第23話

「調子はどうだね、アインス」



労わられれば、以前ならば舞い上がっただろう。

父に認められることだけが、全てだった。

この人の為だけに生きていた。


変わらずにはいられなかった俺は、変わらぬ態度で父に応える。



「問題ありません」

「そうかい。お前はどこに居ても最善を尽くしてくれる。こんなに優秀な子供が居て、私は誇らしいよ」

「ありがとうございます」



軽く頭を下げ、さりげなさを装って視線を外す。

良い子、出来た息子、優秀な跡取り。

その道を外れず、ただ心だけが離れていく。


父の周辺の危険を刈り取り続け、その分此方に向いた殺意や害意を受け止め、弟妹の顔は暫く見ていない。

元々、そう長い時間を共にしていたわけではないにしても、こうも会えないと寂しいものだ。

抱えていた仕事自体は早々に終えたのだが、厄介なことになって今は父の側に控えている。


デスクワーク、御用聞き。

いつも全体の2割程度の割合でこなしていた、安全な仕事を快適な社内でこなす日が一月以上続いた。

リスクが伴う仕事は暫くしなくて良いという父は、きっと優しげな眼差しで俺を見ている。


父は俺を目の届く範囲に釘付けにしていた。


きっかけが何だったかは問題ではない。

俺の行動を父が気にし始めた、それだけで問題なのだ。


今までは結果だけは気にしていた。

過程なんてさらっと見聞きして終わる。

だというのに、今回は俺の行動。結果など出ていないそれを気に掛けている。



「スクールを卒業してから随分と無茶をさせていたからね。お前も疲れているだろう?」

「お気遣い、痛み入ります。ですが、そのようなことはありません。常に万全の状態を保っています」

「そうかね? お前が言うならそうなのかもしれないけれど、案外不調というのは自分自身では気付き難いこともある」



例えば、とデスクの上に資料が広げられる。

並んだ数字を視線でなぞっていると、父は指先でこつこつと資料を叩き



「スクールを卒業する前後から、かなり出費を重ねているようじゃないか。まあ、自分で稼いだのだから好きに使う権利がある。何も悪いことなどありはしないが、こんなに派手に散財しなくては気が済まない程、ストレスを抱えているのではないかと心配でね」

「・・・・・・何かと、入用なものがありまして」

「仕事で必要になったものであれば、全て経費で落としなさい。領収書は切れないだろうね、いいよ。ざっくりとで構わないから、掛かった費用を言いなさい。補填しよう」

「いえ、結構です。報酬に全て含まれています」

「ふむ。でも、かなりの出費じゃないか。業者に処理を頼んでいるだけじゃなく、ダミーで借りた部屋の全壊が一度、数日前には隣家を巻き込む全焼だったかな?」



予想はしていたが、筒抜けだ。


仕事以外ではティオとフェム。家政婦を含む数人分の遺体の処理。

ティオ達の時は外で事をしでかした為に動いた額は少なくなかった。


借りた部屋については、ツヴァイの魔法でほぼ半壊していた部屋を俺が全壊させてしまったのが一度目。

二度目は先日、探られているのに気付いて部屋を燃やした。

一応、隣の部屋が不在の時を狙って火を放ち、いくらか送金する手筈になっているので、申し訳ないが許して欲しい。



「仕事が忙しかったのも分かるが、あまり此方に帰って来ないので心配していた。一人暮らしは大変だろうね、さっきの出費に比べれば可愛いものだけれど、家政婦を雇ったりしていたようだし」



言ってくれれば、此方で手配したのにと父は緩く首を傾ぐ。



「おや、気分を悪くしたかい? それなら申し訳ないことをしたね、謝ろう」

「・・・・・・父さんは、何を言いたいんですか?」

「うん? 何をって、単に私はお前を心配しているだけだよ、アインス」



心からそう思っている。

そのような様子で、腰掛けていた椅子から腰を浮かせ、俺の肩に触れる。

逃げられない、そう確信した。



「焼けた部屋には一人分ではない家具や生活用品があったらしいが」

「ダミーの部屋ですから。フェイクとして用意しました」

「ほお。では、全壊した部屋は?」

「敵対勢力との戦闘になりました」

「相手の装備は?」

「銃撃戦になりました。詳しくは報告書に目を通して頂ければ」

「銃撃戦! それはとても怖かったろう、怪我は無かったか?」

「はい」

「そうかそうか、それは良かった。銃撃戦があったにしては回収された弾丸の数がおかしかったようだが、どうだろうね。そもそも、回収された遺留品には銃らしきものも無かったと思うのだけれど」

「記載漏れでしょう。至急修正します」

「いや、急がなくても良いさ。それより、私は気になっているんだよ。全壊した部屋の映像を見てみたら、不思議な壊れ方をしているように思えてね」

「不思議、とは」



「まるで、魔法でも使ったかのような妙な壊れっぷりだったと思わないか?」

「思いません」



「おや、私の勘違いだろうか? いけないね、年を取ったせいか思い込みが激しくなったのかもしれない」

「そのようなことはないかと」

「そうかい? お前は優しい子だね、アインス。居なくなったティオを熱心に探していたそうだし、とても他人思いだ。ティオは元気にしていたかな? あの子は思い詰める性質だったからね、誰かが手助けしてやらなくてはいけない。アインスもそう思うだろう?」



呼吸が乱れる。

脳裏に蘇る、自分へ向けられた憎悪。

歪んでしまったティオの表情を思い返して、指先から熱が失われていく。



「彼女が此処を出てから結構な時間が経つ。不自由はしていなかったかい?」

「それは、俺には」

「会えなかったのかい?」

「・・・・・・はい」

「そうなのか。では、分かるはずもない。すまないね、分かっているものと思っていたものだから。何せ、業者から聞いたんだよ。深紫の髪の女性が一人居たとね」

「っ!」

「珍しい色だ。エルバも言っていたよ、あんなに濃い色はグランツヘクセでも珍しいそうだ。此方では猶更だろう・・・・・・アインス」



心臓が早鐘を打つ。

肩に食い込む指、笑顔の圧力。

逃げ出したいと全身が叫んでいた。



「私に紹介したい人が居るんじゃないかい?」



話せば、楽になれるだろう。

もしかしたら、ただの確認かもしれない。

既に父は何もかもを知っている可能性は高い。


肯定するのが正解か。

否定するのが正解か。

間違えれば、どうなるか。


背中がじっとりと濡れている。

震えそうになるのを歯を食い縛って耐え、俺を待っているだろうミルとツヴァイの顔を思い出す。


俺は二人から多くのものを奪った上、多くのものを与えられた。

ツヴァイは迎えに来てと言っていた。

ミルは俺を家族だと、兄だと言ってくれた。


守らなければ。

今度こそ、必ず。



「・・・・・・ぇ」

「うん? なんだって?」

「いいえ、父さん。父さんに紹介出来るような人間は居りません」

「なるほど」



肩から指が離れ、圧力が緩まる。

ぎし、と軋む音、父はまた椅子に腰掛けていた。



「私は心配しているだけだよ。可愛い、大切な私の子供をね」

「はい」

「一人では何かと大変だ。だが、私に任せてくれれば、皆を幸せにすると約束しよう」

「今でも、父さんは皆を幸せにしています」

「そう思っていてくれるのか、嬉しいよ」



弾んだ声に、気を緩めた。

馬鹿な俺は顔を上げて、父の視線をまともに受け止めた。



「アインス」



優しい笑顔、甘い声。

暗がりに沈んだ瞳の色と、足元から這い上がる気配。



「アインス、お前は優しい子になりなさい。私に嘘は吐かない、私を裏切らない、私の為に生きなさい」

「はい・・・・・・父さん」

「お前に任せたい仕事が出来たよ。あとでお前のデスクに届けるよう、誰かに頼んでおくから食事を摂ってくると良い」

「ありがとうございます。では、失礼します」


「ああ、そうだ」

「はい」


「お前が手伝ってくれるようになって、仕事が捗っていてね。この調子なら、家に帰ってゆっくりできそうだ」

「お役に立てたなら何よりです」

「で、だ。今まで多忙が過ぎて、お前と一緒に居る時間が作れなかった。母親も居ないのに寂しい思いをさせてしまっただろう。その穴埋めというわけではないんだが」



やめて欲しい。

どうか、その先を言わないでくれ。



「これからは、家で一緒に過ごそうじゃないか」



逃げ場が無くなった。

目が眩み、足元が覚束ない。

それでも、俺は笑い返せたと信じたい。

そうでなければ、これから先戦えるはずもないのだから。

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