第32話
擦れ違う人達が何かを話し掛けてくれている。
言葉は耳に入っているはずなのに、頭には届かない。
申し訳ないと感じてはいる、でも。
何と言われたか、分からないから。
そう自分に言い訳をして走り去る。
とはいえ、私は歩いていても走っていても、コミュニティ内の誰よりも足が遅い。
自分では走り去っているつもりでも、相手側からしたら少し急いで通り過ぎている程度の速度かもしれない。
そのせいか、誰に追い掛けられることもなく。
何処に行くのかと追及されることもなく。
当所なく突き進んできたが、最終的に辿り着いたのは私にと宛がわれた部屋。
狭いが、私には十分過ぎる間取り。
その中を意味もなく、ぐるぐると歩き回る。
落ち着きなく何度も何度も、何度も何度も。
小さすぎる身体で、処理できない何かが溢れてきそうになっている。
情けなさ、苛立ち、哀しみ、恐れ、不安。感情のごった煮だ。
端的に言うなら、泣いてしまいそうで。
泣きたくないのに、涙が勝手に出てきそうで。
感情のままに泣いてしまえば楽なのだが、泣いたって何の解決にもならない。
知っているし、誰かさんにも言われたことだ。
どうすればいい、どうしたら私は。
じっとしていられず、ぐるぐるぐるぐる。
頭の中も、足も、ぐるぐるとずっと回っている、同じところを。
堂々巡りを続けても前進するわけでもない。
動いているだけで進んではいないのだから。
どうしたら、どうしたら。
考えることで考えがまとまらず、一度整理したいのに思考が止まらない。
これは良くない兆候だ。
子供のように、身体に引き摺られて心まで幼くなってしまう。
私は長く生きてきた。
一度は人生を全うした。
人生経験は豊富であり、尚且つこの世界の辿る道筋のいくつかを朧げであっても知っている。
知識というのが生きていく上でどれほど有利に働くかを、私は理解している。
上手くやらなければいけない。
上手くやれるだけの知識と経験を私は既に手にしているのだから。
人生は一度きり。
決してリロード出来ない選択は、日常にだって散りばめられていた。
そうして、今回の魔法を習うという件は大きな転機になるに違いない。
きっと、ここで魔法の基礎を習い下地を作っておけば、将来的に魔法を習得しやすくなるかもしれない。
クルクが教えてくれるというのだから、彼との好感度にも影響するだろう。
良いように転ぶ可能性もある。
それと同時に、これは私の知らない過去だ。
この世界での出来事をゲームとしてプレイしていた時、主人公が過去に魔法を習っていたという話はない。
私が忘れていしまっただけでストーリー中にそのような記述があったり、裏設定が存在しないとは言い切れないのだけれど。
今回の件はいくつも連なるエンディングへのルートをある程度搾りかねない。
ただでさえ、私の記憶は私自身信用できない。
こうであったはず、そうだった気がする。そんな曖昧なものなのだ。
下手なことをすると、私がやんわりと把握しているルートから逸脱する。
そうなれば、転生したことで得たはずのアドバンテージの何割かを失う。
残るのは、平凡な主婦として過ごした老婆の生活する上では役に立つ記憶と経験。
家族を守るには頼りなさすぎる幼子の身体だけ。
役に立てなければ、助けられなければ。
幼子の身体に老婆の自我というちぐはぐな私の存在は、何の為に在るのか。
私は何が出来る。
何をすれば正解なのだろう。
いくつかの明確な選択肢を示されたなら。
複数の選択肢があって、そこから選び出すのなら。
そんな風に思ってみても、私に示された選択肢は二つだ。
イエスか、ノーか。
すなわち、クルクに魔法を教わるかどうか。
心情的なものや、これから先のことを考えるのであれば先延ばしにしたい。
適当に誤魔化して、年齢相応に駄々でも捏ねて。
どうにか逃げられるのであれば、そうしたい。
でも、逃げられない気がしている。
私の知る限り、クルクという人物は有耶無耶のまま事を放置するタイプではない。
ゲームキャラとしてのクルクも、こうして同じコミュニティ内で暮らしているクルクもそうだ。
特に後者。実在の人物として接しているクルクに関しては、おかしいと断じた私を好きにさせておく気は更々ないだろう。
自ら教鞭を振るうというようなことを言い出した辺り、他の人間に任せられないと判断したに違いない。
それだけ問題視しているのだから、逃がしてはもらえない。
先延ばしにするどころか、早期解決を目指しそうだ。
人生は思うようにいかないことの方が多いもので、私は思うようにいかないことが殆ど。
ただ、家族と共に生きていきたいだけなのに。
贅沢がしたいだとか、何かしらの大それた願いではないはずであるのに。
それでも、私は知っているのだ。
私と兄達とか共に生きていくという未来を掴み取るのが、如何に難しいかを。
とても難しいけれど、私はこれまでの数年で選択している。
家族で生き抜くという未来を掴み取るのだと、決めたのだ。
正しい選択を。
そうでなくても、少しでも余地を残さなくては。
考えて考えて考えて。
ぺったんこの布団の上に腰掛け、転がり、潜り込み。
あっという間に夢の世界に旅立ってしまうのは、現実逃避ではなく幼子であるせいだということにしたい。
これでもかと木製のレードルで小突かれ、罰だなんだと理由を付けて山のように野菜の皮剥きを命じられ。
やっと終わったかと思うとばあ様達のご相伴ついでというか、説教メインの食事。
こちらはコミュニティのことを考えて動いているというのに、どうして理解してくれないのか。
適当に聞き流そうとするとばあ様達全員が匙を置いてしまうので、温かい内に食べてくれと頼み、仕方なく話を聞く。
泣かせた、あんな言い方をするな、小さい子には優しくしなさい。
そのようなことを懇々と言い聞かせられ、泣かせていないし、別にきつい言い方もしていないし、特別厳しくしているわけでもないと返せば、また匙が置かれる。
その抗議の仕方はどうなんだ。
食べ物を粗末にするなと言われずとも、粗末に出来るような豊かさはないので、ばあ様達は食事が冷えて固くなっても食べ切る。
苦労をするし、冷えた食事は味が落ちるというのに。
困るのはばあ様達本人であって、此方は何も困らない。
だが、ばあ様達がもそもそと冷たい食事を摂っているのはどうにも我慢がならない。
「小さい子供みたいなことしないでよぉ。素養云々は置いといてぇ、早く教えておくに越したことはないでしょぉ?」
「自衛の手段があるのも、己の力を理解していくことも。確かに、貴方の言うように悪いことではないでしょうね」
「でしょぉ? だったら」
「ですが、何度も言っているでしょう。貴方はナーデルのミルに向ける言葉が小さな子供に向けるものではありません」
小さな子供だが、小さな子供には思えないからだと。
此方から何度言っても、誰も同意してくれない。
ミルは確かに子供だが、雰囲気が大人。
それも、ばあ様達に近いように感じることがある。
だというのに、時折見た目相応の反応をするので違和感を覚える。
はっきりとはしないが、妙に半端さを感じるのだ。
出来そうなのに、出来ていない。
出来るはずがないのに、出来ている。
ちぐはぐだから目が離せない。
なにせ、小さい癖に道理を弁えていて、大人しいから面倒はない・・・・・・と思いきや、遠慮が過ぎるのか。鈍感なのか。
何か問題が起こり、それを一人で解決出来ない状態であっても助けを求めることが殆どない。
凡そ、誰かが気付いて手を貸してやるか。
そうでなければ、時間をかけて。時には怪我をしてでも自力で無理矢理解決してくる。
同じように子供であっても要領が良く、自分が出来ることをある程度把握出来ているツヴァイは受ける作業や仕事を自分で調整出来る。
一方で、ミルは主張しないのでどれだけの作業や仕事を言い付けられ、どの程度進行しているのかなどが全く分からない。
言われるままに受けて、誰かが事態に気付いてあの口が重い子供から話をさせるのに、どれだけの苦労をすることか。
たまに疲れ果てて、そこいらで眠りこけていることもあるのでぎょっとした経験だってある。
当初は短期間預かるお客様扱いだったが、コミュニティの皆は既にツヴァイとミルを仲間として認識している。
前まではお客様なので身の回りのこと程度であったが、今は他の仲間と同じようにコミュニティ全体の為に働くことを求めている。
出来ると判断すれば作業を任されるが、無理に受ける必要はない。
そのように早い内から教えているはずなのに、ミルは言われたら言われただけやろうとする。
作業速度や体格や体力的に出来る、出来ないの判断が下手過ぎるのだ。
どうにも危なっかしいのに、本人に自覚が薄い。
更に周りが「小さいから」と容認するので、余計に性質が悪い。
褒めて伸ばすのは良いが、悪い所は悪いと誰かが言わなければ。
自分で気付くように促し、待つのは随分と時間が掛かる。
そうして、ミルのフォローに割く時間や労力が勿体ないし。
見ている側であるばあ様達も幾度となくハラハラとしているだろうから、心臓にも悪そうだ。
自分で助けを求められない。
もしくは求めたくないのであれば、相応に力を付けなくてはならない。
コミュニティ内。誰かの目の届く範囲であれば、気付けば助けてやれるだろう。
けれど、いずれはアインスの元へ帰るはず。もしくは、前のように何かの拍子に危険な目に遭う可能性もある。
幼い上に黒い髪と瞳。
コミュニティの中に居るから特に何が起きるわけでもないが、外に出れば何かと注目されるだろう。
それはきっと、オレオルシュテルンであってもグランツヘクセであっても変わらない。
ツヴァイもミルも、恐らくはグランツヘクセの両親か。
もしくはどちらかがグランツヘクセの出身であるということ以外、確かな情報がない。
ツヴァイの発言から、ツヴァイとミルの母親は同じ人物かもしれない。
祖父も居たようだが母方か父方かも分からず、両名は既に故人であるらしい。
ならば、父親は生存しているのか。
それさえも情報は掴めておらず、アインスとツヴァイ、ミルの血縁関係は把握している限りでは無い。
血縁関係もなく、ツヴァイの口から出たのはアインスがツヴァイとミルの母と祖父を殺害したという。
何故、一緒に居るのか。
コミュニティに関係が無ければ、放置していても構わない、
調べて何の得になるのかも分からないのに痛い出費になった。
関係ないので放っておいても良いのだが、金を受け取っているから。
アインスの元に帰すまで無事で居てもらわなければ、信用問題に関わる。
直接の関係はないかもしれないが、少しでもグランツヘクセの血を引いているのであれば、縁は薄くとも仲間の範囲でもある。
目に付く内は庇護するのがグランツヘクセの血を引く者としての義務だ。
「一度目を付けられてるんだからさぁ。用心しといた方が良いでしょぉ?」
「キルシェのクルク、話を逸らさないで」
「逸らしてなんかないよぉ? だってさぁ、もしまた前と同じようなことが起こったとしたらぁ、ナーデルのミルはちゃんと助けを呼べると思ぅ? それでもってぇ、助けが間に合うと思ぅ?」
「それは、私達が気を配れば問題ないでしょう?」
「何度も言うけどさぁ、ナーデルのミルとラクスのツヴァイはお客さんなんだよぉ。いつかは絶対にぃ、必ずアインスに返さないといけなぃ」
何か遭った時、自分達の中で解決出来る範囲を越えてしまう。
それが皆、分からないわけではない。
「何かがあったら困るんだよぉ。ていうかぁ、既に一度は危ない目に遭わせたわけだしぃ? 僕もそれなりに気にしてるわけでぇ」
「それとこれとは、話が別なのではないですか」
「ラスクのツヴァイもナーデルのミルもぉ、子供で色が濃ぃ。狙われやすぃ、その自覚とある程度の自衛の手段は持っているべきだけどさぁ。教えられる家族が居ないんじゃぁ、アインスから二人を任された僕が教えるしかないでしょぉ?」
「だとしても、言葉が過ぎると私達は言っているのですよ、キルシェのクルク」
「慣れが必要だろぉ? 僕もそうだったしぃ、ばあ様達もそうだったでしょぉ?」
これが出来る限りのアフターケアだ。
助け出せたとはいえ、危険な目に遭わせたのでサービス分。
そういうことだと話をまとめると、ばあ様達は納得はしていない顔で匙を手に取る。
食事はいくらか冷めてしまっているだろう。
「優しいのはばあ様達が担当してぇ、厳しいのは僕が担当ぅ。適材適所ってやつさぁ」
ばあ様達はミルやツヴァイを好いているので、嫌われたりきつく言うのは心苦しいだろう。
でも、こっちは特別好きではない。ミルに至っては苦手な部類なので嫌われても構わない。
空になった食器と何とか終わった話に満足して立ち上がり
「偽ることが上手くなることは、あまり良いことではありませんよ」
「何それぇ? よく分かんなぃ」
へらっと笑うと、顔を顰められた。
ただでさえ皺が深くなっているのに、余計に酷くなるのに。
あと、何も偽ってなんかいないのに、変なの。
「っは!」
目を開けた瞬間、何があったのか理解出来なかった。
あんなに真剣に悩んでいたというのに、寝落ちとは。
あまりの不甲斐なさに頭を抱えたいところだったが、時間がどれだけ経ったのか分からない。
ぺたんこの布団を少しでもふんわりとさせる努力だけはして、部屋を出る。
早々に遭遇したコミュニティの人に、今の時間がどれぐらいかを聞くと夕方に近いらしい。
お手伝いの幾らかをすっぽかしてしまったというショックで、食事を摂れなかったことはそこまで気にならなかった。
慌てて、今からでも謝りに行くなり手伝いに入るなりしようと駆け足になり、今日は随分急いでいるなーと何人かから声を掛けられた。
寝落ちる前もこんなかんじで声を掛けられていたのだろうか?
走りながらではしっかりと返事が出来ないので「うん」とだけ応えてのろのろと走る。
走っているのにのろのろというのはどうかと思うが、俊敏には程遠い。
前世の記憶で、自分の子供や孫が小さい頃はすばしっこいように思ったものだが、私はどうしてこんなに遅いのだろうか。
解せないが実際問題として遅いものは遅いのだから仕方がない。
精一杯やるだけはやろうと手足を動かし、炊事場へ向かう途中で目に入ったのはさくらんぼ色。
「「あ」」
ショックで一番大事なことがすっぽ抜けていたが、向こうはすっぽ抜けていなかった。
Uターンして逃げようとしたが、即座に確保されてしまった。
まだ心の準備が出来ていないので、勘弁してほしい。
じたばたとしてみたが、苦もない様子で持ち上げられる。
「何で逃げようとしてるわけぇ?」
「やだ」
「主語を入れようねぇ、主語をぉ」
「はなして」
「やだぁ」
わざと私の言葉を真似てみせたクルクは薄い笑みを浮かべて、何かしら言おうとした。
が、急にクルクの姿勢が崩れた。
「っ痛ぁあ~!!?」
「ミルをいじめるな!」
「すぐ力に訴えるなって言ってるだろぉ! 落としたらどうするんだよ馬鹿なのぉ!?」
「いいから離せってば! もう一回蹴るぞ!」
蹴られたのか、可哀想に。
暴力は良くない。
「おにいちゃん、けっちゃだめ」
「え・・・・・・じゃあ、殴る?」
私を助けようとしてくれているのは分かる。
けれど、手段を変えても暴力は良くない。
「なぐるのも、だめ」
「えっと・・・・・・じゃあ」
「クルク、はなして」
「ぁ~! もぅ、はいはぃ!」
相当痛かったのか、すぐに解放された。
私を手放すなり屈み込んで膝裏を擦るクルクを警戒するように、ツヴァイが私を抱き締める。
「ミルに何をしてたんだよ!」
ぴりぴりと空気が震えて。水の気配を感じた。
興奮しているのか、また力の制御が出来なくなっている?
宥めようと背中を撫でると、少しだけツヴァイの身体から力が抜けた。
ぎゅっときつく抱きしめる腕の力も緩んで、吊り上がっていた眉尻が垂れ下がる。
「ごめん、ミルには怒ってないから。大丈夫だからね」
「へいき」
「でも、さっき嫌がってたよね? 何されたの?」
何をされたと言われても。
「ちょっと抱き上げただけだろぉ。なんでそれだけで蹴られなきゃいけないんだよぉ」
ですよね。
それだけのことで痛い目に遭うのは理不尽であろう。
子供相手とはいえ、子供は力の加減を知らない。
本気で蹴られたりすると、本当に痛いのだ。
クルクも大人ではないし、体格も大きくない。
細身なので骨にダイレクトなダメージを喰らったかもしれない。
逃げたいという希望は変わらないが、気の毒なのは気の毒だ。
ツヴァイの背中をぽんぽんと叩きつつ
「けるの、よくない」
「・・・・・・蹴るのは良くなかったかもしれないけどさ」
「ごめんなさい、しよ?」
「・・・・・・・・・・・・ごめんね」
私にごめんなさいされても困る。
とっても申し訳なさそうに、許して欲しいというように可愛らしく言われても困る。
何せ、蹴られたのは私ではない。
そして、蹴られた本人であるクルクは暫しポカーンとしていたが、直に笑顔で怒りを顕にした。
笑顔で怒るとは器用だが、やられてみると結構怖い。
「おかしくなぃ? 君達はどういう教育を受けたらそうなったわけぇ?」
「「おかしくない」」
良い感じにハモったら、ツヴァイは嬉しそうに。
眩いばかりの笑みを浮かべてくれたが、クルクの笑顔の方は凄みが増した。
「兄妹揃って本当にもぅ・・・・・・アインスも何やってるんだか知らないけどぉ、どっちも指導は必要だよねぇ」
「指導って何?」
「ラクスのツヴァイは感情のコントロールを強化しなきゃいけないしぃ、ナーデルのミルにも触りだけでも魔法について指導するんだよぉ」
「何で? ミルはまだ良いよ、こんなに小さいんだから」
「君の意見は聞いてなぃ。コミュニティ内に居る間はこっちの決定に従ってもらぅ」
「そんなのおかしい! 魔法は家族が教えるものだって! だから、ミルには僕が教える!」
「それさぁ、いつになると思ぅ? 大体、君は教えてくれる家族が居ないから僕から魔法を教わってるわけだしぃ。妹が今の君と同じ年になるまでにぃ、思うように魔法が使いこなせてぇ、教えるだけの力が付いてると思うわけぇ?」
「出来るよ!」
「なんでそんなに自信満々なんだかぁ・・・・・・感情が先走り過ぎてる内は絶対無理ぃ」
「無理じゃない! 出来るってば!!」
ヒートアップしていく様を観察していると、普段は大人びていたり利発なこの子達もまだ子供なのだなぁと安心するというか、何というか。
ともあれ、何も私を挟んで言い合わなくても良いのでは。
クルクはまだしも、ツヴァイは感情的になっているし子供特有の高音が耳に痛い。
抱き締められたままなので、声が産地直送ダイレクト。
蚊帳の外になっていても、口が挟めない状況であっても。
がっつり私も関係しているのもあり、子供の言い合いを無視は出来ないので離脱は選択肢にない。
数少ない出来ることと言えば、どうどう、とツヴァイの背中を撫でてあげることだけで。
それも大した効果も無さそうなのだけれども。
一先ず、クルクにごめんなさいをしてから、指導については一旦保留にしてもらえないものだろうか。
平行線を辿る言い合いに気が遠くなってきたが、子供の声はよく通る。
何だどうしたと人が集まって来て、終いには私とツヴァイ。ツヴァイとクルクがそれぞれ大人の手で引き離された。
大人が間に入り、私と離れ離れになるとツヴァイは大いに暴れたが、クルクの方はクールダウン出来たようだ。
荒く髪を掻き乱し、長く息を吐く様を眺めているとオレンジの瞳とかち合う。
「後でちゃんとお話しようねぇ?」
おっと、有耶無耶にはしてくれないのか。
聞こえないふりをしたら、テイク2が入ったので観念する。
いつかは決断しなくてはいけないのだから、「お話」が始まるまでに考えよう。
「あとで」
「言質は取ったからねぇ」
「うん」
こっくり頷いたら、ツヴァイは反対だとか駄目だとか。
そういうことを言っていたけれども、まあ落ち着いて欲しい。
決めるのは、私だ。
むすっとしているツヴァイに手を繋がれつつ、面倒臭そうな笑顔のクルクと対峙する。
確かにお話する人数については何も決めていなかったが、ツヴァイがついて来るとは。
何となく、そうなる気がしないでもなかったけれども。
「ミルにはまだ早いから」
「決めるのは本人だからぁ」
「ミルは賢いけど、小さいから分からないよ」
「それも本人に確認することだからぁ」
会話の主導権まで持っていかれるのも、まあ。
そうなるだろうなあとは思っていたわけだけれども。
ある程度距離を置いていた期間があったせいか、前より沸点が低くなっていないだろうか。
妹想いであるのは私にとっては有難いことではあるし、優しい子であるのは間違いないのだが。
またヒートアップしそうな雰囲気を感じたのは私だけではない。
クルクも察して、どうにかしろと視線で訴えてくる。
どうにかしろと言われても。
いや、口に出していわれたわけではないけど。
ツヴァイはクルクに強く反発するので、このまま二人で話していても埒が明かない。
ならば、私が頑張るしかないのだ。
この年頃の子供は、どのように説得したものだろうか。
性格だとか、私との関係を考えてみると凡そツヴァイのしたいようにさせている方が事が丸く収まる。
基本的にツヴァイが何かしてくれるのは、イコールで私の為を思っての言動だと分かっている。
断るのも申し訳ないし、正直助かるので頼りきっていた。
だからか、ツヴァイは結構な心配性になってしまった感がある。
生活面などお世話になることが多く、失敗や困り事のフォローは今まで大半をツヴァイがしてくれていた。
環境の変化や接する人の多さから気を遣っている面も多いだろう。
感情的になる場面が目立つのは、普段は上手く過ごしているから。
優秀な良い子がたまに爆発すると注目されやすい。そういうことだ。
結構、大分。もしかすると、かなり私には甘いかもしれないが。
クルク以外のコミュニティの人々へは愛想が良いし、よく気が付くし、お手伝いも進んでするし、顔も良い。
大事なことなので、もう一度言おう。
我が兄は顔が良い。
顔良し、性格良しで皆に可愛がられているので、ツヴァイはもう少し周りに甘えてみたら良いのに。
ついでにいうと、私の自立を促してみるという考えを少しは持ってくれても良いのに。
そうなると、良いのになぁ。
なっていないから、そう思うんだけどなぁ。
「おにいちゃん」
「どうしたの、ミル?」
背景に煌めくエフェクトを幻視しそうな天使の笑顔を向けられて、一瞬思考が止まる。
大事な事なので、もう一度だけ言っておこう。
顔が良い。
口に出そうになるのを堪えるのが大変だ。
「わたしも、おはなしする」
「何が話したいの?」
何がと来たか。
「まほう」
「それはミルがもうちょっと大きくなったら、僕が教えてあげる」
「ナーデルのミルが大きくなるまでってさぁ、どんだけ待たせるつもりぃ?」
「クルクは黙っててよ。ミルは僕と話してるんだから」
お待ちください、お兄さん。
私はクルクと話す約束をしていたはずで、ツヴァイは付き添いのはずでは。
「あのさぁ、僕とナーデルのミルが話す約束をしていたはずなんだけどぉ? ていうかぁ、話が進まないからラクスのツヴァイは出て行ってくれなぃ?」
話が進まないのもあって、クルクが苛立つのは仕様が無い。
が、その言い方はツヴァイを刺激し過ぎる。
繋いだ手の力がぎゅっときつくなったのが、その証拠だ。
それでも、ツヴァイは今回頑張った。
口を開きかけて、繋いだ手から私の顔へと視線を移して、一旦口を閉ざす。
顔に赤みが差して、どうにか怒りを抑え込もうといういじらしい努力を感じた。
偉い、流石は我が兄だ。
心の中で称賛して、空いている手の人差し指を口の前に持ってくる。
「ちょっと、しー」
子供っぽいかとも思ったが私も今は子供だし、ツヴァイも同様である。
電車や店内などで騒ぐ子供や孫に対して、よくこうして注意したものだ。
それで静かになることは少なかったけれど。
ツヴァイはぱちくりと瞬きをしてから、静かに首を縦に振ってくれた。
聞き分けの良い子で良かった。
さて、話し合いをしましょうか。
クルクに向き直ると、白けたような雰囲気を感じる。
なにか問題でもありましたかね。
視線で問うてみると、肩を竦めて流された。
「じゃぁ、さっさと済ませよぅ。ナーデルのミルにも魔法について学んでもらぅ。反論は受け付けてないけどぉ、一応聞いてあげるぅ。君はどうしたぃ?」
選択肢が無いと前置きされて、意志表示を求められても。
遣り辛いのだが、あまり固まらなかった自分の考えを捏ねながら
「さわりだけ」
拒否権がないなら、触りだけで良い。
本格的ではないような、短期体験学習的なイメージだろうか。
基礎の基礎だけを軽くやる程度で十分。
ちゃんと言葉を選んだつもりだが、イマイチ通じているかんじがしない。
触りだけ、などという言葉がこちらには無かったのだろうか?
ならばと、親指と人差し指で輪を作り、指の腹同士がくっつかない程度に隙間を空ける。
「ちょっとだけ」
これくらい、すこーしで良いです。
視覚情報で伝える努力をしたが、クルクはやはりイマイチ反応が良くない。
隣のツヴァイは何か言いたげな目で、口元を両手で覆っている。
口を出したいのだろうけれど、先程黙っていて欲しいとお願いしたのを守ってくれているようだ。
あまり無理をさせるのも忍びないので、早く終わらせよう。
「やだ、けど。だめなら、すこしだけ」
「少しっていうのは何かなぁ? 僕は必要だと思う分だけやらせるつもりだけどぉ?」
「どれだけ、ひつよう?」
「感情のコントロールについては不気味なくらい出来てるから良いとしてぇ。問題は魔法についての知識や考え方ぁ、一番は感情もとい力の発露ってところかなぁ?」
三つくらいなら少ないと考えても良いのか。
これらの一つ一つがそれなりの問題であるのかが、分からない。
指を三本折り曲げてみても、ぴんと来るはずもなく。
「どれぐらい?」
期間はどの程度かかるのか。
ついでに、どれぐらいの難易度なのかも教えて貰えないものか。
オレンジの瞳は機嫌が悪そうに此方を向けられていて
「主語を入れろってぇ、いつも言ってるよねぇ・・・・・・まぁもぅ、いいけどさぁ。期間で言うなら君の理解や努力次第だよぉ」
何を学ぶにしても、それはそうか。
難易度に関しても、結局は私が理解出来るか。
もしくは、理解出来るようにどれだけ努力出来るかによるだろうし。
「最低限でも何かあった時に自力で逃げ出せる程度の力は欲しいとこだよねぇ。後は治癒系は覚えておいて損はないしぃ、素養があれば他にも伸ばせる内に伸ばしておいた方が後々楽だしぃ?」
おっと、増えたぞ。
しかし、素養が無ければ最低限のラインでレッスンは終了するようだ。
自力で出来ることが増えるのは良いことだ。
それに、逃走に関するものは後々大いに役立てるに違いない。
じゃあ、お願いしよう。
決めたところで、クルクは私ではなくツヴァイに
「ラクスのツヴァイは基礎はしっかり出来てるぅ。教えた人がしっかりしてたんだろうねぇ。いつまで一緒だったのぉ?」
不意打ちの質問だったが、口を手で覆っていたのが功を奏した。
ツヴァイはあからさまに答えたくないという様子で目を逸らす。
あれから、もうどれだけの時間が経ったか。
優に一年は過ぎているはずだが、あまり実感はない。
母と祖父を失い、慣れる前に居を転々として。
自分より小さな妹の手を引き、己の持つ力に振り回され、ツヴァイはどれだけ心の傷を癒せたか。
「キルシェのクルク」
「なぁにぃ?」
理解している顔だった。
柔い部分を傷付ける問い掛けに、黙っていようとは思えない。
「ひどいこと、いわないで」
「酷いってぇ、何がぁ? ていうかぁ、もしかして怒ってるぅ?」
「うん」
「へぇ」
私の返事にさっきとは違い、機嫌が良さそうなオレンジの瞳が明るく光る。
「怖い怖ぃ。じゃぁ、明日以降からはナーデルのミルにも課題を出すからぁ、これで話はおしまぃ」
じゃあね、と手を振られたので、礼儀として振り返す。
変な顔をしていたつもりはないのだが、去り際に「不細工ぅ」と言い逃げしようとするクルクをツヴァイが全力で追い掛けに行った。
何がしたいんだ、君は。
腑に落ちないが、何となく顔に手で触れて揉んでみる。
遠くで少年と男の子の言い争う騒ぎが耳に届いて、現場に急いだ。
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