第24話

騒がしいわけではないが、賑やかなコミュニティでは現在至るところで人が行き交っている。

余所のコミュニティの人も出入りしているらしく、見覚えのない顔もちらほら。

いつも以上に人口密度が高い。


ツヴァイは私が大人達にもみくちゃにされないようにと、気を遣ってくれる。

お手伝いも人が足りていない時に入って、人手が増えると抜けられるようにと考えているようだ。

幼さに似つかわしくない利発さ、我が兄ながら優秀である。


お決まりというか、習慣というか。

ツヴァイと手を繋いで、コミュニティ内を歩き回る。

探せば仕事はいくらでもあるのだが



「そっち持って」

「通るぞー!!」

「手が空いてる奴、ちょっとこっちに来てくれ」



あっちこっちで運搬作業が頻繁に行われている。

全体の半分以上は此方に手を割かれているので、私とツヴァイは炊事洗濯掃除のいずれか。

なるべく人手が薄いところを選んで作業を振ってもらう。


ばたばたと動き回る人達を眺めて、ツヴァイは少し暗い顔をしていた。



「おにいちゃん、どうしたの?」

「ん? ああ、引っ越しなのかなーって思って」

「ひっこし?」



鸚鵡返ししてしまうと、ツヴァイは行き交う人達の邪魔にならないように端の方を歩きつつ



「多分、此処を出て行かなきゃいけない何かがあったのか。これから、何かがあるんだ」

「?」

「ミルは分からなくていいよ。何があっても、僕が守ってあげるからね」



心持ち強めに手を握られて、頷いておく。


何か、とは何だろう。

コミュニティは大所帯だ。

移動するとなると大事になるだろうし、現状が大事だろう。


移転先に心当たりがあるにしろ、ないにしろ。

大きな家具は運んで行くわけにもいかない。

あまりにも目立ち過ぎる。


移動するのも大勢がぞろぞろ歩いているのも駄目だろう。

恐らくは夜中など、人目が付かない時間帯に一気に全員が移動することになりそうだ。


これだけ目に付く形で準備をしているのだから、近日中に行われるのは予想が付く。

私やツヴァイは特別何を言われるでもないが、置いていかれるなんてことはないだろうか。

心配にもなるが、最悪の場合はツヴァイが所持する緊急事態の際にアインスを呼び出す道具を使ってもらうしかない。


何があっても良いように、二人分の着替えなどの荷物は鞄一つに収めている。

元々、余分なものがないコミュニティで最低限のものしか持ち込んでいない。

嵩張りはするが、殆ど衣類なので大きい鞄だがツヴァイと二人掛かりなら運べる。


馴染んできた生活をまた手放すのは何となく寂しい。

寂しいが、少なくとも此処で生活を続けられないという判断が下されたのなら、それに従う。

ただの居候なのだから、当然だ。


もしかしたら、コミュニティの人達ともお別れになるかもしれない。

面倒をみてもらい、色んなことを教わった。

少しでも感謝を伝えられるように、悔いを残さないように。

今まで以上に日々を大切に過ごそうと、そう思った。














クルクからコミュニティの拠点移動が告げられたのは、移動予定日の一日前だった。

常にまとめてある私達の荷物を確認しながら、当日の流れをざっと説明される。


既にいくらかの荷物は余所のコミュニティの協力で運び出されている。

あとは日常で必須の物と人間の移動だけ。

日が暮れて人通りが少なくなった頃合いで、足が遅いものから先にコミュニティを出る算段となっているらしい。


私とツヴァイは先頭集団が出たら、すぐに出る予定。

夜が遅いけれど、誰も彼もが荷物を抱えているので、自力で歩いていかなければならない。

移動中に居眠りなどしないよう、日中にたっぷりと眠っておくようにと言われて、こっくりと頷く。



「トイレとかも早めに済ませておいてねぇ? 途中で行きたくなっても知らないからぁ」

「分かってるよ・・・・・・ねえ、兄さんから連絡は無いの?」

「あのねぇ、あったらこんな話しないでしょぉ? 連絡自体ないからぁ、もう連れてくしかないんだよねぇ」



大袈裟なくらいに溜息を吐かれて、ツヴァイはむっとしたようだが口には出さない。

いくつかの質問と確認の後、クルクはへらっと笑いながら



「ぁ、僕と何人かは別行動だからぁ。何かあったらぁ、ばあ様達に話してねぇ」

「べつこうどう?」

「他に行く所があるんだよねぇ。君達には関係ないけどぉ」



これ以上踏み込むなというように釘を刺されると、聞けない。

オレンジの瞳をじっと見上げたら、視線を逸らされた。


別行動とは言うが、先に行っていてとか。後から追い付くとは言わない。

もしかすると、此処からは本当の別行動で、これでお別れだろうか。


クルクはツヴァイはまだしも、私のことは嫌いらしいし。

私も正直苦手ではあるのだけれど、お別れとなると寂しい気もする。

アインスとの連絡の件も全面的にクルクに丸投げしていたし、お世話になった。



「じゃぁ、僕はもう行くからぁ」



さらっと流れるさくらんぼ色の髪。

名残惜しさの欠片もなさそうなクルクに、私が出来るお返しはあるのだろうか。

考える間も無く、身体が動く。



「クルク」



名前を呼んだのは、初めてかもしれない。

振り返った彼に、髪につけていたシュシュ。

自分で作ったそれを彼に向かって差し出す。



「あげる」

「いらなぃ」



即答だ。

でも、これ以外に渡せそうなものがない。

いや、要らないものを無理に渡すのは良くないのだが、ちょっとばかり前から気になっていた。


クルクの髪は中途半端に長い。

たまに邪魔そうに肩から払っているのを見掛けることもあった。

私自身、少しずつ髪が伸びてきているのでまとめた方が作業がしやすい。

誰かしら髪を弄りたいという人がいれば任せるが、そうでない時は自作のシュシュでまとめているのだ。


貰った布がそんなに派手な色ではなかったので、色合いは落ち着いている。

普段使いのものなので、別に目立つものでもないだろう。



「かみ、まとめたほうがいいよ」



そう言って、改めて差し出す。

オレンジの瞳が不機嫌そうに細められた。



「うるさい子供だなぁ。こんなチャチなのを僕に使えってぇ?」

「うん」

「すぐに捨てるかもしれないけどぉ、いいわけぇ?」

「いいよ」

「・・・・・・はぁ。まぁ、いいけどぉ」



諦めたように手が伸ばされる。

シュシュを手にしたクルクは簡単に髪をまとめた。



「これでさよならかもしれないけどぉ、皆の足だけは引っ張らないでねぇ」

「うん」

「じゃぁ、ばいばぃ。ラクスのツヴァイとナーデルのミル」

「ばいばい、キルシェのクルク」



今は、さよならか。

でもきっと、物語が始まる頃には再会出来るのだろう。


手を振ると、少しだけ手を振り返してくれた。

さっと出て行ってしまったクルクを見送り、ツヴァイを振り返る。

ツヴァイはじとーっとクルクが出て行った方を見ていた。


名残惜しいのだろうか。

何だかんだでツヴァイはクルクによく構われていたとコミュニティの人達から聞いた覚えがある。

追い掛けなくて良いのかと尋ねたら、逆になんでだと返された。

いや、なんでと言われても。


返答に困って結局答えないままでいると、優しい我が兄は話題を変えてくれた。

同じタイミングでコミュニティを出る人達と話をしておこうということになって、移動する。


途中でクルクと一緒に別行動をするという少年や男性達に会った。

彼等は何処に行くのかは分からないが、とても重要な何かを果たそうとしているようだ。

使命感に満ちた表情を前に、ただ頑張ってと月並みの励ましと、さようならの挨拶しか出来なかった。


そんな中、しんみりとした雰囲気が苦手らしい少年達の内の一人が



「大きくなった時にまた会えたら、俺がミルをもらってやるよ」



と冗談を飛ばしてくれた。

一回りは年の差があり、それは別段珍しくない世界なのだが結婚適齢期が早い。

その頃には少年にも良い人が居るだろう、周りもそれを理解しているようだった。


これは乗っておくべきかな、せっかくだし。

そう思って、意識して笑顔を浮かべて



「まってる」



軽く返したら、ツヴァイに耳を塞がれた。

何だどうしたんだと顔を上げたら、冗談を飛ばした少年が真っ青な顔で首をぶんぶん横に振っている。

何だ何だ、どうしたどうした。


耳を塞ぐ掌を退けたら、冗談だとかなり必死に否定された。

分かっているんだけどなぁ、と頷いたらツヴァイは



「冗談でも言って良いことと悪いことがあるよね? ねえ、ミル?」



笑顔なのに目が笑っていなかった。

何が彼の癇に触れたのかは知らないが、あまり機嫌が良くないようだ。

もう一度、こっくりと頷いておく。


気まずい雰囲気になってしまったが、きちんとお別れは出来て良かった。

冗談を言った少年以外は皆、私の頭を撫でて「頑張れ」と言って去っていく。

乱れた髪を手櫛で梳かすのは、いつも私ではなくツヴァイだ。



「もらうだなんて。ミルはものじゃないのに」



ああ、そこが引っかかったのか。

なるほどなぁ、と納得して、そんなに気にしなくても冗談じゃないか。

という旨のことを言うと、もっと自分を大事にするようにと怒られた。

ごめんなさい、気を付けます。


ツヴァイから注意を受けた後、同じタイミングでコミュニティを出る人達と話をした。

当日は手を引くことも、荷物を代わりに持ってあげることも出来ない、と。

そのことを謝られ、励まされたが事前にクルクから聞いているし、自分の荷物ぐらい自分で持てるし、頑張ればそれなりに歩いて行ける。


私の足は遅いが引き離されるほどの速さで歩ける人達ではない。

足を悪くしていたり、重たい荷物を任されていたり。

何らかの理由がある人達ばかりなので、置いていかれることはなさそうだ。


小休止が何度か入るそうなので、なかなか厳しそうだ。

此処に来てからも建物の外には出たことがないが、室内のみを動き回っていた頃に比べて、階段移動などを日常的に行っている今の方が体力は幾分ついている。

万全の状態で挑めば、多分きっと恐らく大分不安はあるのだが、大丈夫だと信じたい。


最後の確認などを済ませて、迎えた翌日。

食事はそこそこにして、言われた通りにたっぷりと。

夜に眠れないというくらいに眠った。


夜に眠ってはいけないのだから、これでいい。

しっかり睡眠を取って、大人しく自分達の順番を待つ。

第一陣を見送って、後続の準備が整うと私達の番だ。


ツヴァイと一緒に鞄を持ち上げ、急いで。

でも、走らないように早足で移動する。


住み慣れたコミュニティの建物を離れて暫く。

そろそろ後続が出てくるだろうと周りが話し出した頃だった。


どん、どん。


重く響く音が数度鼓膜を震わせた。

暗闇が包む夜に似つかわしくない明るさ。

火の手が上がっている。


大きな声を出してはいけないのに、誰かが叫んだ。

それは誰かの名前だったかもしれないし、意味のない言葉だったかもしれない。

悲痛な叫びが向かう先には、炎で包まれた建物があった。



「コミュニティが」



燃えている建物の中には、まだ多くの人達が残っているはずだ。

それも、此処に居る人達の仲間。

もしくは家族が。


急げ、と周りを急き立てる人。

ぶるぶる震えて泣き崩れる人。


色んな人の中で、ツヴァイは先を急ごうと私を促して。

私の方はツヴァイの声や周りの反応や、燃え上がる炎に対してどう反応していいのかが分からなくなって。

ただ、たくさんの仲間の無事を祈るしか出来ない自分が、とても不甲斐なくて小さい存在なのだと再認識していた。

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