第14話

戦争はまだ起きていないが、両国間での行き来は出来なくなっている。

此方の国に来た隣国の人、隣国へ行った此方の国の人。

永住するつもりで来たのか、一時的な滞在だったのか。

それを問われることなく、彼らは祖国へ戻る術を失った。


隣国では技術での発展はしていても、個人で出来ることが限られている此方の国の人を虐げることはない。

しかし、向こうでは魔法が使えることを前提とした暮らし。

生活の営みの全てが魔法中心なので、苦労は絶えないだろう。


此方の国では、魔法は恐れられている。

自分が持っていない力というものを、酷く怖がっている。

解明出来るならば良いのだろうけれど、魔法の解明はなかなか難しいらしい。

未知なるものを排斥する。もしくは研究対象として見る此方の国では、隣国から来た人々は酷い差別を受ける。

魔法が使えない、隣国と此方の国の人との間に生まれた子供もその対象だ。


髪と瞳の色については、そういう人達が魔法が使える場合が多いというだけ。

絶対にそれで決まるわけではないという設定だったはずだが、その辺りの認知は進んでいないのか。

実際に使える、使えないは関係なく、髪と瞳の色を見て「魔法使い」とされた人々の扱いは良くない。


魔法の使用は原則禁止。研究対象として選出されれば強制連行。

魔法に頼るような田舎国の出なので機械は使えないと決めつけられ、本人の能力が高くても下働きしかさせてもらえない。

危ない仕事、大変な仕事、誰もが嫌がる仕事を押し付けられて、最低限の賃金しか得られない。

普段の生活でも蔑視され、罵詈雑言を吐かれる。

心無い人達から暴力を振るわれることもある。


過酷すぎる生活に耐えかねて祖国に帰ろうとする人達も居る。

彼等を受け入れようとする人々が向こうには居るのだけれど、難しいのだ。

関係が悪くなるほど、帰国しようと志す人が増える。


両国間に張られた魔法による結界は物理攻撃を無効化する。

その一方で、魔法による干渉で一部に穴を開けることは可能だ。

帰国したい人達が、結界に穴を開けて戻ろうとする。

それを此の国の人間は黙って見ていない。


そこから穴を大きく出来ないか。

いっそ壊してしまえないか。

彼等の考えは正解に近かった。


一つ穴を開ける、それだけで結界は脆くなる。

物理攻撃の無効化が揺らぎ、火力で押せば物理攻撃が通るようになる。


検証は数度に亘った。

その間に国に戻れた人はどれだけ居たのだろう。

此方から向こうへ一歩足を踏み入れ、直後に此方からの容赦ない集中砲火に巻き込まれて亡くなった人は少なくない。


結界が破られることはなかった。

けれど、少なくない犠牲が出た。

向こうの国は戻ってくる同胞を拒まない。

此方の国も逃げ出す者を連れ戻そうとはしない。


でも、何度か目で向こうの国の人達は逃げることを諦めた。

逃げても生きて帰れる保障はない。

多くの同胞、その同胞が暮らす愛する祖国を危険に晒すくらいなら、と身を潜めて生きる。


そう決めた人々が寄り添い、力を合わせて生きるコミュニティ。

その一員がクルクであり、ここまでの全ての情報は私の記憶からすっぽ抜けていて、クルクから齎されたもの。

私とツヴァイはかなり微妙な立場の人達の元で、今は生活していた。













ぺたんこの煎餅布団などの寝具一式。

壊れそうな椅子が一脚。

装飾に当たるものは一切ない、隙間風が酷い建物の一室。

そこが私とツヴァイに与えられた部屋。


広さ的には以前母や祖父と暮らしていた部屋より、やや狭いように感じる。

でも、子供二人には十分過ぎる広さだ。

亀裂の入った壁。あちこちに浮かんでいるシミに、床には掃いても掃いても出てくる埃と虫。

この部屋では自由時間を過ごすか、寝るだけなので細かいことを気にしなければ問題はない。ないったら、ない。


食事は同じ建物で生活する大人達が毎日当番制で作ってくれる。

私達の分、というわけではなく、この建物の全員分を、だ。

食器は共用、食事は子供と大人で量は変わるが、基本は平等。

トレー、なんてものはあまり無いので、木の板などに適当に食器を載せて食事を自分で取りに行かないといけない。

食事は一日に二度。提供は大体だが時間は決まっている。

それ以外の時間にお腹が空いたとしても、食事にありつくことは出来ないそうだ。

お残しは許されるけれど、おかわりは不可。

おやつもないし、ジュースもない。飲み物は白湯――この辺りは一度沸かさないと水も飲めない――かお茶。


食事が終わると後片付け。

こちらも当番制で食器や調理器具を洗うか、食事を摂る部屋の掃除か班分けがある。

ここでは機械の類が必要最低限もない。全てを人の手で済ませる必要もあって、何かと手間と時間が掛かるのだ。


それ以外になると出稼ぎに行ったり、建物内の清掃か。まとめられている洗濯物を洗ったり、干したり。

やることは細々とあるが食後、数の少ない若い人は出稼ぎに行ってしまうので居なくなる。

残るのはお年寄りと子供だけ。


その子供も少ない。

クルクが最年少で、他はあと数人だろうか。

お年寄りはたくさんで、まだ働けそうな中年の女性も結構多い。

客人というよりは居候という扱いの私達は、この建物で一番幼い子供になる。


働かざる者食うべからず。

子供も大人も皆、何らかの作業や仕事を割り振られているが、私達は大部分を免除されている。

クルクいわく「代金を貰っているから」とのことだが、つまり宿泊費を支払っているという意味なのだろうか?


それでも、建物内。コミュニティでのルールは厳守。

身の回りのことは自分達でやるようにと言い付けられてはいる。

そう、言い付けられてはいるのだけれど。



「ミルちゃん、それは重いでしょう。おばちゃんが持ってあげようね」

「そんなに頑張らなくていいよ、ツヴァイくん。私達のやることが無くなっちまうじゃないか」



私達くらい小さい子供が居ないせいか、皆が皆、優しい。

ちょっとお手伝いをすれば褒められ、何かと心配されて手を貸される。

大勢の人達と一緒に暮らすことに緊張したり不安もあったが、親切な人達ばかりで良かった。

三人暮らしは穏やかで静かだったけれど、こういう賑やかなのは嫌いじゃない。

合宿やお泊りみたいで、私は楽しい。


でも、ツヴァイは知らない人達に囲まれる生活があまり好きではないのかもしれない。

笑顔が少なくなったし、口数も日毎減っていく。

必ず私の側に居て、ひっそり溜息を吐いているのだ。


単純に人見知りなのか。

それとも、距離感の問題なのだろうか。


他人ではあるが、コミュニティの人達は家族以外であっても家族同然に付き合い、接している。

スキンシップはかなり多いし、パーソナルスペースも相当狭い。

兄達によく頭を撫でられているせいだろうか。

私は他人から接触されることに忌避感がないが、ツヴァイは誰かの手が自分に触れる度に身体を縮こまらせ、唇を噛む。


どうにかしてあげたいが、この空気感でそれを言い出すのは不和の元になりそうだ。

ここに滞在する期間がどれだけになるかも分からないのに、和を乱すのは良くない。

出来るだけ早く、その日任せられた用事を済ませて、与えられた部屋に戻るくらいしか私には出来そうもなかった。


今日もそのようにして部屋に戻り、ぼんやりとする。

遊ぶだろうと誰かのお下がりの玩具を渡されているが、どれも汚れが目立ち、物によっては少し遊んだら壊れそうなものもある。

絵本の類は破れていたり、色褪せていたりして読み辛い。

ツヴァイの方はクルクからスクールの教科書を借りて開いてはいるが、心此処に在らずという顔で。



「おにいちゃん」



声を掛けても、すぐには反応がない。

二度、三度と呼ぶとびくっとしてから、私に引き攣った笑みを向けた。



「どうしたの、ミル」

「ほん、よんでる?」

「え? ああ、読んでるよ」

「さかさまなのに?」

「え、あ・・・・・・うん」



疲れもピークだろうか。

逆さまの本を引っくり返して、ツヴァイは見るからに落ち込んでいる。



「げんき、ない」

「そんなことないよ」

「にがて?」

「苦手? なにが?」

「ここ」

「いや・・・・・・そう、でもないよ。ちょっと、色々思うところがあるというか」

「おもうところ?」

「・・・・・・ほんの少しだけど、ママとおじいちゃんがここを知ってたらなって」

「ママとおじいちゃん?」



首を傾げる。



「ミルはもう覚えてないかな? ママとおじいちゃんと、前はこういうとこで暮らしてたんだよ」



ちゃんと覚えている。

小さな部屋で、祖父と母とツヴァイと私。

四人だけで静かに暮らしていたあの日々を、忘れたりなんてしていない。



「ママもおじいちゃんも頼れる人がいなくって、いつも大変そうだった。家も何度も何度も引っ越して、誰とも話せずにずっと・・・・・・」



寂しかっただろう、心細かっただろう。

あの頃はそんな風には思いもしていなかったけれど。

幼子二人を抱えて、誰にも頼れずに生きるには、二人は多くの苦労をしたはずだ。

それを見ていたツヴァイにとっても、辛かったに違いない。



「ミルが来て、二人共凄く嬉しそうだった。ミルが初めて誰を呼ぶのかって、皆で競争してたりさ」



まんま、をママと呼んだのだと、母はとても喜んでいた。

あの幸せそうな笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。



「僕は二番目だったんだ。にーって、僕に言ってくれて、凄く嬉しかったのにさ。おじいちゃんはじいって呼んだんだって言ってたな」



ツヴァイはまるで取り合っていなかったけれど。

そんなやりとりも懐かしい。



「こういうところを知ってたら、ママもおじいちゃんも助かったのかな」



どういう意味での助かるか、私には分からない。

ツヴァイは背中を丸め、その背中が小さく震える。



「皆、優しいのに・・・・・・苦しいんだ」



僕はおかしい、そう言って自分を責める。

おかしくなんてない、自分を責める必要なんてないのに。


何を言ってあげたら、彼は心に刺さった棘を抜くことが出来るだろう。

守られてきた妹、大切にされてきた家族の一人として、彼に何が言えるか。

考えてみても、碌な言葉は浮かんでこなくて。

短い腕で自分より大きな身体を抱き締め、頬を額を摺り寄せた。


何も言えない私の腕に、ツヴァイの手が触れる。

細い指が腕に食い込んだけれど、感じた痛みはツヴァイの抱えるものとは比べ物にならない。


抱えたものは誰かに話すべきだ。

特に、子供は話さずに抱え込むことが酷い負担になる。

私は配慮すべきだったのだ。


外に出られず、友達どころか知り合いも作れず、誰にも心の内を打ち明けられない子供のことを。

時間が傷を癒すこともあるだろうが、傷をそのままにすれば化膿する。

一番近くに居て、いつだって助けてもらっていたのに。

私は支えられるばかりで、それに甘んじ続けてしまった。



「ごめんなさい」



ぽつりと零した謝罪は、きっと誰にも届かなかった。

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