第17話
友人であっても、貰う物は貰わなければならない。
対等でなければ、友人とは言えないんだから。
僕や仲間達。コミニティにそれなりのリスクがかかってしまう。
それに見合うだけの支払いを約束したアインスの頼みを、僕は呑んだ。
僕等はいつだってカツカツだ。
先立つものがあった試しがない。
まとまった金があれば、選択肢が少しは増える。
逃げる時にはどうしても金が必要になるんだ。
ちょっとぐらいは驚くかな、と結構な額を吹っ掛けてみたけど、アインスは相場というものを知らないらしい。
提示した金額に何のリアクションもなく、支払い方法についてだけ聞いてきた。
シュテルンでグランツヘクセの人間は信用されていない。
現金以外は僕等には役に立ちやしない。
僕等に求められるのは、アインスの弟妹の安全。
ある程度のことは自分達で出来るらしいので、危なくないように大人が側に居ること。
食事の世話など、本人達が出来ないことに関しては手を貸すこと。
それぐらい。
新しい仲間を受け入れるのと、そう変わりない。
しかも、その二人はその内にアインスが引き取りに来る。
現在の住処はいくつか空き部屋があるので、大丈夫だろう。
仲間達に相談するまでもないと、話は終わり。
さくさく通話を切ろうとするアインスに、弟妹はどんな子達か聞いた。
「どちらも小さいが賢い。手間がかからない」
「えぇ? そういうこと聞いてるんじゃないんだけどぉ?」
犬猫じゃないんだから。
もうちょっと、特徴とかそういうのを教えてくれても良いのに。
突っ込んで聞こうとしたら、急ぎの用があると会話を打ち切られる。
アインスはそういう奴だった。
ちぇっと舌打ちして、切れてしまった通話機を定位置に戻した。
数日後、アインスは件の弟妹を連れてやって来た。
小さいとは聞いていたけれど、随分と手間のかかりそうな小ささの子供が二人。
片方は葡萄のような色の髪と瑠璃色の瞳の男の子供。
片方は真っ黒な髪と、眠っていて瞳が見えない女?の子供。
どちらもアインスにちっとも似ていない。
シュテルンの人間ではなく、グランツヘクセの血が強いだろう外見にアインスを見る。
久しぶりに会った彼は変わりない。
白銀の髪は薄暗闇の中でも目立ち、空色の瞳は相変わらず澄んでいる。
オレオルシュテルンの人間らしい特徴を持ったアインスと、その弟妹だという二人を見比べる。
何度見たって、三人が三人とも似ていない。
眠っている妹・ミルと一緒に約束の金を受け取る。
報酬を受け取ったのだから、あまりあれやこれや聞くのも良くないか。
僕に妹の方を預けてしまうと弟の前にしゃがみ込んだアインスは、兄の顔をしていた。
どれぐらいの期間になるのかは、僕も知らされていない。
長期になるかもしれないのに、アインスの言葉はあまりにも少ない。
最低限は満たしているけれど、それ以上では決してないのだ。
一通り言い聞かせた後、アインスは笑っていた。
スクールでは鉄面皮も良いところだったというのに、柔らかい笑みを浮かべているので本当にアインスかと疑いそうだった。
僕には特に何も言わずに行ってしまったアインスの背中を見送り、僕は名残惜しそうにしているアインスの弟・ツヴァイと眠ったままのミルを連れて、仲間の元へ戻った。
アインスは変わった。
前までと違う雰囲気の彼に戸惑いを覚えたが、報酬を受け取ったからには仕事をしよう。
グランツヘクセの人間は約束をきちんと守るのだ。
アインスが賢いと言ったのだから大丈夫だろうと、ツヴァイに必要なことを説明していく。
時間が勿体ないので一気に詰め込んだけど、理解しているようだった。
ミルの方はツヴァイに説明を終えて暫くすると目を覚ました。
瞳の色も、髪と同じ黒だ。
大きな頭に小さな身体。
随分と頼りない出で立ちのその子供は、見た目にそぐわない落ち着きがあった。
言葉こそ少ないけど受け答えもしっかりしていて、何だか気味が悪い。
中身を取り違えてるんじゃないかって心配になったけれど、ツヴァイいわくミルは繊細らしい。
繊細な子が、初めて来た場所で落ち着いていられるものなのか?
喜怒哀楽がはっきりしていて、賢くっても子供の域を出ていないツヴァイは嫌いじゃない。
でも、僕をじっと見つめている黒い瞳の子供は何だか苦手だと思った。
見た目がそうだからと言って、力があるかは分からない。
僕はツヴァイとミルが魔法を使えるだけの力があるかを確認した。
確認とは言っても、少し見つめる程度。
それで、大体は分かる。
ツヴァイはあった。
既に幾度か使っているみたいで、訓練さえすれば問題なく力を行使出来そう。
適性があるのは水だろう。
ミルには適性が無かった。
無いと言っても小さいので分かり辛いだけかな。
確認している最中、気付いた素振りで此方をじっと見つめ返してくる目が嫌で、途中で切り上げたのも良くなかったかも。
しかし、これはどういうことか。
髪の色も目の色も顔立ちも違う三人に血の繋がりは感じられない。
気になって調べてみた。結構な額を使ってしまったけど、アインスの両親について。
父親の方は間違いなくシュテルン人。
母親はグランツヘクセの人間である可能性がある。でも、既に死亡しているらしい。
この母親の亡くなったらしい年月と、一番年下のミルどころか。
ツヴァイの年を考えると、少なくともアインスと二人に血の繋がりはないのでは。
気になって、気になって。
「ねえねぇ、ツヴァイくん。君のお母さんってぇ、どんな髪の色してたぁ?」
「はい?」
「あとはぁ、目の色も知りたいなぁ。ねえねぇ、どんなだったぁ??」
洗濯物を抱えていたツヴァイは、それを抱え直しながら口を開いて。
それから、閉じた。
おや? と首を傾いで答えを待つと
「・・・・・・覚えてません」
えらく固い声が返ってきて、肩を竦める。
覚えてるのに、嘘をついている。
シュテルン人の悪い癖だ。
気は進まないけど、ミルにも聞いてみた。
もしかしたら、こっちの方が小さいしガードが甘いかも。
だけど、結局は大きな瞳にじぃっと見つめられた挙句
「しらない」
知っているのかいないのか。
どちらともつかない顔と声が面白くない。
こんなに小さい子供が隠し事が出来るはずがないとするのか。
この子供は隠し事くらい出来るだろうと考えるのか。
行っていいよと言うまで、ミルは僕を見つめ続けていた。
仲間内でツヴァイとミルは可愛がられた。
そりゃあ、子供がただでさえ少ないんだから、そうなるよね。
二人共僕よりうんとちびだから、余計に可愛く見えるらしい。
じい様もばあ様も、みーんながツヴァイくんミルちゃんと毎日可愛がっている。
どうせ、その内に居なくなる相手なんだから、あまり可愛がらない方が良い。
寂しくなるのはこっちの方なんだから。
そう言っても、聞いてくれやしない。
あれこれ構って、人が多いところには必ずツヴァイかミルの姿があった。
ミルは昼寝の時間などは一人で部屋に行くので、起きている間は目一杯構われている。
見ていても四六時中構われ過ぎで、逆に大変そうだったが癇癪を起したりする様子はない。
大人しく、周りがしたいようにさせている姿が幼子のそれとは異なっていて、違和感を覚えた。
アインスは出来た奴で、ツヴァイはからかうと面白い。
ミルは何だか妙な存在だ。
話をきちんと聞くし、一度で殆どのことを理解する。
黙っていられるというより、喋ることの方が珍しい。
表情があまり変わらないし、突飛な行動をしない。
子供らしさが欠片もなくて、酷く奇妙だ。
絶対何かおかしいとばあ様やじい様達に言っても取り合ってくれない。
おばさんやおじさん達も駄目。他の子供は理解してくれない。
大人しい子だけど、ちゃんと子供らしいところもある。
そんな皆の言い分を確認するべく観察していたら、気付くとこっちを見つめてくる。
こんなののどこが可愛いんだろう。
ツヴァイはこの変な子供を妹として大層可愛がっている。
それこそ、ちょっと重い物を持たせるとか、刃物の類を手にしていたりすると飛んでくる。
ミルは危ないことをしなくていいと、全部代わりに自分がしようとする。
そこまでしてやらなくてもいいんじゃない?
正直僕なんかはそう思うんだけど、本人はしたくてやっているらしい。
ここに来てから、全然構ってあげられていない。
手伝ってあげられていないと嘆いていたけど、靴を履かせてやったり、服を着せてやったり。
顔の汚れを拭ったり、髪を梳かしたりと甲斐甲斐しく世話を焼いていて「全然」って?
今までどれだけ手を貸していたのか。
甘やかされていた割に、ミルは自分で自分のことをするのを嫌がらない。
進んで挑戦しようとするのを、周りは温かく見守っている。
それにも何かが変なかんじがしていたのだけど、誰も僕に同意してくれやしない。
賢い賢いと皆が二人を褒めているし、僕もそれは否定しない。
一方でこの二人はとんでもない世間知らずだ。
どちらもオレオルシュテルンとグランツヘクセの名前すらしらないし、自分達がどちらの国の生まれだとか、魔法についても疎い。
どんな環境に居たら、こんな浮世離れした子供が育つのか。
うちに居たちび達だって、そういう誰もが知っていて当然のことは知っていた。
この二人はどこかずれている。
アインスはいつになったら、この子供達を引き取りに来てくれるんだろう。
すっかり借りは返したつもりになっていたけど、仕事として引き受けている。
今のところは波風も立たず、単に子守りをしているだけに過ぎない。
近付かなければ、あの目に見つめられることもない。
ミルを避ける一方で、その分ツヴァイに構ってアインスのこととか。
色々と聞き出そうとしたら、じい様達を味方につけて僕から逃げるようになった。
がつん、と拳骨を落とされるのはいつ以来だろう。
凄く痛くて、その場で悶絶する僕をツヴァイは冷笑しつつ見下ろしていた。
そういうとこ、シュテルン人っぽくて嫌なかんじ。
追い掛けると逃げていくツヴァイはなかなか捕まらなくなってきた。
良い反応をするから面白かったのに。
当初の目的の情報も引き出せない。
想定外のガードの固さだ。
それにしても、予想以上にツヴァイもミルも此処に馴染んでいる。
これは二人が帰っていく時に皆、落ち込むんだろうな。
アインスの動向ははっきりとは掴めないから、まだ暫くは面倒をみなくちゃいけないんだけど。
いつまでも一緒ではないのに。
暇をしている時間はないので、毎日情報を集める。
情報はこちらが提供するなら金になるし、こちらが欲しいという時は金がいる。
アインスに吹っ掛けた分を惜しみなく使って、色々と仕入れた。
アインスに関する情報はあまり集まらなかった。
それ以外の全部、集めて並べて考えて
「そろそろまずいなぁ」
戦争が始まりそうだと、僕は予想していた。
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