やめてよ。髪がぐしゃぐしゃになるから」

「男なら気にするな! それで、何があった?」



固い掌が頭を撫でる感触は、おじいちゃんに少し似ている。

最後におじいちゃんが頭を撫でてくれたのはいつだったっけ。


目の前がぐにゃぐにゃになりそうで、唇を噛む。

言っても仕方ないことだ。知ってる。でも。



「側えばの話なんだけど」



知らない人間にママやおじいちゃんを殺されたら。

ある日、どこからかやって来た妹の誕生日さえ知らなかったら。


僕だけでは分からないことを誰か違う人のことのように話して、おじいさんに尋ねた。



「おじいさんだったら、こういう時にどうしたらいいと思う?」

「どうしたら、とは?」

「だからさ、その悪い奴とどういう風に付き合ったらいか、とか。家族の本当の誕生日も知らないままでいいのかな、とか」

「ほお」

「ほお、じゃなくて!」

「なら、仮にだが。ラクスのツヴァイなら、例え話に出てきた奴はどうしたら良いと思ってるんだ?」

「僕? ……僕は分からないから聞いてるんだけど」



そこでおじいさんは自分の顎を撫で擦って、首を捻る。



「どうしようもない話でもあるし、どうとでもなる話でもあるな」

「それってどういう意味?」

「死んじまった家族はどうしたって生き返らない。 それはそいつも分かってるんだろう?」

「……そうだね」

「それで相手が憎くて憎くて仕方ない。仇討ちをしたいっていうのも分からなくもない。だが、その仇はそいつやそいつの妹を引き取って育てているんだったか」

「育ててるっていうか、一緒に住んでるっていうか」

「まだ子供だってんだろう? それで自分よりも小せぇ子供二人抱え込んで生活してるんだから、大したもんだろうよ」



言われてみて、何だかもやっとしてしまう。


だって、そういう風になってしまったのは兄さんがママとおじいちゃんを殺してしまったからで。

二人が殺されていなければ、僕等は今頃、きっと。


……きっと、どうなっていたんだろう?


想像もつかなかったけれど、おじいさんは、


「出来るもんなら仇討ちだろうと、妹を連れて逃げ出そうと好きにすりゃあいい。でもな、そいつが相手を憎く思っちまう理由があるように、相手にも何かしらの理由があったんじゃねえか?」

「理由?」

「命ってのはどんなものであっても重い。理由があっても奪っていいもんじゃあないが、理由なく命を奪うような道理を知らない奴でなければ、何かあったのかもしれん」



兄さんがママやおじいちゃんを殺した、理由。

命は重い、どんなものも。奪っちゃいけない、けど僕は。


珠のように丸くなった石を転がしていた掌をゆっくり開く。


今は汚れてなんていなかったけど、真っ赤に染まっている気がして。

石の内側から赤がじわっと広がる。


せっかくここまで頑張ったのに、と悔しい気持ちでいっぱいになりそうだった。

けど、何故だか何処かに穴が空いたみたいにいっぱいになった気持ちは萎んでいってしまう。


一気に赤く染まっていく石を、おじいさんが僕の掌から摘まみ上げた。

ばき、と小さな音を立てて、石はヒビが入って割れる。



「例え話だが、妹を守る為に人の命を奪った子供がいた。そいつは悪い奴ではないが、命の重みを自分の中で決めちまう癖があった。だから、自分の中で重い命を奪った相手と同じことをしても、相手の立場に立って考えることはしなかった」

「それって、悪いこと………なんだよね」

「悪いことだと分かっていなかったとしても、それはそうだろうな。失われたもの、壊れてしまったものは元通りに戻ることはあるまいよ」

「うん………」

「頭が良いやつだから、きっと理解すれば二度と軽率に。いや、簡単にそういう悪いことはしないやつだ。それに、そいつの兄貴も悪いことをしたらしいが、俺はその兄貴もそいつと似ているんじゃあないかと思う」

「似ている?」

「ああ。そいつはまだ自由に扱えるわけじゃあないが、力がある。もし、兄貴を心底憎んでいたなら、悪いことと分からないままに兄貴の命を奪っていたかもしれない。反対に、意味なく命を奪うような奴だったら兄貴はそいつを守り育てることはしなかっただろうよ」



「おいめ」があるのだろう、とおじいさんは割れた石を手の中で弄る。

何となく知ってる、兄さんは僕やミルに「おいめ」がある。


僕はそれを分かっていて、兄さんを揶揄ったこともある。

兄さんが困るのを知っていて、兄さんが困る言葉を使うことも。


悪いことをして、 それが悪いことだと何度も教えられて。

僕は正しいことをしたと、間違っていないと信じていて。


でも、兄さんと過ごした今までを思い返して。兄さんと僕が似ている、と聞いて。

今、分かった。



「あとは、妹の話だったか」



身体の中が痛い。

一番痛い胸の辺りを挙で押さえて顔を上げたら、おじいさんがまた頭を撫でてきた。



「家族だって何でもかんでも全部分かってなきゃいけないわけじゃない。俺だって、嫁さんのことを誰より愛していたが、嫁さんのことを何もかもは知らねえ。それでも、家族にはなれる」

「家族って、なれるものなの?」

「ああ、なれるさ」

「悪いことをしても、家族になれる?」

「ラクスのツヴァイ」

「……僕はミルや兄さんの家族になれる?」

「お前はなれるさ。その胸の痛みを忘れない限り、きっとお前は大丈夫だ」



兄さんと僕が似ているなら、兄さんも痛いのかもしれない。

僕と同じで痛くて、痛いけど僕やミルと一緒に居てくれるのかな。


僕はミルのことも、兄さんのことも知らないことがたくさんある。

けど、多分ずっと家族になりたかったのかもしれない。



「おじいさん」

「うん?」



頬が濡れていたし、胸はまだ痛いままだけど。

少しだけすっきりして、胸に当てていた掌を差し出す。



「もう一度、やってみるよ」



次はきっと、上手く出来る。

そんな気がした。
















「見えたぁ?」

「……みえない」

「これはぁ?」

「…………みえない」

「じゃあ、こっちはぁ?」

「………………みえない」

「どうなってるんだろうねぇ。素質だけはあるはずなのにさぁ」



それは私が聞きたい。

なんでこうも上手くいかないのかと!


もう殆ど齧りつくようにクルクの指先を見つめているのに、何故なのか。

一通りアドバイスを受けて、出来る限りは実行しているというのに、どうしてだ。


揺れる火を目で追っていると、クルクは穴が空きそうだとぼやきながらと少しだけ火を大きくしてくれる。

それでも、それ以外の変化が分からない。



「……………………………………………………」

「黙りこまれると怖いんだけどぉ」



私だって、ここまで出来ない自分が怖い。

未だに取っ掛かりすら掴めない理由を、どうか誰か教えて欲しい。


暫くいつも通り、魔法の火を眺めて。

いつも通り、何も見えないのだが諦めきれずに近寄ろうとしたら、止められた。



「髪が燃えるぅ」

「ごめんなさい」

「いいけどさあ。そんなに焦らなくてもいいってぇ、前にも言ったでしょぉ?」

「でも」

「うーん……一度出来たら早いんだけどぉ……詰まってるのかもなぁ」

「つまってる?」

「そぉ。もしかしたらなんだけどぉ、魔力はあるけど出す場所が詰まっちゃってるのかなぁっていぅ」



あくまでも可能性の話らしいが、詰まっている、とは。

排水管の根詰まりを想像してしまい、何だかちょっぴり微妙な気持ちになったがクルクは背後から私を抱くような姿勢で手首を持ち上げた。



「ちょっとだけ試してみよっかぁ」

「ためす?」

「試すだけぇ、ねぇ?」

「うん?」



何をするのか分からないままに手首を握られ、クルクは何かを呟いた。

後から考えてみたら、それは呪文の類だったのだろうけれど。


クルクが触れているところが、熱かった。

体温が高いとかそういうものではない熱さが奇妙で、その奇妙な熱さは少しずつ指先にまで広がっていく。



「クルク」



何かが変だと伝えようとした時、指先から炎が噴き出した。

それも、クルクの指先ではなく私の指先から、だ。



「やば…………っ!?!」



焦ったようなクルクの声。

指先は熱いのに身体の芯が冷えていくように感じて、後ろを振り返る。



「クルク?」

「っ大丈夫だ、ナーデルのミル。手を離すけど、そのままで」

「うん」



言われるままに姿勢をキープするが、それなりに勢いのある炎が部屋の壁を焦がしている。


消火器、バケツリレー、消防車。

早く通報しなければと思うけれど火元は私であり、そもそもこの世界に消火器や消防車はあるのか。


バケツはあるのに、と明後日なことを考えていたらクルクが何かを言っていた。

私に何かを言ったのか、それとも呪文か独り言か。


ぶわっと薄い炎が私を包んだけれど、熱くはない。

熱くないけれど、私の指先から噴き出る炎は収まってはいないようだった。



「どうなってるんだ、これは」



それは私も聞きたい。

やや青褪めているクルクの顔から、それなりにまずい状態だということは分かる。


大規模な魔法は使ってはいけない。

大きな炎を室内で使うのは、単純に危ない。


クルクがあえて大きな魔法を使わなかった理由は散々聞かされていたから、どうまずいかもそれなりに分かっている。

そう、まずい。



「クルク」

「ナーデルのミル、カを抑えられるか?」



あの、それはもしかしなくてもさっきまで魔法のまの字も扱えなかった私に仰っています?



「むり」

「諦めるのが早い!! とにかく、やれるだけやってみろ!」



そう言われましても!!

言っても仕方がないのでロにはしないけれど。


指先だけは熱いのに、身体の芯はキンキンに冷えているようで立っているのも結構辛い。

座り込みたくなるのを我慢して、姿勢を保つのも精一杯なのだ。


くらくらと目が眩んできて、炎が出ているのとは逆の手を額に当ててみたら酷く冷たくて。

ふっと意識が遠くなりかけたところで身体を支えられた。



「意識を手放すな! 寝るんじゃないぞ、ナーデルのミル!」



寝るな、というけれども、これは寝るというより意識が

遠のいているというべきか。

こういう場合は気絶するというのではないか。


そのままで、と指示されて意地で持ち上げていた手が重い。

耳元でクルクが頻りに名前を呼んでいるようだ、よく聞こえないけど。



「  !!!」



火の気配が近い。水の気配がする。

とても寒くて濁っていた私の内側に、じわっと温かいものが広がっていく。



「      ?」

















弾けそうなほどに早い鼓動を服の上から押さえつける。

冷たく小さな身体から抜け落ちていく力が止まって、ようやく詰めていた息を吐き出せた。


こんなことは聞いたことも見たこともない。

だが、どういうことか理解は出来た。


同年代の幼児よりも物分かりも要領も良いはずのミルがどうして今まで魔力を感じることさえ出来なかったのか。


事情は不明だが、ミルは受動的にしか魔力を扱えない状態にあるらしい。

それも、1の力を何倍にも増大させる役割を果たして。


カが詰まり、滞っているということは稀にある。

そういう場合であれば、近親者や師に当たる者が魔力を通してやればいい。


今回であれば自分が師の立場に当たり、ミルに通した魔力はごく少量。

先程から何度となく行使していた、指先に火を灯すだけの害のない魔法。


だというのに、何をどうすれば炎が噴き出すのか。


現時点で分かっているのは、この小さな身体には想定外の魔力が内包されていたということ。

自らでは行使出来なかった魔法を他者の微量な魔力を呼び水にして、今まで手付かずだった己の魔力を使用して増大・強化した状態で発動出来るということ。


そして



「ミル!!!」



何かを感じ取ったようで、特訓に使用していた一室。

魔法の炎の中に飛び込んできたツヴァイが自身の魔力でミルの魔法を消し去った。


火に水をかけて消す。

そのままの意味であれば別だが、魔法としての火と水はそう簡単なものではないのだが。


既に魔力の暴走を何度か起こし、敵でありミルに危害を加えようとした相手とはいえ幾人もの命を奪っている子供。

ツヴァイが、良いように作用したとはいえ今回も魔力を暴走させていないとも限らない。


距離を取ろうとするとツヴァイの身体から怒気が発せられる。

またか、と身構えかけたが、何故かツヴァイはゆっくりと後退した。



「ラスクのツヴァイ?」

「暴走はしてない、僕は大丈夫だから……それより、ミルは無事なの?」



冷静に問われて腕の中の幼子の様子を窺う。

唇が紫、紙のように不健康な白い顔色は無事とはいえない。


魔力を一度に使い過ぎたのだ。

ぐったりと二重の意味で力の抜けた身体を支えたまま腰を下ろし、平たい胸に手を当てて意識して魔力を流す。


先程と違って行使を目的としていないが、万が一の事がある。

手招きをするとツヴァイが慎重な足取りで此方に寄って来た。



「なんでこんなにとになったんだよ」



咎める口調に何かしら反論しようとしたが、今回は此方にしか非が無い。



「ナーデルのミルの状態が普通とは違うように感じたから、魔力を流した」

「何で魔力を? それに、何であんなに火が」

「まだ確信が持てないが、ナーデルのミルは特殊体質なのかもしれない」

「……とくしゅたいしつってなに??」

「ブースター」

「なにそれ」

「簡単に言えば、ナーデルのミルは誰かから魔力を1受け取ると、それを倍以上に強化して行使出来る可能性がある」

「えーっと???」

「もっと簡単に言うと、ナーデルのミルは誰かの魔法を強化……強く出来る」



ぽかーん、とツヴァイの口が開く。

絵に描いたような驚愕、この状況にそぐわない表情を笑っている余裕は、残念ながらなかった。


少しずつ、少しずつ。


魔力が上手く送り込めているのか。

ミルの顔に血の気が戻り、体温が僅かばかり上がった気がする。


これなら余程のことがない限り、安静にさえしていれば回復しそうだ。

一安心という段階になってから、薄らと口を開いたままのツヴァイに昏倒しているミルの顔を見えるようにしてやる。


すぐに顔を引き締めたツヴァイは、遠慮なくミルの頬を掌で挟んだり、髪を撫でるなりした後で



「ミルが凄いのは分かったけど。なんで、ミルがこんな事になったんだよ」



賢い子供は、あやふやに誤魔化されるつもりはないらしい。

特に妹の身に差し迫る問題については誰よりも、もしかすると本人以上に敏感だ。


現状、暴走されると手が回らないかもしれないというのと、自分が手を出したことで危険な目に遭わせたのも確かなので、妹想いの小さな兄の気に障らないよう。

理解出来るように言葉をよく選んで説明する。


此方の話を黙って聞いていたツヴァイは事情を飲み込もうとしているのがよく分かる様子で、僅かにだが水の気配が肌で感じられた。

が、混乱したまま力を暴走させるには至らず、懸命に堪えているらしい。



「つまり、ミルは自分で魔法が使えない。けど、誰かが力を貸したら使えるようになって……それで、その力を貸した人よりすごい魔法が使えるってこと?」



大まかには理解をしている。

うんうんと小さく唸りながら、最終的にツヴァイは



「それってすごいことだよね? だって、力が弱い人だってミルに手伝ってもらったら、すごい魔法が使えるんだから」



懸念事項にもすぐに辿り着いた。

先程まで頭を抱えそうなぐらいに悩んでいたのが嘘のように妹がすごい、流石だと嬉しそうにしているところに特別申し訳ないとまでは思わないが、水を差す。



「ナーデルのミルは何も出来ない、ということにしておいた方がいい」

「は? 何言ってるんだよ」

「自分で言っただろう。ナーデルのミルが居れば、力が弱い者であっても強力な魔法が使えると」

「言ったけど。それがなに?」

「簡潔に答えるなら、ナーデルのミルは力を必要とする者に利用されるかもしれない、ということだ」



オレオルシュテルンに居るグランツヘクセの人間の多くは魔法が使える。

使えるのだが、せいぜい日常のささやかな手助けになる程度であって、武力に対する抵抗にも満たない。


グランツヘクセヘの道は遠く、オレオルシュテルンで暮らすのも多大な苦労がある。

カで押さえ付けられている状態を良しとしない者は多いが、反抗するだけの力が足りない為に大人しくしている。


そこへ爆発的に力を底上げ出来る存在が出現すれば、どうなるか。


過激な連中に目を付けられれば、オレオルシュテルンへの攻撃に「使用」される。

戦場を作り出し、その戦場に連れ出され、そこで消耗させられる。


そうでなければいいが、この地で耐える時間は余りにも長い。


終わりがあるかも分からない耐え忍ぶ生活。

変わらない現状を変える為の起爆剤にミルは成り得る。


本人があまりに幼く、保護者であるアインスの手を離れ、側に居る肉親は子供のツヴァイだけ。


利用しやすい立場、情報伝達が早く噂が容易く浸透するコミュニティという組織。

比較的情報を統制しやすいこのコミュニティ内であっても、全員が口を開ざしてはいられないだろう。


居住を移してから、コミュニティ内には手伝いで他のコミュニティの人間も行き来している。

情報が入りやすいが、同時に漏れやすくもある。


それだけでなく、稀有な力はオレオルシュテルンにとっても有用だろう。

何かしらの方法でグランツヘクセへ攻め入る機会を模索しているのだから、研究のし甲斐があるに違いない。


グランツヘクセの人間であれば仲間の命を奪うまではしないだろうが、オレオルシュテルンの人間については恐らく望みは薄い。

一度は特徴的な黒髪と黒い瞳という容姿から拉致されかけたが、今度は力を持つ子供として狙われる可能性もある。


自分自身、スクール時代は一切魔法を使わないことで力のない子供を演じ、なるべくオレオルシュテルンのやり方に従っていた。

下手に騒ぎ立てたり、力を見せていれば理由をつけて連行されていただろう。


スクールという表の世界で活動していた為に、今はおいそれと外に出られない身。

どれほど情報の流出が恐ろしいものかは痛い程に知っている。


グランツヘクセの誇りを失い、仲間を売る者も居なくはないのだ。



「ナーデルのミルを守りたいなら、今日この部屋であったことは誰にも漏らすな」

「誰にもって……兄さんや、ミルにも?」

「誰にも、だ」



家族だといっても、アインスはオレオルシュテルンの人間だ。

知ってしまえば、本人の意思に関係なくアインスの父親は嗅ぎつけてどうにかしてミルに手を伸ばす。


ミル自身については、本人に気を付けるように言い含めることも可能だ。

だが、ミルは事の苦し悪しを判別出来ているかが分からない。


普段は不気味な程に聞き分けが良いが、稀に見せる子供らしさから自分の持つ力について誰かに話し出さない保証はない。


その点では、ツヴァイは信用できる。

ツヴァイは何よりもミルの安全を重んじているので、危うくなるような言動は極力避けるはずだ。


相手を疑う、ということがこの年齢で十分過ぎるほどに出来てもいる。

時に過剰な反応を見せることもあるが、信用出来る相手かどうかを見る目は確かなもの。



「相手が誰であっても話すな。ナーデルのミルの力を悪用されたくなければ、妹を危険な目に遭わせたくないのならば」

「……僕は絶対に話さない」

「それならい」

「ミルに何かあったら」



背後に巨大な水の塊を従えて、ツヴァイは迷いなく此方を睨み付けた。




「僕はー番にクルクを疑うから」

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