第18話

ツヴァイが少しでも肩の荷を下ろせる環境を。

頼ることが出来る相手が多い現在は、かなり良い機会かもしれない。


年上であっても少年であり、義兄でもあるアインスただ一人。

それが今までの私達の保護者で拠り所だった。


頼る先が一つであるよりも多ければ多い程、頼る側にとっても頼られる側にとっても良い。

大人が多いコミュニティでは、一時的なものであってもツヴァイが誰かに頼る切っ掛けを作れるだろう。


そう思い、ツヴァイの手を引き、前世の私よりも若いおばあさんやおじいさん。

私の子供達くらいの男女や、孫くらいの子供達に引き合わせていたのだが。



「よお、ツヴァイ。なんだよ、今日はそいつも一緒に遊ぶのか?」

「違うよ。ちょっと散歩したがってたから」

「へー、そっか。じゃあ、また後でな」

「時間があればね」


「ツヴァイ、今日はどうだ?」

「後でね、おじいさん。今は散歩中なんだ」

「そりゃ悪かったな。ミルちゃん、今度良かったらミルちゃんもおいで」

「おじいさん、ミルには早いよ。じゃあね」


「ミルちゃん、ツヴァイくん。どうしたの?」

「ミルが散歩したいんだって」

「そうかい。外には出ないようにね? ああ、そうだ。ミルちゃんがお昼寝したらお手伝いをお願いしたいんだけど」

「いいよ。じゃあ、後で顔を出しに来るから」



私が何かしなくても人間関係が構築されている?

ボディタッチさえなければ、それなりの親しい雰囲気で受け答えしていて、呆気に取られた。

ツヴァイは我が兄ながら出来た子である。

心配するまでもなかったのか。


散歩といって連れ出したのだが、目的は別だったので行先は特にない。

頼りになりそうな相手や、私も普段あまり接触しないタイプの子供達の元に連れて行ったが、既に仲が良さそうだ。

繋いだままの手をぶらぶらとしながら、当所なく歩いているとツヴァイは



「ミル、落ち着かないの?」

「うん?」



心配そうに顔を覗き込まれて、首を傾ぐ。



「ちょっといつもと違うから。何かあった?」

「ううん」

「そう? だったら良いんだけど」



今度はツヴァイの方が手をぶらぶらとする。

擦れ違う人に挨拶をしたり、ちょっとした話をしながら、たまにツヴァイの顔を盗み見た。

少し疲れたような顔。まだ小さいのに、気遣いばかりしているのだろう。


もっとこう、子供らしく我儘を言ったり。

同世代の子供達と騒ぐぐらいはしても良いと思うのだけれど。

ツヴァイはそういうタイプではないから、息抜きが難しいのかもしれない。


私に何がしてあげられるだろうか。

私の前だと兄らしく、を余計に意識している気がする。

さっきだって、私が居なければ他の人達と交流を深められたのでは。


これは、私が下手に何かをするよりも、ツヴァイに一人で居られる時間を作ってあげる方が良い?

となると、ツヴァイが私から離れているのは恐らく昼寝の間くらいだろうか。

あまりたくさん眠ると夜に眠れなくなって困るのだが、そこは適当に寝たふりをするとか。

何なら、ツヴァイが居ない内にクルクのお下がりの教科書を見てみるのも良いだろう。



「おにいちゃん」

「どうかした、ミル?」

「ねむい」

「え? そう? 眠い顔してないけど」



そんな見分けが付くのだろうか。

繋いでいた手が離れて、頬を掌で包み込まれる。



「やっぱり、ミル。ちょっと今日は変だよ? 具合が悪いんじゃない?」

「わるくない」

「うーん。でも、一応、おばさん達にみてもらおう?」



悪くなかったらそのままお昼寝すればいいと言われて、困った。

別に具合は悪くない。でも、眠いわけでもない。

何とか誤魔化そうとするが、背中を押されて前に進む。

炊事場まで行って、そこのまとめ役的な女性にツヴァイが声を掛けた。



「おばさん、今は忙しい?」

「大丈夫だよ。どうしたんだい、ツヴァイくん」

「ミルがちょっと変なんだ」

「変って?」

「何だか落ち着かないみたいで。眠くなさそうなのに眠いって言いだしたりして」

「ふぅん。ミルちゃん、ちょっとおいで」



手招きされて、気は進まないが女性の前に立つ。

額に手を当てられたり、手首の脈を測られたりと、あちこちを確かめられた。

終わるまでじっと待っていると、女性は私の頭を撫で



「別にどこか悪いわけじゃなさそうだけどね。一度、キルシェのクルクのとこに行っておいた方がいいんじゃないかい?」

「げ、クルク? クルクじゃないとダメ?」

「身体の中の力がどうにかなっちまってるなら、キルシェのクルクが一番そういうのに詳しいよ。そうでなくても、ミルちゃんは適性も何も分かってないだろうし、一度は見てもらった方が良いだろうね」

「えー・・・・・・ミルには早いし」

「ツヴァイくん、心配なのは分かるけどね。ちょっとは信用して誰かに任せてみなよ。あんたは賢いし出来が良い子だけど、何でもかんでも一人でやれるわけじゃないだろ?」



最もな話だが、納得がいかないらしい。

少し頬を膨らませたツヴァイに、女性はからからと笑いながら私をツヴァイの方へと押しやった。



「とりあえず、急にどうこうなるかんじじゃないし、ミルちゃんとよく話し合ってみな」



じっと膨らんだ頬を見つめていたら、ツヴァイは決まりが悪そうにぷしゅぅと頬から空気を抜く。

そうして、私の手を取って、戻ろうかとそのまま自室まで手を引いた。














「いい、ミル。ミルにはちょっと早いかもしれないし、興味がないかもしれないけど。とっても大事な話をするね」

「うん」

「おじいちゃんとママは魔法使いだったんだ」

「まほうつかい?」

「そう。それに此処に住んでる人達は殆ど魔法使いなんだよ」

「ほとんど」

「そうじゃない人も居るらしいけど。まあ、それは後でね。それで、魔法使いっていうのは」



ツヴァイはとても真剣に説明してくれたが、その辺りは覚えている。

魔法使いとしての力だとか、適性の遺伝だとか、諸々。

うんうんと頷いていたら、ツヴァイは眉をハの字にして



「っていうわけなんだけど。僕はもう見てもらったっていうか、知っているんだけどさ。もしかしたらなんだけど、ミルも魔法が使えるかもしれなくて。それでミルにはどんな魔法が向いてるかっていうのを、その・・・・・・みてもらった方が、良いかもしれないっていう話なんだけど」



長くはないが、短くもない期間の内に随分苦手意識がついたのだろう。

ツヴァイの濁した言葉を引き継ぐ。



「クルク?」

「そう、なんだよね。いや、でも、ほら。他にも得意そうな人も居るし、先に誰か他の人にお願いして」

「みてもらう」

「! じゃあ、誰か頼める人を探してくるから」

「ううん」

「え?」

「クルクに、みてもらう」

「え??」



聞こえていないふりをしているが、距離的に聞こえないことはないだろう。

ツヴァイが嫌がっているのは痛い程分かるのだけれど。

一番手っ取り早そうだし、こういう時は流れで最終的にはクルクを頼ることになりそうだ。

だったら、最初からクルクにお願いしてしまった方が良いし、何故かクルクはツヴァイにはよく構うようだが、私の側には寄って来ない。

大団円の為には攻略対象とある程度の親密度が必要なのだから、現状接触出来るクルクとは積極的に話をするべきだとは、常々考えていた。

良い機会だろう。


耳に掌を添えているツヴァイに顔を近付ける。

びくっとしたのを無視して、口をツヴァイの耳に寄せた。



「おにいちゃん」

「っはい!?」

「クルクに、みて、もらう」



添えられていた掌が、ぴたっと耳を塞いだ。

この嫌がりようはどうなんだろう。

クルクは一体ツヴァイに何をしたのか。

ちょっと心配になったが、ツヴァイがこうも嫌がるなら仕方ない。

一人で行こう。


そのまま部屋を出たら、噂をすれば影というのだろうか。

目の前に件の人物がいて、ぶつかって転ぶ。

鼻をクルクの身体にぶつけて、お尻を床で強かにぶつけた。

痛いけれど、どちらがより痛いかを、転んだままの状態で考える。



「おやぁ、大丈夫ぅ? 急に出て来ると危ないよぉ?」



へらぁっと笑ってクルクは私の目の前にしゃがみ込んだが、手を貸してくれるわけではないらしい。

ただ見ているだけのクルクを前に、一先ず鼻を押さえてみた。

鼻血は出ていないようだし、問題はないようだ。


ぽんぽんと床についた辺りを払ってから立ち上がると、クルクも腰を上げた。

本当に欠片も手助けしてくれないな、この子だけは。

別にいいのだけど。



「ねえねぇ、ツヴァイは何であそこで丸まってるのぉ?」

「さあ?」

「えぇ、薄情ぅ。ツヴァイはいっつも君の面倒みてあげてるのにねぇ。君って酷いねぇ」



ぐさっと来るな、それは。

まだ身体が小さいことを免罪符に、ツヴァイの厚意に甘え切っていた自分には突き刺さる。

分かっているにせよ、いないにせよ。

クルクは何だかんだで、他人の痛い所を突いてくる。



「あのね」

「何ぃ?」

「まほう」

「魔法ぅ? 魔法がどうかしたぁ?」

「みて」

「はぁ? 何ぃ? 君ってさぁ、言ってる事よく分からないって言われなぃ?」



言われたことがないのだが。

大体はツヴァイや周りが察してくれるし、あまり流暢に喋っても変かなぁ、と。

単語だけ話すように心掛けていたのだが、そんなに分かり辛いだろうか。

考え込んでいると、クルクは大袈裟に肩を竦めて



「はいはぃ。ようはあれぇ? 自分にも魔法が使えるかどうか見て欲しいとかぁ、適性は何とかそういう事ぉ?」

「うん」

「それならそうってちゃんと言えばぁ? ミルちゃんはお喋りできない子なのかなぁ?」

「できる」

「じゃぁ、ちゃんとお願いしてみなよぉ」

「おねがい」

「わぁ、面白くなぃ。まぁ、いいけどさぁ」



言うなり、私をじっと見下ろす・・・・・・というか、見下されている気がするのは気のせいだろうか。

オレンジの瞳は場所によっては濃さが違って見える。

暗い所では濃くて暗め、明るい所では薄めで明るい。

見ていて飽きないのだが、じっと眺めていたらクルクはいつも顔を逸らせてしまう。

見過ぎてしまったか、それとも意外に恥ずかしがり屋さんなのか。

今回はいつもよりも長くオレンジの瞳を堪能出来たのだが



「あのさぁ、言っても泣かなぃ?」

「うん?」

「それぇ、どっちぃ? 良いのぉ? 悪いのぉ?」

「いい」

「じゃあさぁ、はっきり言うけどさぁ、君には力はあっても適性がないんだよねぇ」

「てきせい?」

「分かんないなら誰かに習えばぁ? ちょっとっていうかぁ、かなり常識なさすぎなんだしぃ、君達はぁ」



いや、適正という言葉の意味自体は分かっている。

というか、物語が始まってある程度好感度を高めた相手がいないと、主人公。

つまり、私には適正というものが現れないはずだ。

現時点で既に素養があると分かっただけで十分なのだけれど、問題は別のところにある。



「じょうしき、ない?」

「だってぇ、君達ってばぁ。ここが何処かぁ、どういう名前の国かも知らないんじゃなぃ?」

「ここ、どこ?」

「シュテルン。オレオルシュテルンとグランツヘクセくらいは知っていないとやばいよぉ」

「おえお・・・・・・おぇお?」

「言えないとかぁ、ますますやばいよねぇ。っていうかぁ、おえおって何ぃ?」



けらけらと笑ってくれるが、舌が回らない。

舌は回らないが、思い出した。


技術発展したこの国はオレオルシュテルン。

魔法で発展した隣国はグランツヘクセ。

喉に引っかかっていたものが、ようやく出て来たようで気持ちが良い。


暫く頑張ってオレオルシュテルンと言おうとするが、やはりこの未熟な身体では難しいようだ。

失敗する度にクルクはけらけらと笑って、私を真似して「おえおおえぉ」と茶化してくる。

なかなかに幼稚なことをする子だ。

別にそういうのは気にしないけれど、子供相手だし。


だが、子供だからといってこのままにしておくと、そのまま。

子供のままで身体だけが成長しては困るのは本人だ。

相手のことを思い遣るというのが難しかったとしても、せめて嫌がることはしないように心掛けるべきだろう。

確かに、ゲームプレイ中にクルクが主人公や他のキャラクターをからかう場面は多くあったが、このような幼稚なことはしていなかった。


これは、成長すれば自然と矯正されていくのか。

それとも、これから周りがクルクに言い聞かせていくところなのだろうか。

どちらにしても、幼児が少年相手に説教など出来はしない。



「あのね」

「何ぃ? おえおうはもういいのぉ?」

「うん。あのね、じょうしき、おしえて」

「はぁ?」

「おしえて」

「僕がぁ、君にぃ?」

「うん。おねがい」



分からないことは、誰かに聞こう。

これは子供も大人も変わらないことで。

真摯に頼んだ私に、クルクは満面の笑みを浮かべた。



「やだぁ」



うん。やっぱり結構嫌な子かもしれないな、この子。

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