第33話

魔法を学ぶ。

まさしく、ファンタジーの王道だ。


現段階では高望みは出来ないと思いつつ、自分にも魔法が使えるのかもしれないと浮足立ったのだが。



「見えたぁ?」

「・・・・・・みえない」

「これはぁ?」

「・・・・・・・・・・・・みえない」

「素質だけはあるはずなんだけどねぇ」



最初に与えられた課題は、魔法を行使する際の魔力の動きを感じること。


クルクいわく、普通に生活していても魔力などの力は肌で感じたり、注視すれば見えるものらしい。

ツヴァイいわく、魔法を使うとピカピカが見えるらしい。


何らかの現状が起こる段階になると、魔法を使えない人間でも魔法を知覚出来るわけなのだが、私はその前の段階。

発動前の魔力の動きや増減を感知出来るようになれ、という。


これはさして難しくない。(by.クルク)

ミルならすぐに分かるようになる。(by.ツヴァイ)


簡単に言ってくれるが、どういうことなの。

感覚に頼らざるを得ないのだけれど、人によりけりで例えが違うのではっきりしない。


一先ず、クルクの手が空いている時に極小の火を灯す魔法を使ってもらい、灯ってから消えるまでを眺める。

ライターで火を点けるように手軽そうだったが、それだけ。火は見えても、光や他の何かが見えたりはしない。



「分かりやすくしてあげてるんだけどぉ?」



そう言われましても。

具体的にどう分かりやすくなっているのかさえ分からない。


小指、薬指、中指、人差し指、親指。

順番に小さな火を灯し、同じように消して見せながらクルクは首を傾ぎ、さらりとサクランボ色の髪が肩から垂れる。



「人によっては魔力の動きが匂いで分かるとかもあるけどぉ、一番多いのは視覚情報なんだよねぇ」

「しかくじょうほう」

「そぉ。分かりやすく言えば見るってことだねぇ。魔力は本来人間に知覚出来るものではないからぁ、感覚的に切り替えるってとこかなぁ」

「きりかえる?」

「何に例えたら分かりやすいかなぁ? とにかくぅ、まぁ、感覚さえ掴めれば後は早いんだよねぇ」



うん、そうだろうね。

しかしまあ、その感覚を掴める気配が全然しないのが問題なのであって。



「もっと、おおきいの」

「主語ぉ」

「ひ」

「あぁ、大きい火を出してくれってぇ?」

「うん」

「着眼点は良いよねぇ。大きい力を使えばぁ、それだけ大きな動きがあるわけだからぁ」



おや、褒められた?

珍しいこともあ



「だから駄目だって気付かないのが子供らしいよねぇ」



りはしなかったようだ。

タメを入れてからの否定、ちょっと褒めてもらえるのかと身構えいたのに。


ややがっかりしたところで、クルクは簡単に説明をしてくれた。


オレオルシュテルンでは魔法の使用が禁止されている。

理由は様々だけれど、何らかの攻撃に使われたり、事故などの被害が起こらないようにということらしい。


使用した場合、誰かに金銭を握らせて黙っていてもらえればラッキー。

何処かに連行され、帰って来なくなるのが普通。

最悪の場合、使用した者以外の人間まで連帯責任だと連れて行かれる。


そうして、オレオルシュテルンで暮らすグランツヘクセの人間は徐々に数を減らして、今に至るのだ。


近頃は魔法を感知する機械なども試作・試験的な稼働されているという噂もあって、短い時間で益も害もないようなものならまだしも、大きな魔法を使うのは危ない。

特に火などの目立つ魔法は気を遣う必要が大いにあるだけでなく



「室内ででっかい火なんか出したら危ないだろぉ?」



仰る通り。

仰る通りなのだが、周りに燃え移らないような炎の魔法も見ているので何だか解せない。


人を癒す炎の魔法はそれなりに大きなものだったように思うのだが、どうやら使ってはもらえないらしい。

そう判断して、じっとクルクの指を注視する。



「もういっかい」

「はいはぃ」



ぱっと火が点く。すっと消える。

点いて、消えて。それを繰り返し。



「どぅ? そろそろ何か掴めたぁ?」

「・・・・・・ううん」

「しょうがないかぁ。じゃぁ、また明日にしよぉ」

「もういっかい」

「あのねぇ、僕も暇じゃないしぃ。君も手伝いとかしなきゃでしょぉ?」

「・・・・・・ぅう~ん」

「集中は出来てるからさぁ。まぁ、気長にやるしかないかぁ」



私を励ましているというよりは、自分に言い聞かせるような言葉である。

大きく伸びをしてから、クルクは小首を傾げてみせた。



「君の年齢ならこんなもんでしょぉ」



出来そうな気がした、と小さく付け加えられて、もやっとする。

素質はある、出来そう。なのに、出来ない。


頑張りが足りないのだろうか。

不安になったところでぐしゃぐしゃと髪を乱しながら頭を撫でられる。



「気にしなぃ。ラクスのツヴァイだってぇ、まだちゃんと使えないからさぁ」

「・・・・・・うん」

「君ぃ、いくつだっけぇ?」

「いくつ」

「年齢だよぉ、年齢ぃ。何歳なのぉ?」



ああ、年か。


なるほど・・・・・・女性に年齢を聞くのは失礼だと教えるべきか。

素直に答えるべきかを考え、一つ二つと指折り数える。


アインスと一緒に住んでいた頃は3歳程度。

あれから数か月は経過しているのだが、3歳のままなのか。4歳になっているのか。


何せ、私の正確な誕生日は不明だ。

ツヴァイに聞けば、拾われた日くらいは分かるかもしれないのだけれど。


覚えている限りでは私もそうだが、ツヴァイが誕生日を祝われていた覚えもない。

あれは隠れ住んでいるからだったのか、グランツヘクセで誕生日を祝うという習慣がないからなのか。


あまり暦を気にして暮らしていなかったことを、今更になって自覚する。

そういえば、今は何年何月何日なんだろうか。


4本目の指を折り曲げたり、開いたりしながら



「さん。か、よん?」

「はぁ?」

「どっちか」

「自分の年齢も分からないわけぇ? ぇ、誕生日はぁ?」

「・・・・・・」



迷った挙句に首を傾げると、クルクは目をぱちくりとする。



「お誕生日おめでとぉ、とかさぁ。したことないのぉ?」

「うん」

「誕生日って言葉は知ってるぅ?」

「うまれたひ」

「分かってるかぁ。そっかぁ」

「おにいちゃんのは、しってる」

「ぅうん? お祝いしたこともないのにぃ、自分のじゃなくてラクスのツヴァイのは知ってるってぇ?」


あ、しまった。


ゲームのキャラクター情報や公式ファンブックに記載があったのを覚えていたのは良い。

それは良いのだが、自分の誕生日を知らないのに他人のは知っているのは変かもしれない。


微妙な雰囲気だったので、それくらいは知っているとアピールしよう程度の軽い気持ちだった。

不審だったかと、視線を足元に落とす。


それをクルクはどう取ったのか。



「ラクスのツヴァイはお祝いしてもらってぇ、君はしてもらえなかったぁ?」

「ん?」

「ぁ、いいからぁ。今日はおしまぃ」

「ん?」



不自然に切り上げられた後、ぽそっと聞こえてきた。

婚外子、という単語が引っ掛かる。


婚外子などではないというか、それはツヴァイだと言うべきか。

立場的にいうと私は拾われた子供、養子の立場なのだが。


どう訂正するべきかと言葉や記憶を片っ端から引っ張り出していくが、良い文言が出てこない。

数十年分のボキャブラリーにさして引き出しがないことにがっかりした。











「ミルの誕生日?」

「そぉ。君なら知ってるでしょぉ?」

「知ってるけど」



可愛い妹の誕生日を知っていないわけがないじゃないか。

何でそんな当たり前のことを聞くんだろう。



「それじゃぁ、いつなのぉ?」

「それは・・・・・・っていうか、なんでクルクがミルの誕生日を知りたがるの?」

「そりゃぁ、いつかお祝いする為ぇ」



嘘臭い。

へらへらとした笑顔が信用ならない。



「何か、へんなこと考えてるんじゃないの」

「変なことって何ぃ? ちょっとした興味だろぉ」

「ちょっとした興味なら、別に教えなくても良いよね」

「へーぇ? もしかしてぇ、本当は知らないんじゃなぃ?」

「はぁ? 何でそうなるんだよ」

「知ってるならぁ、けちけちしないで教えれば良いでしょぉ? 知らないから教えられないんでしょぉ」

「知ってるけど、クルクに教えるのは何かやだ」

「またまたぁ。知らないなら別にいいんだよぉ? ごめんねぇ、知らないこと聞いちゃってぇ」

「知ってるってば!」

「だったらぁ、言ってみなよぉ」



だから! クルクに教えるのは、嫌なんだってば!

人の話を聞かないクルクは笑顔のまま、僕に背中を向けた。



「ナーデルのミルは自分の年齢も誕生日も答えられなかったよぉ?」

「え」

「ラクスのツヴァイの誕生日は知っているって言ってたけどさぁ。君の家では誕生日を祝ったりとかぁ、しなかったわけぇ?」

「お祝い、は」



おめでとうとお祝いの言葉を貰って、今日からいくつだねって。

それで、いつもよりおかずが増えるとか、それくらい。


本に書いてあるようなお誕生日のお祝いはしたことがない。

だって、うちはびんぼうってやつで。


普段からあまり騒いじゃいけないって。

そうしたら、また引っ越しをしなくちゃいけなくなって、それで。


考え出したら嫌なものもたくさん思い出しそうになって。

一番嫌なものが出てくる前に、世界が揺れた。



「ラクスのツヴァイ」



肩に置かれた手が誰のものか。

一瞬、分からなかった。



「ぁ、え? 何?」

「・・・・・・分かったよぉ。もういいからぁ」

「う、ん。そう」

「邪魔しちゃったねぇ。お手伝ぃ、頑張ってねぇ」



へらへら笑って、ひらひら手を振って。

言いたいことだけ言って、どこかに行ってしまうクルクを何となく見送る。


残ったのは雑巾と汚れた水が入った桶が一つ。

そうだ、早く掃除を済ませてしまわないと。


掃除の後は建物内の補修や消耗品の在庫確認。

色々とやらなければいけない。


やることがあるのは良いことだって、ママもおじいちゃんも言っていた。

僕もそう思う。考えたくないことを考えなくていいから。


桶に雑巾を放り込んで持ち上げる。

並々と水を入れ過ぎて、結構重い。



「ミルの、誕生日」



知っているけど、本当は知らない。


ミルがうちに来た日を誕生日ってママとおじいちゃんが決めた。

でも、ミルがいつどこで生まれたのかを、誰も知らない。


ミルはどこから来たのか。

どこから来たとしても僕の大切な妹だけれど、それが重要なのだと思うけど。



「お兄ちゃんだから、何でも知っていなきゃいけないのにな」



妹の本当の誕生日さえ知らないなんて、恥ずかしくて誰にも言えそうになかった。











クルクに何度も魔法を見せてもらっているが、ちっとも感覚とやらは掴めない。

自転車に初めて乗るような、口では説明し辛い感覚だろうと予想をつけているのだが、魔法には補助輪のようなものはないのか。


正直、難しい勉強は敬遠したいところではあるが、今の私ではいつまでも感覚が掴めそうもない。


センスか、センスがないのか?

自分の子供達からは「お母さんのファッションセンスはやばい」と評価されていたが、こちらでは魔法のセンスがないのか?


魔法が実際にある世界で、素質はあるはずなのに最初の段階で躓くとは。

転生ものって、主人公は普通誰も予想がつかない才能が急に開花するとか、そういうのがあって然りなのでは。


何度かツヴァイに魔力の流れがどこをどう流れているのかを教えて貰ったことはある。

兄は真摯に私の手を引き、風が吹けば「ほら、ここ!」火が灯ると「ほら、ここ!」と逐一声を挙げてくれた。


が、私にはさっぱりだった。


風が吹いているのも、火が灯っているのも分かる。

分かるのだけれど、そこまで。


魔力らしきものは感じられず、風は風で火は火。

やはり、才能がないのか。


肩を落とした私に、ツヴァイは困った様に



「ミルは小さいから、まだ難しいんだよ。僕もミルくらいの時に教えてもらい始めたから」



慰めにしろ、事実にしろ。


周囲の人の意見からも、余程才能があるならまだしも。

今の私くらいの幼さで魔法が使える人間は酷く少ないらしい。


補足するなら、クルクはその酷く少ない人間に当たる。

彼は私の年の頃には竈に魔法の火を放り込んでいたそうだ。


皆、クルクは規格外なので気にするなと言う。

ついでに、ツヴァイも相当習得が速い方なんだとか。


身近に優秀な人物が揃っていると、自分との差を考えてがっくりとしそうになる。


というか、魔法を習うと決まってからはゲームの知識もあって自分が魔法を使える、と楽しみにしていたわけで。

その分はどうしてもがっくりきてしまう。


ゲーム内でも優秀だとされる人物達と比べるなという話なのだけれど、子供である間にここまで差がついて大丈夫だろうか。

ツヴァイに悟られぬようにと気を付けて、溜め込んでいた息を細く長く吐き出す。


溜息は幸せが逃げるというから、あまりしたくはないのだけれど。

自分の不甲斐なさには溜息しか出ない。



「あのね、ミル」

「うん?」



気も漫ろで返事をすると、ツヴァイが肩に手を乗せていた。



「ミルは色々と頑張っているけど、一度に何でも出来るようにって思わなくても大丈夫だよ」



僕は分かっているよ、と微笑まれて、気遣いとその眩いばかりの愛らしさに兄を直視出来ない。

なんて良い子なんだろうか。流石は我が兄。



「無理に覚えようとしなくても、ミルのことは僕が守ってあげるから。クルクの特訓はそこそこでいいからね」



おっと、堕落への誘いかな?


ツヴァイの方は魔法の特訓は順調に進んでいるし、手伝いも器用にこなしている。

何でも出来る、とまではいかなくとも、それに近いツヴァイの言は冗談という響きではないのが怖いところだ。



「うん、がんばる」



まだ子供の兄からの励ましに、テンプレートな決意表明をして拳を握ってみせる。

そうすると、ツヴァイは数度瞬いてから微妙な表情になったが



「そんなに頑張らなくても・・・・・・ううん。その、無理はしないように頑張ってね」



にこっと、愛くるしい笑顔で締め括ってくれた。


応援してもらったのだから、諦めるわけにはいかない。

そもそも、諦める気もなかったのだけれど。


いつかの事件から暫く、以前と同じように接するようになったツヴァイとはその後、少しだけ雑談をして別れた。

お互いに任されている作業が別なので、今日は食事時までは話す機会もないだろう。


私はいつも通り、年配の女性達と繕い物をしながら色んな話を聞く、

最中に魔法について質問をしてみたりもしたが、ヒントになるような話は出て来なかったのだが



「ナーデルのミルのご両親はどんな魔法が得意だったの?」



聞かれて、少し考える。


私の義理の母であり、ツヴァイの母である女性の得意な魔法はツヴァイいわく「教えてもらえなかった」とのこと。

祖父については治癒魔法が得意だったと聞いたし、前に見たツヴァイの魔法は水。


ゲーム性能上、ツヴァイは水と治癒を主に使うキャラクターであったので、少なくとも母方は水と治癒魔法が得意だったのだろうと思う。



「みずとちゆ」



憶測の域を出ないが、そう答えるしかない。

父方はオレオルシュテルンの人間なので遺伝はしないだろう。


私の返答が話のネタになったのか、女性達は「ラクスのツヴァイは将来有能な水の使い手になるでしょうね」など。

主に兄が褒められていたので、私も頷く。


そうですとも、ツヴァイはルート次第ではあるけれど優秀な魔法使いに成長する。

間違いないと賛同していると、女性達は話を私に戻して



「そうなるとナーデルのミルも水か治癒の魔法を使えるようになるかもしれないわね」

「治癒は重宝されるわよ。使える場面が多いから」

「でも、たまにいるでしょう? 血筋に関係なく師事する相手に属性が寄ってしまう子」

「それは素質あってのことでしょう。でも、そうなるとキルシェのクルクから火を習得する可能性もなくはない、かしら?」

「火は少ないけれど、扱いは難しいもの。やっぱり治癒がいいわよ」



と思い思いに話し始めて、本人である私は完全に置き去りにされた。

まあ、いいのだけれど。


それにしても、私はこのまま特訓と続けたとしたら属性はどうなってしまうのだろうか。

それが楽しみというより、不安が勝るのだった。

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