第29話

気まずそうに方向転換し、話題は私達の血縁関係から生活に変わった。

端的に言うならば、私とツヴァイの距離感について、である。


クルクが言うには、私とツヴァイは「近すぎる」らしい。


元々一緒に居る時間が長かったというか、一日の殆どを共に過ごしていたので自覚があまりなかったが、こうして多くの人達と過ごすようになっても私達は変わらなかった。

むしろ、ちょっとばかり離れている時間が出来たな、くらいには思っていた。


が、第三者から見ると四六時中べったり。

ツヴァイは私に構い倒し甘やかし、私はそれを全面的に受け入れている。


特にツヴァイは私に依存している傾向が強く、魔法の暴走の件についてもこれが関係してくるかもしれないとのこと。

今後も私に何かあれば、魔法を暴走させて力で捻じ伏せる。

そういうやり方に慣れてしまいかねないとクルク達は懸念しているそうだ。


私自身も確かにそういう気はしていたのだけれど、そこまでとは。

兄として妹の世話を焼く良い兄で、大変助かっていたので此方としては問題など何もなかったのだけれど。

私のせいで道を踏み外すようなことはあって欲しくない。


周りの印象がそうであるなら、そうなのかもしれない。

どうしたものかとクルクに尋ねるつもりで視線を向ければ、視線を受け流すようにして距離を置くようにと言い付けられた。



「きょりを、おく?」

「そぉ、別に一日中離れてろっていうわけじゃないけどぉ。今までみたいに四六時中ぅ。朝はおはようからぁ、夜はおやすみまでぇ。ずっと一緒に居るのは止めといた方がお互いの為だろうねぇ」



そんなに一緒だっただろうか?

いや、一緒だった。


朝、目覚めて一番に目に入るのは深い紫色。

蕩ける様な笑顔で挨拶をされてから、身支度を手伝ってもらい、髪を梳かされてから手を繋いで移動。

食事の席は隣、作業の際も隣、右か左。

もしくは前か後ろには必ずツヴァイの姿がある。

年齢的にはセーフなのだが、お風呂まで一緒だ。


指摘されてみれば、いくら家族といっても近すぎる気がしないでもない。

他人の手を借りないと生きていけないので、当たり前のようにツヴァイに助けてもらう生活を続けていたが、そうか。

確かになぁ、としみじみ納得しているとクルクは適当に髪を結い、私があげたシュシュでまとめつつ



「試しに何日かぁ、二人共別の部屋で寝起きしてさぁ。食事や仕事も別々にやってみなよぉ」

「あっちゃだめ?」



そんなにだろうか。

心配になってきたが、クルクはベッドから足を下ろし



「会うのが駄目ってわけじゃないけどさぁ? 下手に会うとラクスのツヴァイの我慢が続かないと思うけどぉ?」



そんなにだろうか?


私が知る限り、ツヴァイは我慢強い子だ。

むしろ、人生経験が豊富なはずの私の方が我慢が利かないだろう。

意識せずツヴァイの手助けを受けていた部分が多々あるので、早々にギブアップしてしまうかもしれない。


とはいえ、現段階でツヴァイと顔を合わせるのが気まずいので、有難いとも思ってしまう。

お試し期間として、ほんの数日心を落ち着ける時間が出来たということにしてみれば良い。

ツヴァイだって、少しは私の世話から解放されて自由になる時間が出来た方が良いだろう。

余裕が出来れば、きっと私以外に目を向けるようになるだろうし、確かにクルクの言う通り。

お互いの為になる。



「だいじょうぶ」

「主語をくれないかなぁ?」

「おにいちゃんなら、だいじょうぶ。わたしも、だいじょうぶ」

「だからぁ、何がぁ?」

「ちょっと、きょりをおく」

「・・・・・・言い出したのは僕だけどさぁ、本当に平気ぃ?」

「うん」



厳密に会ってはいけないわけでもないなら、構わないだろう。

首肯すれば、クルクは髪を掻き乱す仕草を仕掛けて、毛先まで手を下ろす。

結った髪が崩れるからか、代わりとばかりに毛先を指に巻き付けて弄る。



「じゃぁ、早速だけど移動するからぁ。荷物分けちゃいなぁ」

「にもつ?」

「鞄拾って来たからさぁ。自分の物とラクスのツヴァイの物を分けてぇ、自分の分だけ持ってくわけぇ」



部屋を分けるのであれば、そういうことも必要になる。

毛先を弄っていたクルクはすぐにベッドに腰掛けた状態で身体を前のめりにし、横着に鞄を引っ張り出すと私の前に置く。

促されて鞄を開いて、そう多くない私物を取り出す。


私が移動することになりそうな雰囲気なので、此処がツヴァイの部屋になるのだろう。

両手一杯に衣類を抱える私を、クルクが抱きかかえた。



「あるける」

「荷物落とされたら面倒だからぁ」

「かばん」

「持ってくるよりぃ、君ごと運んだ方が早いからねぇ」



横着な。

いや、運んでもらえるのは助かるのだけれど。


ツヴァイと距離を置く理由には私の自立も含まれていたように感じるのだが、ここで手を借りても良いものか。

考えたところで、既にクルクは歩き出している。

ツヴァイの部屋を忘れては困るので、道順をきちんと覚えておく方が賢いか。


前に住んでいた建物と変わらないくらいの老朽化した屋内。

隙間風はやはり何処かから吹き込んできているし、何となく以前より湿った臭いが鼻に付く。

湿度が高そうなので、カビや苔を見掛けるかもしれない。


擦れ違うコミュニティの人々は覚えのある顔ばかりだが、時折知らない顔も混じっている。

他のコミュニティの人か。そうでなければ、新しく入ってくる人は殆ど居ないらしいが、居ないわけではないそうなので新規参入の人の可能性もある。


似たような建物、見知った人々。

大体の勝手は以前と変わりないのだけれど、全体の間取りがやや広いように感じる。

私は年若いというより幼いという理由で、随分下の階に部屋を用意してもらえたらしい。

ツヴァイの部屋からは五階分も離れていた。


手狭ながらも、私の身体の大きさなら全く問題ない一室。

隣は年配の方々ばかりではあるけれど、いざという時に頼りになる人達だ。

クルクも何かあれば隣の部屋の人達を頼るようにというので、そういう意図もあるのだろう。


衣類を入れて置く籠が一つ。

籠の蓋代わりの布が一枚。

寝具一式と、私が一人で上り下り出来るくらいの高さのベッド。

あとは手鏡が一つある。


これがこれから私が過ごす部屋。

無駄はないけれど、不自由もしない。

すぐ下が一階だそうで、つまりこの階は二階。

幼さを理由にかなり優遇された結果だ。


部屋に着くなり私を下ろしたクルクは、辺りを見て回る私を尻目に軽く手を振る。



「後は適当にばあ様達にでも案内してもらいなよぉ。僕は忙しいからぁ」

「うん。ありがとう」

「どぉいたしましてぇ。じゃぁ、ば」



ばいばい、とでも続くところだったのだろう。

言葉を切ったクルクが天井を仰ぐ。



「あぁ、もぉ。妹の方が聞き分けが良いってどうなんだろうねぇ」

「?」

「はぁ・・・・・・悪いんだけど一緒に来てもらうよぉ」

「うん?」



さっぱり意味が分からないまま、また抱えあげられる。



「ラクスのツヴァイがお待ちだよぉ、ナーデルのミル」

「うん?」



やはり、ちらとも意味が分からなかった。
















「落ち着け、ラクスのツヴァイ! 我々は何もお前とナーデルのミルを悪意を持って引き離そうとしているわけでは」

「うるさいうるさいうるさい!!」



異様な光景だった。

室内で水が渦を巻き、今にも人間を飲み込もうとしている。

重低音の水音がやけに大きく響くが、子供特有の高い声はその場であってもよく通る。



「なんで僕がミルと離れなきゃいけないの!? 僕はミルのお兄ちゃんなんだ! 僕は、僕がミルを守らなきゃいけないのに!!」



全身で叫んでいる。

そのような様子のツヴァイの周囲で威嚇するように水が渦を巻いていた。



「昨日の今日でこれかよぉ。まじで勘弁してくれないかなぁ」



クルクの腕の中で、私は自分からは声が掛けられなかった。

あんなに怒り狂うツヴァイは見たことがなかったし、その怒りの原因は私。

私自身に怒っているわけではなくても、原因であるのはツヴァイの言動から明らかだった。


ぎゅっとクルクの首にしがみ付くが、クルクは黙って私を下ろし



「ラクスのツヴァイ、ナーデルのミルが見ているぞ」



そう声を掛けると、水音が徐々に小さくなり渦を巻いていた水の勢いが僅かに引く。

瑠璃色の瞳が私を映し、私は咄嗟にクルクの後ろに隠れてしまった。



「ミル?」

「ラクスのツヴァイ、よく聞け。お前がその調子だと、ナーデルのミルはお前の側には居られなくなる」

「っなんで! 僕は!」

「聞けと言っただろう」



ごぉっと音がする。

ツヴァイの傍らで炎が弾け、ツヴァイは驚いたようにその場で尻餅をついた。

が、憎々しげにクルクを睨み付ける。



「何するんだよ! 危ないだろ!!」

「そっくりそのまま返す。感情に振り回されて魔法を使うな。お前は良くても周りが迷惑する」

「~だって」

「だっても何もない。お前は未熟だ。自分で制御出来ない力を無駄に振り回す。そんなことだから、守りたいものに怯えられる」

「怯える・・・・・・?」



縋るような視線を感じたが、前に出ることが出来ない。

震えてしまう身体が後退りしてしまわないようにするので、精一杯。


魔法が存在する世界だと知っていた。

私はその世界に生まれたのだ。


けれど、私は別の世界で生きてきた。

魔法はなく、少なくとも誰かが目の前で殺される様を見るような世界ではなかった。


認めたくないけれど、私は私のせいでツヴァイが道を踏み外すことも。

人を容易に殺めることが出来る魔法があるということも。

ツヴァイがそれだけの力を持っていることも。

怖い、のだと認めざるを得ない。


兄だから、優しいから、子供だから、守ってくれているから。

色んな理由を付けてみても、一度抱いてしまった気持ちは簡単に消えてくれない。



「ミルは僕が怖いの?」



傷付いている。

悲しんでいる。

苦しそうに問うてくるツヴァイに答えられず、クルクの服の裾をぎゅっと掴む。



「ミル・・・・・・僕・・・・・・僕は・・・・・・・・・・・・」



渦を巻いていた水はただの水の塊になって、ぷかぷかと室内に浮かんでいる。

大人達がツヴァイを取り囲むと、その目の前に移動するので未だに警戒だけはしているようだ。



「僕はミルと一緒に居たいだけなのに。笑っていて欲しいだけなのに」

「おにいちゃん・・・・・・」

「おかしいよ、兄さんは良くて僕だとなんで怖がるの? 僕は悪い奴らをやっつけただけだよ? だけど、兄さんは」



水の塊が膨張していく。

ぶるぶると生き物のように震えるそれに気付いて、大人達がじりじりと後退った。



「兄さんはママとおじいちゃんを殺したじゃないかっっっ!!!」



破裂したのはツヴァイの感情が先だったのか。

それとも、水の塊の方が先だったのか。


ぱん、と破裂した水が鉄砲玉のようにあちこちに穴を開ける。

苦鳴が方々で上がり、大人達が床の上で悶絶している。

その辺りでは赤黒い血溜まりが広がっていて、喉から引き攣れた悲鳴が漏れた。



「クラルジャーマ」



クルクが大きく腕を振るい、炎が怪我人を包む。

ぎょっとしたが、治癒魔法だったらしく炎が撫でていった部分の傷が凄まじい勢いで塞がっていった。



「お前達は下がれ。後は俺とナーデルのミルでどうにかする」



私は何も出来ませんが!?


ぎゅっぎゅっと裾を引っ張ってアピールするが、クルクは一瞥も寄越さない。

大人達はクルクの言葉に従って、此方を気にしながら部屋の外に出ようとするが、それを水の塊が追いかける。

追尾機能なのか、ツヴァイがそのように操作でもしているのか。


動き回る水の塊に向かって、クルクが指を一本差し向けた。



「フランメヴァント」



現れたのは炎の壁。

水とは相性が悪そうだが、クルクが生み出した炎に触れると水は消えてなくなっていく。

蒸発しているのか、何なのか。

少なくとも、逃げる人達がツヴァイの魔法の被害を受けずに済むのは確かなようだ。


それを受けて、ツヴァイは立ち上がってクルクに向かって両手を突き付ける。



「退けよ! 僕はミルと話があるんだ!」

「退かない。今のお前とナーデルのミルでは話が出来ない」

「お前の話なんて聞きたくない!」



室内に漂っていた水の塊がツヴァイの前に集まってくる。

そう時間をかけずに大きな一つの塊になった水が揺らめき、クルクはそちらに掌を向けた。

それだけで炎の輪がいくつも現れて、水の塊を覆っていく。


炎と水。

質量的に見ると水の塊に炎は消されてしまいそうだったが、実際は違った。

いくつかの炎の輪は消えてしまったが、その代わりに水の塊がぶくぶくと泡を立てた後に消えていく。



「な、なんで」



消えてしまった水の塊。

そして、未だ宙に浮かぶ炎の輪を前に呆然とするツヴァイに対し、クルクは



「未熟、中途半端。理由は様々あるが、お前はもっと人の話を聞け」



新たに集まり始めていた水の塊を炎で消してしまい、次が出て来るのを待つ。

そうして、次がないと分かると掌を腰に当てる。

炎の輪は役目を終えたようで、音もなく消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る