第30話

不満がありありと浮かぶ顔だ。

ツヴァイは敵意を剥き出しに此方を睨み、それでも黙っている。


言葉では納得はしないし、力で捻じ伏せれば無論、反発する。

面倒極まりないが、ここで問題を放置すると余計に面倒なことになる。

早い内にケリを付けておくべきだ。


後ろに隠れているミルは口を挟むこともなく、ツヴァイの方を窺っている。

どうにもこの子供は魔法の適性だなんだは知っていたのに、魔法の存在自体をはっきり知覚していなかったらしい。


突然目の前で人が死に、その原因が兄であるツヴァイの力によるものと理解して、恐怖を覚えたのだろう。

前に出ようという意思は感じられるが、身体も心もついていけていない。


その様子を此方も子供であるツヴァイは理解出来ていない。

先程、アインスがミルとツヴァイの母親と祖父を殺害したという不穏な発言が出ていたが、それは一旦置いておくとして。

アインスが母親と祖父を殺してもミルは怯えずに接していたのに、どうしてミルを攫おうとした相手を殺した自分には怯えるのか。

そういったところだろう。


安易に兄が良ければ自分も良いはずだと。

妹を守る為という建前で人命を軽んじることの問題について、考えが及んでいない。

兄妹揃って常識を知らないとは思っていたが、ツヴァイの倫理観はミルが中心だ。

それはあまりに危うい。


賢いが愚か。

世界があまりに狭すぎる二人に、アインスは一体何をしていたのかと舌打ちをしそうになる。

問い詰める事項がまたいくつか追加された友人に心の中で悪態を吐きつつ、ツヴァイにミルへの接近禁止を言い渡した。


すぐにはその意味に見当が付かなかった様子で、説明してやるとまた性懲りもなく魔法を使う。

無意識にやっているのだとは推測出来たが、感情によって無軌道に使われては堪ったものではない。


ただでさえ屋内、ただでさえ住居を移したばかり。

一人の子供の癇癪でコミュニティ全体が迷惑を被る事態など許されない。


直接当たらないように加減をして、ツヴァイの鼻先で極小の炎を弾けさせる。

驚いたのだろう。集い始めていた水の気配が急速に引いていく。



「そうして、すぐに感情を発露させている内は許可出来ない。分かったな?」



無理だと諦めているが、一応。

コントロールさえ出来れば良いという意味合いも含めてみたが、やはりツヴァイは「許可出来ない」という部分のみに着目した。


受け入れたくないが、どうしたって力でも言葉でも勝てない。

そうなると頷くしかない。つまりは選択肢はない。

そこまで理解した結果、睨み付けてくる瞳や纏う空気に剣呑なものが混じる。

牽制込みで睨み返すと、やや怯む様が幼い。



「いいか、魔法は余程のことがない限り使うものではない。制御出来ない内から俺の監視外で使ってみろ、仕置きをするからな」

「仕置きってなに」

「聞かなくても実体験することになるだろう」



ほぼ確定だ。

昨晩と今朝と短いスパンでやらかしているのだから。

絶対とまでは言わないのは、ミルと距離を置かせるという変化がどのように作用するかによる。


あくまでも本人いわく、ミルが危ない目に遭ったら。

ということだが、今朝の状況からミル関連で感情が激した時に魔法を発動させている。

引き離した場合、悪い方に転がるのか。

もしくは良い方に転がるのかは、一種の賭けだ。



「ナーデルのミル」



声を掛けると、隠れていたミルが此方を見上げてくる。

真っ直ぐ目が合わないよう、微妙に視線をずらしてから



「ナーデルのミル。お前が会いたい時は会いに行けば良い」

「うん」

「ラクスのツヴァイに何か言わなくて良いのか?」

「・・・・・・・・・・・・」



困った様に視線が泳いでいる。


年不相応に利口で、空気を読んでいる節がある幼い子供。

子供らしく思ったままを口にしていないようで、感情表現も下手。

口数も多くないので、正直分かり辛い相手だが今回ばかりは戸惑いや恐れが見て取れた。


それでも、兄を傷付けまいとしているのだろう。

言葉を選ぼうとして、上手いものが見つからない。

そんなところだろうか。


もごもごと動く口がもどかしそうで。

同じ年頃の子供のように感情のままに叫び暴れることのない分此方は助かるが、心のケアが必要なように感じる。

この二人をいつまでも一緒にしていては、いずれはミルの方が先に参るだろう。


相応に喧嘩でもしてくれるならまだ良いが、ツヴァイはミルを一番に考えているつもりだし。

ミルはミルで気を遣い過ぎて、空回るところがある。

矯正は早い方が良い。



「思っていることがあるなら、言うといい」



促すと、不自然に瞬きが増えた。

困り果てたとばかりに視線を彷徨わせてから、沈黙に耐えかねたように



「おにいちゃん」

「・・・・・・ミル」

「ちょっとだけ、がんばろう?」



やはり、主語はない。

恐る恐る顔を出したミルに、ツヴァイは眼光を柔らかいものに変えた。



「うん・・・・・・そうだね。ちょっとだけ、頑張ろうか」

「ごめんなさい」

「僕こそ、ごめんね。怖かったんだね、気付かなくて・・・・・・ごめん」

「わたしのせい」

「違うよ、ミルは悪くないんだ。だから、謝らなくてもいいんだよ」



よく分かるな。


こんな時ながら感心した。

実際、ミルの言葉の意味を理解出来ているかは知らないが、会話が成り立っている。


前に進み出たミルは、ゆっくりとツヴァイの元に向かった。

その足取りに迷いはなく、真っ直ぐに兄の前に立つと両手を伸ばす。



「ちょっとだけ」

「分かったよ」

「うん」

「すぐに出来るようになるから、待ってて」

「うん」

「大好きだよ」

「うん」



ぎゅっと抱きしめ合う兄妹に、何となく先が長そうな気がした。


だが、まあ。

アインスが迎えに来るまでくらいは、料金内ということで面倒をみよう。

仕方がない、と遠慮なく溜息を吐いた。



















クルクは意地悪だった。

ミルが会いたくなったら会っても良いって言ったのに、ミルにも僕にも色々とお手伝いを言い付ける。


ミルに頑張ると言っちゃったし。

約束は守らないといけないってママもおじいちゃんも言ってたし。

嫌だけど、言われた通りにやっていたらミルと顔を合わせられるのは、ほんのちょっぴりになった。


朝の挨拶をして、ご飯を一緒に食べる。

それからは別々にお手伝いをしに行ったり、僕は言い付けられた課題をこなしたり。

夜まで一度も会えない日もある。

会えたとしても、お風呂も眠る部屋も別だ。


ミルは一人で大丈夫かな。

あんなに小さいのに一人で全部するなんて無茶だ。


こっそり見守っていたら、ミルはよく転んだ。

建物の中はあまり綺麗ではなくて、あちこちの床がへこんでいたり、出っ張っていたりするせいだと思う。

足を引っかけては転び、転んでは起き上がって歩いて、そうしてまた暫くすると転ぶ。


今までは僕が手を引いてあげたり、声を掛けてあげられたから良かったけど、今のミルは一人だ。

翌日におはようと挨拶をして顔を見たら、可愛い顔に大きな擦り傷が出来ていて心臓が止まりそうになったこともある。

膝や肘に怪我をしていたり、僕が止めなくなったせいか。

おばあちゃん達がまたミルに包丁を持たせているようで、指に切り傷が出来ていたりもした。


痛いはずなのに、ミルは泣いたりしなかった。

大丈夫か聞いたら、いつもこっくりと頷く。


重たい荷物で潰れそうになっていても。

お手伝いの最中に怪我をしても。

お昼寝の時間近くなって、閉じそうな瞼を擦りながら。


僕が居なくても、ミルは頑張っている。

一人で頑張っている。


だから、お兄ちゃんの僕が頑張らないわけにはいかない。

ミルより、もっとうんと頑張らないと恥ずかしい。

ミルから凄いって思ってもらえるお兄ちゃんにならなくちゃ。


もう、怖がらせたくなんかないし。

クルクのいう事を聞くのは何だか嫌だったけど、言われたことをする。


りんりかんの勉強だって、動物の話だとか昔の偉い人の話だとかを大人に延々と聞かされるとか。

○○はこうしました、○○はこう言いました、▽▽はどう思ったでしょう? というようなことを聞かれたりとか。

苦手なことや嫌なことをさせられた時に、感情を抑えろとか。


よく分からないことを言われて、させられて疲れる。

これが毎日毎日続くからうんざりもするんだけど、朝と晩。

ミルが一生懸命昨日は何をした、今日は何をすると張り切っていると頑張ろうって思えた。


それにうんざりすることばかりじゃない。

ちょっとだけ、楽しみにしていることもある。



「おう、ラクスのツヴァイ」

「おじいさん、こんにちは」

「今日もやってくか?」

「うん」



頷いて、仲良くしている拳骨のおじいさんから掌より大きい透き通った球を受け取る。

ひんやりとしたそれを落とさないように気を付けながら、床に座り込む。


これも魔法の特訓の一部なんだけれど、いつものとは違う。

透き通った球をじっと見つめて、それだけを意識するとほんの少しずつ色が付いていく。



「随分仕上がってきたな」

「そうかな?」

「ああ、かなり早いが丁寧にやれよ。ナーデルのミルにやるんだろう?」

「心配しなくたって、手抜きなんてしないよ」

「こらこら、気を逸らすな。また一からやり直すことになるぞ」

「あ! うわ!?」

「おーおー。言わんこっちゃない」

「~っもう!」



最初の頃に比べたら、かなり小さくなってきた球は僅かに紫がかっている。

でも、まだまだだ。


拳骨のおじいさんいわく、こうして物に自分の魔力を注ぎ込むのは良い特訓になるらしい。

名目上は特訓、という意味でも大変良い。

僕の目的は特訓ではなく、こうして魔力を注ぎ込んで出来る「完成品」。


抑え切れない何かが出てきそうな頃に、拳骨のおじいさんは僕に透き通った球を。

自分は小さな、拳骨のおじいさんの小指の爪くらいの大きさのチョコレート色の球を手にして、教えてくれた。


魔法使いはある程度の制御が出来るようになり「おとしごろ」になると「大切な人」にお守りをあげる。

自分の魔力を目一杯詰め込んだ珠は、作った人の力によって強さは変わるらしいけど、凄いお守りになるんだって。


拳骨のおじいさんは僕は力が強いから、凄く強いお守りになるぞって言ってくれた。

だから、僕のお守りはミルにあげるんだ。


いつも持って歩いている栞。ミルが僕にって作ってくれたプレゼント。

これのお返しがまだだったし、最近はいつも側に居てあげられないから。

何かあった時に、これがミルを守ってくれるようにって思いを込めて。



「お前は筋が良いな、ラクスのツヴァイ」

「そうかな? あ! もう騙されないよ。僕は集中するからね!」

「ははは、そうしな。こっからはじいさんの独り言だけどよ」

「?」

「お前がナーデルのミルを大切にしてるのは誰から見ても分かることだが、お前にとってナーデルのミルは何なんだろうな」



何なんだって、妹だよ。

誰よりも何よりも大事で、大切で、可愛くて仕方ない妹。


口に出すと集中が乱れるから、黙っていた。

そうしたら、拳骨のおじいさんは



「もしも、家族としてではなく、一人の女としてナーデルのミルを見ているんなら・・・・・・苦労するぞ、ラクスのツヴァイ」

「なにそれ? どういう意味?」



よく分からない。

ミルは家族でもあるし、女の子でもある。

そんなの当然のことなのに、どうしてそんなことを言うの?


思わず声を出すと、拳骨のおじいさんは何も言わずに僕の手元を指し示す。

その指先を目で追うと、せっかく綺麗な紫に染まりかかっていた珠から色味が引いてしまっていた。



「ああああーっっっ!!!」

「また一からだな」

「おじいさん! もう! もう!!」

「ははははは! これに懲りずに精進しな」



笑い飛ばす拳骨のおじいさんに流されて、僕はさっきまで抱いていた疑問を手放した。


僕にとってミルは妹。

誰よりも大切な、可愛い女の子だから。

深く考える必要なんて、ないんだもの。

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