第20話

すっかり今の生活に馴染んでしまってから、ふとした時に考える。

アインスはいつになったら迎えに来るのだろう、と。


まさか、忘れているなんてことはないだろうが。

いくら長引いているにしたって、長過ぎやしないだろうか。

何日か経ち、何週か経ち、既に一月以上コミュニティでお世話になっている。


コミュニティの人達とも随分と仲良くなったし、クルクには相変わらず避けられているし。

家の中に篭っていた頃よりは体力もついて、縫い物に関しては勘を取り戻しつつある。

以前貰った端切れは自分用のシュシュと、ツヴァイとアインス用に布製の栞にした。

ツヴァイは喜んで受け取ってくれたが、汚れるといけないからと使ってくれてはいない。

普段貰ってばかりの私が、初めて渡す事の出来る贈り物なので早くアインスにも渡したい。


仕事が忙しいのだろうか。

忙しいのだろう。

自問自答しつつ、針を動かす。


取れてしまったボタンを付けたり、破れた服のへりを縫って繕ったり。

慣れてきたのもあって、縫い物では任される仕事が少しずつ増えている。

当て布を使わなければいけない時は、年嵩の女性達がこの布を使うようにと渡してくれた物を使う。

糸は色の系統さえ合えば良いという雰囲気なので、あまり悩まない。

時折、盛大に服を破いてきた少年達が「ばあちゃん達には内緒にしてくれ」と私に繕って欲しいと頼んでくる時もあり、なかなか繁盛している。


内緒で繕ってあげる対価として、クルクの代わりに勉強を教えてもらいたかったのだが、彼らはスクールに行ったことがないらしい。

コミュニティ内のことやある程度の一般常識。

グランツヘクセの歴史の触り程度なら知っていたのだが、本人達も曖昧というかあやふやというか。

しっかり理解しているというより、やんわり分かっているというかんじであって、誰かに教えられる程ではないようだった。

これなら、お世話になっている女性達に聞けば教えてくれそう、という域を出ない。


魔法に関しては、コミュニティ内では家族もしくはクルクに丸投げ。

各自の適正にもよるし、自分の適性外の魔法については教えたくても教えられないとのこと。

適性の分からない私は論外だろうし、そもそも勉強については私には早すぎる。

きっと、聞いている内に飽きてしまうだろうと考えられているようで、誰も本気で取り合ってはくれない。

せいぜい、簡単な昔話風に歴史などを教えてくれるくらいだ。


ツヴァイは何だかんだと男性達に教え込まれている風なのだけれど。

私とツヴァイはたったの三歳しか年が違わないのに、酷くないだろうか。

いやまあ、この頃の三歳は大きな差なのだけれども。

どうにも納得がいかないが、理解はしている。

私は元は大人だ、納得する努力をしよう。


ツヴァイは物語の進行次第。ルートによっては魔法が使える、使えないに分かれる。

母と祖父が魔法が使えるのだから、力はあるし適正も決まっているのだ。

どの段階で使えるようになるのかは知らないが、こうしてコミュニティで積んだ経験が後々に影響をするのだろう。


話を戻そう。

いつになったらアインスの仕事は終わるのか。


ツヴァイに聞いても明確な答えは返ってこない。

他の大人達はアインスの名前すら知らなかったりする。

一番事情に通じていそうなクルクは姿を見掛けない。

果たして、無事でいるのだろうか。


お腹を空かせていないか。

怪我などしていないか。

死亡フラグを立てていやしないか。


アインスとツヴァイの二人のゲーム上の死亡率は、比較するとアインスの方が高い。

ツヴァイが7割の確率であるなら、アインスは8~9割の確率で死亡する。

子供二人を抱えている上に、危険な仕事をしているのでそうなるのだろうけれども。

各ルートで死亡フラグを乱立させてしまうタイプなので、より心配である。


物語開始以前とはいえ、何が起こるか。

何が出来るわけでなくとも、心づもりだけはしておきたい。

あわよくば、他にも色々と聞きたい。


ということで、空いた時間はクルクを探す。

これが近頃の日課である。


コミュニティの建物は部屋数が多いが、移動できる箇所は限られている。

昇降機などはないので、階の移動の基本は階段。

内階段か、外階段を使わないことには移動が出来ない。

年少組、年若い者ほど上の階を使うことになり、生活上必須な家事を行うのは一階。

年嵩の人達は下層か。余程苦労している人に関しては数少ない一階の個室を使っている。


屋上は完全に閉鎖されていて入ることも出来ない。

各階、家族単位で暮らす人達は大きめの部屋を。

家族が居ない、もしくは少人数であれば個室を一人、ないし2~3人程度で使う。

クルクは最上階の個室を与えられているそうなのだが、最上階まで行くのが実に辛い。


背が低く、その分足も短いので階段を上がるのも下りるのも大変。

体力が多少ついたといっても、階段を何階分も上り下り出来るほどのものではない。

コミュニティの建物で与えられた個室も比較的下層に当たり、あまり上の階には行かない。


力尽きてしまう。

力尽きてしまうと、誰かしらが私を抱き上げるなり担ぎ上げるなりして運ばなければならないので、手間をかけてしまう。

これは迷惑だろう。


加えて、私が行動するとほぼツヴァイはついて来る。

どこに行きたいのか、何がしたいのかと聞かれて、毎度上手い返答を思いつかないので困る。

クルクのところに行きたいと正直に言うと、分かりやすく嫌そうな顔をされるし。

何かしらの理由を付けて、上の階に行かないように足止めまでされるのだ。


それ故に、私がクルクを探しに行ける範囲が狭い。

クルクもそれを承知しているようで、必要な時以外は上の階から下りてきていない。

どんな方法を使っているのかは知らないが、一番遭遇しやすいだろう食事の時間帯であっても、私が席に着く前に済ませるか。

もしくは、私が席を立った後に食事を取りに来ているという徹底ぶり。


どれだけ嫌なんだ。

私は何かしたのか。

全く覚えがないぞ。


待ち伏せも考えたのだけれど、ローテーションで食事を取るようになっているので、食事をするでもなくじっとしているのは邪魔になるだけだし。

いつまでも食べないでいると片付かなくて、それはそれで迷惑になってしまう。

ただでさえ私は食べるのが遅いので、尚の事だろう。


今日もまた、無理だろうなぁと思いつつ行ける範囲を「散歩」と称して捜索する。

一階を隅々まで歩いて、一つ一つの部屋を確認。

あそこは駄目、ここは良いとツヴァイから注意を受けながら、いくつかの部屋の扉を開けた。

どこにもクルクの姿は見当たらない。


やっぱりな、と半ば諦めていたので失望感はそう酷いものではない。

連れ回す形になっているツヴァイのことも考えて、今回はこの辺りで引き揚げよう。

そう決めて踵を返したところで、声が聞こえた。



「ねぇ、いつになったら帰ってくるのぉ?」



間違いようもないクルクの声を頼りに歩く。

声のする方に向かって行くと、ツヴァイが子供は入ったらダメ、と言っていた部屋に行き当たった。



「元気は元気だけどさぁ。いつまでも置いておかれても困るよぉ。ばあ様達とかすっかり愛着湧いてるみたいだしぃ」



通話でもしているのだろうか。

一人分の声に、ツヴァイと顔を見合わせる。



「にいさん?」

「そうかも」

「・・・・・・」

「兄さん、無事なのかな」



ぽそぽそとかなり小声で話していたのだが



「ほらぁ、君の弟妹も心配してるよぉ」



ばーん、と勢いを付けて扉が内側から開き、二人揃ってびくっとその場で飛び上がりかけた。

通話機らしき物を耳に押し当てていたクルクは、へらっと笑ってはいたが不機嫌そうに見える。



「君達からもお兄ちゃんに言いなよぉ。早く迎えに来てってさぁ」



ぽいっと通話機を投げて寄越され、それをツヴァイが慌てて受け取る。

戸惑うような聞き覚えのある声が聞こえて、もう一度二人で顔を見合わせた。



「兄さん」「にいさん」

「ツヴァイとミルか?」

「うん、そうだよ。兄さん、無事なの? 元気にしてる?」

「ああ、俺の方は問題ない。そっちはどうしている?」

「ちゃんと大人の言う事を聞いてるよ。ミルもずっと良い子にしてる」

「そうか。何か困っている事はないか?」

「兄さんが迎えに来なくて困ってるね」

「ははは・・・・・・はぁ、そうだよな。すまない」



空笑いからの溜息に、ツヴァイの眉がハの字になる。



「まだ、迎えに来れないの?」

「・・・・・・あと少し辛抱してくれ」

「少しって、どれぐらい?」

「・・・・・・・・・・・・一月と少し、くらいか」

「全然少しじゃなくない?!」

「何でそんなにかかるのさぁっ」



ツヴァイの眉尻が跳ね上がり、少し離れた場所に居たクルクも近くに寄って来て同調する。

やんややんやとアインスを責め立てる二人と、ひたすら謝罪しているアインス。

疲れているだろうに、可哀想な兄である。


同情もするが、無事なようで良かったとも思う。



「お前達の言い分も分かるが、今の状態で迎えに行くと二人だけでなくクルク達にも危険が及ぶ可能性が」

「どんだけ危ない橋渡ってるのさぁ! そういうのは下々の者に任せる立場でしょぉ??」

「リターンが高かった。その分のリスクを今、負っているところだ」

「もぉ! 妹がこんなに泣いてるのに薄情な兄貴だなぁっ」

「は? ミル、泣いているのか?」



泣いていませんが。

適当なことを言っているクルクをじっと見つめると、口パクで「泣け」と言ってくる。

無茶ぶりにも程がある。



「ミル? どうした、本当に泣いているのか? ツヴァイ、どうなんだ?」

「号泣だよ」

「号泣なのか!?」



号泣などしていませんし、涙の一粒すらでてきませんが。

クルクの言に乗ったツヴァイに目を向けると、顔を背けられた。

無茶ぶりである。


何度となく私の名前をアインスが呼ぶので、返事をしないのも悪い。

仕方なく通話機に向かって返事をした。



「えぇん」



自分で言うのも何だが、棒読みだった。













「あのさぁ、あれってどうなのぉ?」



既に通信の途切れた通話機を片手に、クルクはにこにこと不機嫌そうだ。

ツヴァイは私を背中に庇うようにしつつ



「いきなり言われたって、ミルも困るよ。仕方ないだろ」

「もうちょっと必死になれないかって話だからぁ。何なのぉ、君達家に帰りたくないわけぇ?」



帰りたいのは帰りたい。

でも、此処でもう暫く過ごすのも良いかもしれない。

そう思っている私は何とも言えなかった。


私の棒読みな泣き真似の後の数秒間の沈黙。

永遠に続くかと思われた時間は、銃声で途切れた。

私の泣き真似に劣らぬ下手な誤魔化しでアインスが通話を打ち切り、話は半端に切り上げられてしまっている。



「やっとの思いで連絡を漕ぎ着けたっていうのにさぁ、とんだ骨折り損の草臥れ儲けじゃーん」

「そういうこと言われても、それは僕等のせいじゃない」

「違うよぉ? でもぉ、普通家族の安否が分かってないのにぃ、自分達だけのうのうと暮らしてて悪いなーって思わないわけぇ?」

「それは・・・・・・」

「あとさぁ、君等が居ると何かと面倒なんだよねぇ。まぁ? 金は受け取ってるから面倒見るけどぉ? これはちょっと長すぎるって思うでしょぉ」

「・・・・・・」

「もっと必死でアインスを説得してくれてたらなぁ。次はいつ連絡取れるかも分からないのにぃ」



クルクは笑顔のまま、ツヴァイ越しに私を確かに睨んでいた。



「アインスは可哀想だよねぇ。弟はまだしもぉ、妹は大丈夫ぅ? の一言もないんだからぁ」



そういえば、そうだ。

二人が話しているから割って入るのも悪いと控えていて、私からは一言も気遣う言葉を掛けられなかった。



「君達やっぱり家族じゃないんじゃなぃ? だからそんなに薄情なんだぁ。アインスは君達を家族と思って守ってるのにぃ」

「そんなことっ」

「ないならなんでぇ? なんで今までアインスに連絡取ろうと努力しなかったのぉ?」



どうすれば出来るのかを知らなかった。

年齢や立場を考えて、自分自身では出来ないものと考えて。

だから、クルクが何かを知っていないかと思ったのだが、それは間違いだったのだろうか。


ぼろっと、何か熱いものが瞳から零れた。

ツヴァイがぎょっとした顔で私を見つめ、クルクは完全に笑顔を消した。



「泣けるならぁ、あの時に泣けば良かったんだよぉ。なのにぃ、なんで今になって泣くのぉ? 何の役にも立たないのにぃ」

「クルク! ミルはまだ小さいんだ! なのに、そんな言い方しなくたっていいじゃないか!」

「そうやってぇ、ツヴァイが甘やかすからそいつは駄目になるんだろぉ」

「っクルク!!」

「はぁいはいはーぃ。いくらでも自分を正当化して僕を悪者扱いすればいいよぉ」

「そうじゃないだろ! 悪いっていうなら、ちゃんと兄さんと話が出来なかった僕が悪いんだ。ミルは何も悪くな」

「悪いでしょぉ?」



オレンジの瞳がぎらぎらと光る。

涙の膜で歪む視界に、それは揺れながら私を威嚇しているように見えた。



「僕ぅ、君みたいな役立たずが一番嫌ぃ」



役立たず。

自覚はあった。

分かっている。


一つずつ出来ることが増えて、周りから褒められて。

少しは脱却出来たのだと勘違いしていたけれど。


そうだ、それが今の私だ。


小さくて、誰かの手を借りないと生きていけなくて。

感謝していても、それをきちんと言葉にすることもなかなか出来なくて。

恩を受けるばかりで返せなくて。


皆、優しいから本当のことは言わずにいてくれただけ。

小さいから、幼いからと柔らかく温かい言葉ばかりを選んで与えてくれた。

それに甘えていた。


抱き締めてくれる腕の中で、小さく鼻を鳴らす。

このままじゃいけないのに、また甘えてしまう自分が嫌になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る