第19話

はぐらかされて、約束をしてもらえなかった。

情報は大変重要だし、私は本来ならゲームをプレイした記憶で有利に事を運べるはずだった。


が、私は記憶が曖昧だ。

穴開きだらけで、何度も見掛ける=ゲーム上、物語の進行上かなり重要な話はスキップを多用。

大体話を把握していて、選択肢さえ間違えなければ攻略は出来た。

それに、プレイ中ならセーブデータからやり直すか。

ログさえ辿ればいくらでも前後の会話や進行具合。選択肢に何を選んだのかも確認出来たし。


ゲームだからこそ、何度もリプレイが可能だった。

そのリプレイ可能だったゲームの世界で、私は生を授かった。

リアルになったゲームの世界は、リプレイが出来ない。

戻れないし、修正も利くところと利かないところが出るだろう。


幸い、この身体は幼い。

幼さ故に不便も多くあるが、知識の吸収に関しては前世の晩年。

年老いて覚えることより忘れていくことの方が多かった頃とは、全く違う。

今の内に仕入れられる情報は仕入れておけば、後々何かと助かるに決まっている。


知らなければ損をすることが、世の中では数多ある。

クルクはゲームの設定では情報通。

少年時代である今はどうかは分からないが、少なくとも常識面や国の現状については把握していそうだ。


故に、私はクルクに色々と教えて欲しいのだが、クルクが捕まらない。

ツヴァイもクルクに何かを教わるというのを渋っている節があり、どうにもこうにも手詰まりで。



「ミルちゃんの髪は綺麗ね。普段は誰にやってもらってるの?」

「おにいちゃん」

「そう。ツヴァイくんは女の子の扱いってものを分かっているから、将来モテるわよー」



空いた時間の手遊び感覚で、女性達が私の髪を弄る。

好きにさせてあげつつ、整った顔のツヴァイが将来相当なイケメンになることを知っている私は、こっくりと頷く。

モテている描写こそなかったが、ツヴァイはモテる。アインスもモテる。

我が兄達はどちらもモテる。


もう一度頷いたら、女性達はくすくすと笑い合った。



「お兄ちゃん、恰好良いもんね?」

「うん」

「まあまあ。ミルちゃんはお兄ちゃんが好きなのねえ」

「うん。にいさんもすき」

「あら? お兄さん? ツヴァイくん以外にもお兄さんがいるの?」

「うん」


「キルシェのクルクが前に言ってたわ。スクールの先輩なんですって」

「スクールの先輩? まさか、シュテルン人なの?」

「シュテルンとグランヘクセの子供なのよ、きっと。両親は何をしているのかしら」

「それが、もう亡くなっているそうよ」

「まあ! 可哀想に・・・・・・こんなに小さい子供がいたのだから、さぞ心残りでしょう」

「それより、両親が居ないってことはお兄さんが一人でミルちゃんとツヴァイくんの面倒をみてるんじゃ」

「スクールの先輩ってことは、キルシェのクルクとそう年は変わらないんでしょう? そんなに若い内から、二人の子供の面倒をみるなんて大変ねえ」

「立派な子じゃない! 何なら、その子も此方で暮らせば良いのに!!」

「事情はそれぞれあるもの。ご両親はお気の毒ね。子供が苦労しているのは聞くだけでも辛いわ」

「苦労と言えば、聞いた? ジャーマのカリマが出先でシュテルン人に」



どこの世界でも女性のお喋りの話題は尽きないようだ。

ぺらぺらと話に夢中になっていく女性達は、すっかり私の存在を忘れているらしい。

何か有益な情報があるかも、と耳を傾けてみるが、ほぼ身内の苦労話。

聞き覚えのない名称が多いし、ぴんと来るものがないので役に立つような情報は無さそうだ。


それでも、下手に抜け出していくのも、話を中断させるのも忍びない。

黙ってじっとしていたら、ツヴァイが迎えに来てくれた。



「あら、ツヴァイくん。どうかしたの?」

「おばあちゃん達がミルに針仕事を覚えさせたいんだって。どうするか、聞きに来たんだ」

「へえ。ミルちゃん、小さいのに針が使えるの?」

「結構上手いらしいよ。僕はよく分からないけど、ミルはきっと手先が器用なんじゃないかな」

「裁縫上手は美人の条件だからね。ミルちゃん、こんなに可愛いんだもの。引く手数多で選ぶのに困るでしょうね~」

「そうそう! ミルちゃんね、ツヴァイくんのこと、恰好良いって言ってたわよぉ?」

「ね! お兄ちゃん大好きって言ってたわ」



言ってはいない。同意しただけです。

とは言い辛いので、話が終わるのを待つ。

ツヴァイは瞳をきらきらとさせて、私を見た。



「ミル、僕、恰好良い?」



期待いっぱいの質問に、こっくりと頷く。

蕩けるような笑顔の魅力が増したようで、部屋の明度が上がった気がする。

女性達も目を真ん丸としてツヴァイを見つめ、ほぅっと息を吐いていた。



「ミルにそう言ってもらえると嬉しいな。そういえば、ミル。その髪、おばさん達にやってもらったの?」

「うん」



どうなっているか、自分では分かっていない。

編み込んだり、解いて梳いて、また編んだりしていたように思うのだけれど。



「いつも可愛いけど、そういう髪も似合ってる。可愛いよ、ミル」



今日も褒め上手な兄に手を引かれ、言葉を失っている女性達にばいばいと手を振ってから針仕事を教えてくれる人達の元に向かう。

その間、ツヴァイは大変機嫌が良かった。

機嫌が良いのは良いことだ。


私もツヴァイを褒めよう、頻繁には無理だろうけれど。

頑張りたいものだ。













日頃、洗濯や掃除を手伝っていて、実感する。

年を取って、しゃがんだり座ってから立ち上がるだとか。背伸びをするだとか。

動作の一つで立ち眩みがしたり、よろけて転んだりしていて何かと億劫に思えた時期もあった。

だが、出来なくなってみると出来ていた日頃の家事が懐かしい。


あれをしなきゃ、これをしなきゃと思っても、自分では出来なくて。

誰かにやってもらう申し訳なさと、自分でやるのとはちょっと違うともやっとしたりだとか。

今は満足に出来ているわけでもないけれど、それでも自分のことは自分で出来るようになっていくのは嬉しい。

生きている、生活しているという実感が湧く。


そして、前世の私より少し若いくらいの女性達。

ツヴァイからしたらおばあちゃんという年頃の女性達と一緒に縫い物をするのは楽しい。

小さな手でも針は持てる。他の物よりは比較的思う通りに動かせる。

本領発揮とまではいかないが、前世の経験を活かせる数少ないこと。


使い古された、もう切られない服を女性達が適当な大きさに裁断する。

裁断されたそれをちくちく、黙々と縫う。



「とっても上手ねぇ、ミルちゃん」

「うん」

「おばあちゃん達より余程上手。今度はもう少し難しいのをお願い出来そうね」

「やりたい」

「お手伝いに熱心で、良い子だわ。ミルちゃんが居ると、おばあちゃん凄く助かるのよ」



お世辞もあるかもしれないが、悪い気もしない。

目が見え辛いという覚えがあり過ぎる台詞を聞いて、女性達の針に糸を通してあげるのは私の役割。

糸の処理や針の扱いの管理は女性達がしてくれるので、私はおしまいと言われるまで縫い物をしている。


最初の頃は「僕が見ている間だけ」と言っていたツヴァイだが、最近では私の隣で本を開くことが多い。

私がちゃんと女性達の言うことを聞いているので任せる気になったのと、単純に見ているだけなのは退屈なようだ。

一応、自分もやると針を持っていたこともあったし、下手ではなかった。

でも、私よりも上手く出来ないのは兄の沽券というものに関わるらしい。

競うよりも私を褒めて伸ばす方向にシフトしたようで、その後はツヴァイは針を手にしていない。


せっせと雑巾を量産していると、あっという間に時間が過ぎていく。

食事の時間が来たと女性達が糸や布の片付け、ツヴァイは私と炊事場のお手伝い。

作業分担する際に、女性の内の一人が私に手招きをした。



「なに?」

「ミルちゃんはとても良い子だから、これをあげるわ」

「ぬの?」

「ええ。糸も余っているのを使っていいから、今度は自分の物を何か作るといいわ」



端切れが数枚。

縫い合わせれば、それなりの大きさになりそうだが。



「いいの?」



コミュニティは裕福ではない。

はっきりといえば貧しい。

何でも手作りして、どんなものでも大事に使わないと新しい物を買う余裕がない。

リメイクは当たり前だし、出来る限り修繕を繰り返す。


そんな中で、端切れとはいえ余分なものはないはず。

糸だってそうだ。

消費する量を考えれば、少しでも無駄は省きたいはずなのに。



「いいのよ。おばあちゃん達はこんな物しかあげられないけれど、良かったらどうぞ」

「・・・・・・ありがとう。だいじにつかう」

「どういたしまして。さ、いってらっしゃい」

「うん」



これは先に私室に持って行った方が良いだろう。

ツヴァイに声を掛けて、端切れを服を入れている旅行鞄の中に丁寧に仕舞う。

これで何を作ろうか。

あまり糸を使わない物で、何か。

考えながら、手伝いを済ませて食事を取る。


手伝い中に自分の物を作るのも気が引ける。

出来る事なら、裁縫道具を借りて、自由時間に自室で縫い物がしたい。

だが、それはツヴァイや大人達が許してくれるだろうか。


楽しくなってきたけれど、情報収集もどうしよう。

ちっとも進展がないし、それこそ大人達が話しているところに布と糸と針を持て行って、話を聞きながら縫い物をした方が良いか。

でも、縫い物をするなら集中してやらないと危ないし、失敗して布や糸が駄目になるのは勿体ない。

うんうんと考えながら、スプーンを口に運ぶ。



「ミル、何か悩み事?」

「う? ううん」

「だったら、ちゃんとご飯を食べよう? あったかい内に食べちゃわないと」

「うん」



いけないいけない。

せっかくの温かい食事が冷めてしまう。

ただでさえ、食べるのが遅いのだから食事に集中しないと。

慌てて食べるのに集中すると、ツヴァイは既に食事を終えていたらしい。

食器を下げて、お茶の入ったカップを両手で持ちながら、私を見守っていた。



「急がなくていいからね。ちゃんと噛んで食べよう」



こっくりと頷く。

肉はあまり出てこないが、今日は久々に肉が皿に載っている。

とはいえ、大変固い肉だ。

味は悪くないのだけど、子供の顎では厳しい。

ちまちまと食べていたら、周りに人が集まっていた。



「腹いっぱいなのか?」

「俺が手伝ってやろうか」



野菜の時はこうはならなかったのだが、肉は人気なようだ。

食べ盛りの少年達に囲まれ、どうしたものかと首を傾ぐ。

食べるのに苦労しそうだし、お腹はそれなりに満ちている。

これでお茶の一杯も貰えれば私は十分なのだし、あげてしまっても良い。


ツヴァイの方を見ると、周りの少年達を追い払うような仕草をしつつ



「もう! せっかくミルが食べる気になってたのに、皆が声を掛けるから気が散っちゃってるじゃないか!」

「別にいいじゃん。食べる気ないなら、仕方ないよな」

「なー。ツヴァイは怖いな、ミル。残したいなら残していいんだぞ」



かなり不機嫌そうなツヴァイに対し、少年達は毛ほども気にならないらしい。

体格的にも年齢的にも、ツヴァイの方がうんと小さいのだから仕方がないのだが。


子供がお腹を減らしているのは良くない。

しかし、食料は平等に配分されているのでおかわりなんてない。

持て余すくらいなら、あげてしまいたいところではあるが、誰か一人にあげると不平等だ。

そう思って、スプーンで肉を一欠けら掬って、近くにいた少年に向かって差し出す。



「あーん」

「あ? あーん」



意図を察して、口を開く少年の口に肉を放り込む。

そうして、残っている肉を同じように他の少年の口に放り込んで、皿は空になった。

が、ツヴァイは完全にむくれた。なんでだ。


そこそこ満足したらしい少年達は、むくれたツヴァイと首を傾ぐ私に



「ミルは大変だな。今からこんなだったら、彼氏作る時こいつぜってーうるさいぞ」

「だよなー。ツヴァイに邪魔されそうになったら言えよ。俺達が味方してやるからさ」

「そーそー」



揶揄う響きの声音に、よく分からないままに頷く。

そうしたら、少年達は雑に私の頭を撫でて去っていった。

彼氏も何も、そんなの随分先だろうし。

それより先に大団円を目指さないと、ツヴァイだけでなくアインスの命も危ないのだが。



「ミル。男にあーんとか、気軽にしたら駄目なんだよ」

「だめ?」

「駄目。ミルは優しいけど、勘違いする奴だって出るかもしれないんだから」

「かんちがい」



幼子相手に勘違いも何もない。

言い返すとややこしくなりそうなので、黙って頷く。

ツヴァイは手元のお茶を一気に飲み干すと、くちゃくちゃになった私の髪から結い紐を取り除き、手櫛で髪を整えてくれた。



「食べ切れないなら、僕が食べてあげるから」

「うん」

「あーんするなら、僕だけにしてね」

「にいさんは?」

「兄さんにもしなくていいよ」



いいのか。

理屈は分からないが、一先ずこっくりと神妙に頷いておいた。

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