第16話

グランツヘクセ、まだ見ぬ祖国。

魔法使いの国、僕等の帰る場所。


生まれてから今まで、一度も足を踏み入れたことのない国を想う。

ばあ様やじい様達が、何度も何度も聞かせてくれた話を元に想像する。


自然と共に、魔法を使って皆で協力し合って生きる。

夢のような話で、僕からしたら想像するしか出来ない夢の世界。


僕等は魔法が使えるけれど、魔法を使うことを許されていない、


オレオルシュテルン、この国では魔法使いは蔑視される。

魔法なんていう不可思議で不確かな力に頼る田舎者。

おとぎ話を信じて、いつまでも成長しない国だとグランツヘクセの民を見下す。


昔はこうじゃなかった。

そんな声は何度も聞いた。


そうか、昔は違ったんだ。

でも、今はこうなんだ。


オレオルシュテルンは確かに凄い国かもしれない。

どの国も追いつけないくらいのスピードで成長し、発展した。

代わりに、多くのものを犠牲にしている。


その最たるものが、自然だ。


汚染された川、枯れた土地、刈り尽された森。

資源をあるだけ掘り起こして、足りない足りないと大騒ぎ。

足りなければ控えるか、我慢するしかないというのに。

オレオルシュテルン――僕等はシュテルンと言っている――はグランツヘクセに目を付けた。


昔は国交があった。

両国間での行き来も頻繁だった。


グランツヘクセは魔法で独自の文化を持ち、発展しながら自然と調和して生きる国。

シュテルンのように自然を食い荒らすことがなかったので、手付かずの資源を豊富に抱えていた。

それを少しずつ、少しずつ。欲しいという国に輸出していた。


それで満足すれば良いのに、シュテルンは強欲だった。

もっともっとくれ、もっともっともっと。

要求が無茶なものになると、両国の関係は次第に悪くなっていく。

留学生の多くは自国に引き上げ、一時的に旅行や仕事で滞在していた人達も帰国を始める。


この頃に、全員がグランツヘクセに帰っていたら。

そうは思っても、現実として僕の父親や大勢の仲間はシュテルンに残っていた。


彼等はシュテルンの人間の家族だった。

グランツヘクセでは何より家族を尊ぶ。

決して見捨ててはならない、最も重い血の絆。

家族を置いて祖国に戻るという選択肢が、彼等には無かった。


そうしている内に、両国の国境には結界が張られた。

ヘクセレイヴァント、魔法による物理通過を拒絶する結界だ。

グランツヘクセの力ある魔法使い達によって編み出されたそれは、人間や物の出入りを完全に遮断した。

そうしなければならないくらい、シュテルンはグランツヘクセを追い詰めたのだ。


悪いのはグランツヘクセ。

シュテルンではそのようになっている。

僕等はグランツヘクセの人間だからと、見知らぬ人間から罵詈雑言を吐かれ、理不尽な扱いを受けることが当然とされた。


魔法使いであることを誇りに思う僕等はまだ良い。

ただ、グランツヘクセとシュテルン。

両方の血を引き、グランツヘクセの特徴を持ちながらも力がない人間は非常に苦しい思いをしている。

魔法なんて使えない、ただ外見的特徴がグランツヘクセのものに近いだけ。

それだけで、差別される。


グランツヘクセの仲間達だけでなく、彼らがシュテルンに残った理由。

シュテルンの家族にも矛先は向き、シュテルンの家族はグランツの家族を切り捨てた。

全てがそうではないかもしれない。

だとしても、僕の周りに居る多くの仲間はシュテルンの家族に捨てられたのだ。


同じ人間として扱われないこの国に残る理由は、無かった。

仲間の幾割かはヘクセレイヴァントまで駆けた。

入れてくれ、帰りたい、助けてくれ。

そう言えば、グランツヘクセの同胞は拒まない。

魔法で開けた結界の穴に、集まった仲間が雪崩れ込む。


一度目は全員が帰れた。

それを知って、他の仲間たちが集まる。

一度目と同じように、同胞は仲間達を受け入れようとした。

結果として、それは半分は成功して、半分は失敗する。


ヘクセレイヴァントの突破口を、シュテルンは何時だって探していた。

そんなシュテルンの目の前で、結界に穴が開いたのだ。

シュテルンの兵士達がグランツヘクセへ押し入ろうとする。

同胞はシュテルンの兵士達とグランツヘクセの仲間達の両方を中へ入れてしまった。


シュテルンの兵士達は内側からヘクセレイヴァントを壊そうとした。

多分、内側からなら開くと勘違いしたんだろう。

勘違い、といっても良い線はいっていたのだけれど。


ヘクセレイヴァントは一部でも穴が空くと、途端に脆くなる。

とはいえ、容易に物理攻撃を通すわけではなく、一切寄せ付けなかった物理攻撃が有効になるのだ。

それが、実にまずかった。


ヘクセレイヴァントを通ったシュテルンの兵士達は、グランツヘクセ内で殺された。

同時に、シュテルンの兵士達の攻撃と同胞の反撃に巻き込まれた仲間たちの何割かが死んだ。

失敗の代償は高くつく。


三度目、帰れた仲間は半分以下。

四度目、帰れた仲間は四分の一以下。

五度目は誰一人帰ることが出来なかった。


僕は父の腕に抱かれた、五度目の参加者だった。

生きてシュテルンに戻ったのは、五度目の参加者では僕と片手で足りる程の大人達。

僕を連れ帰って、仲間達は六度目を決行することを諦めた。


犠牲があまりに多く、グランツヘクセが被る被害が大きすぎる。

ヘクセレイヴァントの向こうには多くの同胞が居る。

シュテルンの家族から切り捨てられた仲間たちの拠り所は、グランツヘクセだった。


いつか、帰ろう。

あまりに漠然とした願いを胸に、仲間たちは寄り添い、息を潜めて生きる。

シュテルンは僕等にとって、酷く生き難い国だった。


シュテルンの国民として認めていない癖に、事ある毎に国民の義務として若い男女や子供が連れて行かれる。

シュテルンの為の実験に協力しろといって連れて行かれた仲間は、誰も帰って来なかった。

年寄りばかりが残されて、仲間はどんどん居なくなる。


僕等は身を隠すようになった。

そうする頃には、子供の数は更に減って。

元々は一つのコミュニティであっても所属する人数は百を超えて居た。

なのに、僕らが所属するコミュニティに残っているのは僕を含めた数十人だけ。

若い男女も連れて行かれたから、働き手も足りない。

貧困は僕らに寄り添っていた。


年頃になってもスクールに行く余裕なんてない。

ないのに、僕はスクールに通うことになった。


僕は仲間達の中で一番力が強かった。

腕力ではなく、魔法の力だ。

頭の出来も良かったので、僕が出世をすることが仲間の為になると送り出された。


僕はシュテルンの連中に比べても優秀だった。

誰より良い成績を取った。一番の結果を出した。

だけど、僕はグランツヘクセの人間だった。


小突かれ、嫌味を言われるくらいなら全然良い。

お金が無い中、どうにか仲間たちが資金を掻き集めて用意してくれた教科書や筆記用具の類を隠されたり、壊されたりするのは非常に困った。



「お前、魔法使いなんだろ? じゃあ、これも魔法で直してみろよ」



破れた教科書がばさばさと目の前に落ちて来る。

背中を踏みつけられ、地べたに顔をつけるような姿勢で急ぎ足で通り過ぎる教師の姿を見送る。


誰かに助けを求めるなんて、考えもしなかった。

今まで、シュテルンの人間は僕を助けてくれなかったし、僕を虐げるのはシュテルンの人間だから。



「魔法はぁ、そんなに便利なものじゃないんだよぉ?」



言ったって、分かりやしない。

シュテルンの連中は馬鹿ばかりだ。

背中に掛かる圧が増し、髪を強く握られる。



「ばーか! 便利もなにも、使えやしないんだろ? ヘクセの人間は嘘吐きばかりだな」

「嘘なんて吐いたことないよぉ。僕は魔法使ぃ」

「それが嘘だろ! 魔法が使えるなら、俺達を倒してみればいい。使えるなんて嘘なんだろ。そうじゃなきゃ、何で使わない?」

「シュテルンでは魔法を使ってはいけないっていぅ、ルールがぁ」

「オレオルシュテルンだ、侮辱する気か?! お前みたいな薄汚い田舎者が、オレオルシュテルンに居ること自体間違ってるんだよ!」

「君だってぇ、グランツヘクセをヘクセって言ったじゃないかぁ。それにグランツヘクセは田舎なんかじゃ」

「うるさい! 黙れ、この××××!!!」



酷く侮辱された。

尊厳を貶められた。


歯を食い縛り、どうして僕はこんな目に遭わなければならないんだろうって考えた。

理由なんてそんなに多くない。

ただ、僕は悪くないはずだ。


僕は勉強をしに来ただけなんだ。

こいつ等に嫌がらせを受ける理由なんてない。

身体の中で渦巻く感情を解き放てば、ここいら一体は焼け野原になるだろう。

それはきっと清々しい気分になるはずだ。


気分は良くなるだろうけれど、仲間達は更に生き辛くなるかもしれない。

その懸念だけが僕を引き留める。

感情の手綱を引き絞り、制御する。

いつもしている、慣れたこと。


あとは黙って、こいつらが気が済むまで言いたいように言わせて、やりたいようにやらせればいい。

出来れば、これ以上物を壊されなければ上々かな。


ぼんやりと意識を飛ばしていると、急に辺りが静かになった。

何だろう、と意識を戻すと澄んだ空が目の前にあった。



「大丈夫か、お前」

「へぇ?」

「随分な目に遭ったようだな」



自然な動作で僕の手を取って立ち上がらせたその人は、青空に似た色の瞳を冷たく光らせた。

立ち上がって周りを見回すと、僕を取り囲んでいた数人が地面にひっくり返っていた。



「貴様らのような恥知らずが、オレオルシュテルンを語るな。反吐が出る」



刃のような鋭さで言い放ち、その人はもう教科書とは呼べない紙の束を手に取って



「元級友が失礼した。こちらの教科書は弁償させてもらう。他に、何か破損した物は? 怪我はないか?」

「え、ぇ? えっとぉ、元級友ってぇ?」

「うん? ああ、生徒間での争いは認められていない。一方的暴力については、加害者は退校処分だ。校則を読んだことはないのか?」

「読んだぁ、読みましたぁ。けどぉ、それって加害者がシュテルン・・・・・・オレオルシュテルン人で被害者がグランツヘクセ人だったらぁ、適用されないんじゃぁ」



むしろ、被害者のグランツヘクセ側が糾弾される流れになりそうだ。

今までの経験からそう述べると、その人は眉間に深く皺を刻んだ。



「ルールは厳守させる。少なくとも、俺の目の前で起こった事実を歪めさせはしない」



白銀の髪が、陽光を受けて煌めく。

オレオルシュテルンの人間なのに、その人は僕を助けてくれた。



「俺はアインス。お前の名は?」

「キルシェのクルクぅ・・・・・・クルクだよぉ」



生まれて初めて、シュテルンの人間に借りが出来た。

ついでに、生まれて初めて、シュテルンの人間が友人になった。


アインスは他のシュテルンの連中と違って、頭が良かった。

僕と同じくらいに良い奴は、それこそ初めて出会った。

アインスは僕を他の人間と同じように扱う。

グランツヘクセをヘクセとは言わない。

だから、僕はアインスの前でだけはシュテルンとオレオルシュテルンとちゃんと言う。


新品の教科書と新品の筆記用具。

ぴかぴかのそれらを受け取って、僕はアインスを信頼した。


アインスは嘘を吐かない。

真っ直ぐでぶれない人間だから、好感が持てたし。

アインスと出会ってからは、前ほど酷い扱いは受けない。


勉強に集中出来たから、思う存分楽しく学べた。

成績もぐんぐん伸びていったけど、アインスに勝てたことはなかった。

この頃は答案を改竄されて点数を落とされるとか、意味不明な理屈をこねられて単位が貰えなかったりということもなくなっていたのに、だ。


優秀というか、真面目が過ぎるというか。

遊びの部分がほぼないアインスは、僕と違って勉強を愉しんでいるわけではなかった。

義務感とかそういうお堅いの。

それで僕が負けてしまうのは、仕方ないような。悔しいような?


でもまあ、アインスの方が年上だし。

まあいっか、と思っていた。

優秀なのは良いことだから。


呑気に構えていたら、アインスは飛び級を数度。

それから、卒業した。


あ、と思った時にはもう遅い。

僕は以前と同じような扱いをされるようになり、終いには集団に囲まれて暴行を受け、生死の境を彷徨った。

仲間達がばれないようにと密かに治癒魔法を重ね掛けしてくれて、死にはしなかった。

命はあったけど、被害者の僕が全ての問題であるとされて、自主退学する羽目になった。


予想はしてたけど、やっぱりこうなった。

遅かれ早かれこうなる気はしていたけど、こんなことならアインスが居る内にもっと頑張って、アインスを連れ回してでも教師達に飛び級を認めさせるべきだった。


後悔はあっても、過去は変わらない。

僕はコミュニティでの生活に戻った。

息を潜めて生きるだけの毎日は退屈だった。


そんなある日、久しぶりにアインスから連絡があった。

手を借りたいと言われて、借りを返す良い機会だと話を聞いたら



「妹と弟ぉ? アインスに弟妹が居たのぉ?!」



そんなの僕、初耳だった。

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