第13話

引き籠り始めて数時間。

成長が遅い理由を考えた。


別に、成長速度なんて人それぞれだ。

平均身長なんてデータに過ぎない。

それ以上でもそれ以下でも気にする必要はない。


だけど、ショックなものはショックだ。

小さいと思っていたツヴァイですら100cmを超えている。凡そ30cm程違う。

アインスに至っては、ざっくりと100cm近くの差があるのだから、差があり過ぎる。


どちらも年上だ。

アインスは一回り年が離れているし、成長期かもしれない。

ツヴァイは今から目に見えて大きくなっていく時期だろう。

でも、私もそのはずでは?

すくすく伸びていても良い時期では??


好き嫌いせずに、毎日三食とおやつまでたっぷり食べている。

睡眠もばっちりだ。夜も寝ているが、お昼寝だってしている。

運動は・・・・・・外に出られないので、不足しがちではあるけれど。

掃除は全身を使ってやっているし、室内限定ではあるが歩き回ってもいる。


では、何が足りないのか?


せめて、90cmは欲しかった。

どうして、87cmなのか。

なんで、3cm足りないのか?


いや、90cmで止まったら困るのだけれど。

小さいながらのささやかな目標は、そこなのだ。

本当は100cmは最低でも欲しいけれど、まずは90cmの壁を超えなければ。


原因は何だろうか。

アインスとツヴァイは半分は血が繋がっているから、遺伝?

遺伝だったら、最早どうにもしようがないのでは?


成長はいずれするだろう。

永遠にこのサイズであるはずがない。


だけど、私は早く大きくなりたいのだ。

誰かに手を借りないと何かと不自由するこのサイズから脱したい。

老いては衰えることに悩み、今は伸びない背丈に悩む、伸び悩み。

人生に悩みは尽きないものである。


万策尽きた。

打てる手はほぼ無かった。


うじうじしていても仕方ない。

ストレスは何かと身体に悪い。

さくっと切り替えよう、そういうつもりでいよう。


揃えた膝に埋めていた顔を上げる。


聴覚をシャットダウンしていたが、義兄二人は頻りに私の名を呼び、ノックが絶えない。

返事を待たずに乗り込んでくることはしない、礼儀正しい兄達である。

彼等も悪気があったわけれはない、あったら怒る。


実際、見た目的にも数値的にも小さいのは事実なわけだし。

受け入れたはずだ、この人生を。

人生を受け入れたなら、この事実も抱えて生きていこうではないか。


というわけで、扉を開く。

そこから顔を出すと、予想外に近い距離に深紫と空色があり、扉を閉めた。



「ほら! 兄さんのせいでミル、怒ってるじゃないか!」

「俺のせいか?」

「兄さん以外に誰がいるの?!」

「お前だって、小さい小さい言っていただろう」

「言ってない! 僕は可愛いって言ってるんだ!」

「まあ、可愛いな。小さくて」

「小さいは余計だよ!! ねえ、ミル。兄さんも悪かったって言ってるから」

「俺は悪いなんて一言も言ってな」

「今から、悪かったって、謝るから! ね?」

「・・・・・・わるかったな」



弟から兄への圧が凄い。

どうにも腑に落ちないアインスの棒読みは彼の心を表していた。


悪くはないのに、わざわざ折れてくれているし。

別に私は謝って欲しいとも思っていなかったわけだが。

再度、扉を開いて顔を出した。



「ちゃんと、おおきくなってるよ」



ちょっとだけど。

少なくとも、バスケットに収まっていた頃よりは遥かに大きい。

間違いない。


そう主張すると、ツヴァイはぽかんと口を開けたかと思えば



「うん! すっごく大きくなってる! さっきよりかなり大きくなってるよ!」

「おい、そんなに早く成長するわけが」

「ねえ、兄さん。大きくなってるよね?」

「そうだなおおきくなっているな」



いや、こんな短時間で成長しましたって意味ではないのだけれど。

気を遣ってくれているのだから、それを無碍にすることもない。

ふーっと息を吐いて、私室から出る。

ツヴァイはすぐに私の手を取って、最上級の蕩ける笑顔を浮かべた。


大きくなったんだから、新しく身体に合った服を買おう。

似合う物を見立ててあげる、と分かりやすく機嫌を取られると何だか恥ずかしい。

拗ねた子供みたいな扱いだ。

することはあっても、されたのは数十年ぶり。

中身も子供であれば分からなかったかもしれないが、分かっていると照れくさい。


視線を足元に落とすと、ツヴァイが気遣わしげな声を掛けてくる。

それが居た堪れない。

この子の何倍も何十倍も人生経験があるというのに、情けない。

己の不甲斐なさを痛感する私に



「考えてみたんだが、お前の背丈が伸びない原因は俺の出迎えをしているからじゃないか?」

「でむかえ?」



ピンと来なくて聞き返す。

顔を上げるとアインスは大きく頷いた。



「睡眠と成長は切って離せない関係だ。ミルはいつも俺の出迎えの為に、遅くまで起きているだろう」

「うん」

「そうやって遅くまで起きているから、成長が遅いのかもしれん」



推測の域を出ないが、と付け加えられた。


が、確かにそれもそうだ。

成長ホルモンが出る時間帯、私はアインスが帰ってくるのを待って起きている。

以前よりは幾らか早く帰ってくるのだが、それでも日付を跨ぐような時間に帰ってくることも少なくない。

ツヴァイは定時になると布団に入っているし、私もツヴァイに手を引かれてベッドに入るが、抜け出して待つのだ。


一つ謎が解けた気がしてすっきりした私に対し、これを知ったツヴァイは眉根を寄せ



「ミル、そんなことしてたの?」



不満を隠さない声音に、こっくりと頷く。



「おかえりなさい、したくて」

「でもさ、ちゃんと寝ないと大きくなれないんだよ」



母がよく言っていたことだ。

母は正しかった。


これからはある程度待って帰って来なければ、諦めて眠ろう。

せめて、100cmを超えるまでは。

そう、心に固く誓った。



















ぴっ。

今日もまた、測定をしてもらう。



「87・・・・・・だね」

「・・・・・・ぴったり?」

「うん」

「そう」



三日ほど経ったが、まだ1mmたりとも伸びていない。

ツヴァイの結果は聞かない。落ち込むので。

聞かなくても落ち込んではいるのだけれど。


ふて寝を決め込んで、自分用の肌触りの良いブランケットを持ってきた。

ごろ、とそのまま寝転がろうとすると、ツヴァイが頭の下に枕を置いてくれた。



「ミル、そんなに急がなくても、その内大きくなるよ」

「うん」

「焦らなくて良いんだよ。ゆっくり、ミルのペースでいいんだから」

「うん」

「・・・・・・僕もお昼寝しようかな」

「むりしなくて、いいよ」



ツヴァイはもうそこまで昼寝をしなくても良い年頃になってきた。

勉強が楽しいようで、よく本を読んでいたり、計算や書き取りの練習をしている。

私が小さくて、ツヴァイは兄で妹の面倒をみられる良い子だから、自分のやりたい事を我慢しようとしている。



「ひとりでねられる」

「でも、ミル」

「おなじへや。だから、へいき」

「そう、かな。うん、ミルがそう言うんだったら」



ちらちらと私を気にしながら、ツヴァイが離れていく。

いつまでも一人寝が出来ない子供ではない。

いい加減、ツヴァイが添い寝してくれなくても大丈夫だと証明しておくべきだろう。


瞼を閉じる。

そんなに眠くはないので、眠れるだろうか。






と、目を閉じてからどれだけか。

瞼を開けたら、見知らぬ天井があってぎょっとした。


此処はどこ、私はミル。

今回は自分が誰か分かっているし、身体も痛まないので良かった、のか?


身体を起こすと、ブランケットでなく掛け布団がずり落ちる。

いつものふかふかの布団ではなく、煎餅みたいにぺしゃんこのやつだ。

えらくグレードが下がっているけれど、これは一体・・・・・・。



「あ、ミル。起きた?」

「おにいちゃん、ここ」

「うん。ちょっとね、兄さんが仕事だから此処に居なさいって」

「ここ?」



つまり、どこ?

きょろきょろすると、ツヴァイが困った様に肩を竦める。



「兄さんの知り合い、とかが住んでるところ」

「とか?」



複数形? 不特定多数系?

寝ぼけ眼を擦って、大きな欠伸を一つ。



「にいさんは?」

「もう仕事に行っちゃった。でも、大丈夫だよ。何かあったら、飛んで来てくれるって」

「うん」

「まだ眠いなら、寝ていていいよ」

「でも、あいさつ」

「挨拶はまた後にしよう。ね?」



せっかく起きてきたのに、ベッドに押し返される。

ころりと仰向けになると、ツヴァイはぽんぽんと布団越しに緩くお腹の辺りを叩く。

寝かしつけられなくても、寝られるのですが。


とろとろと閉じていく瞼。

そういえば、アインスはいつ頃迎えに来てくれるのか。

どれぐらいで家に帰れるのか。


起きたら、聞こう。

そう思ったところで、意識が落ちた。













目を覚ます。

身体に掛けられた布団は、眠る前と同じ煎餅布団。

よくよく見るとやや黄ばみなどがあるのだが、これは気にしてはいけないものだろうか。


ぺったんこで重たい布団から抜け出し、改めて今いる場所を見回す。

何だか、凄く懐かしいかんじがする。

端的に言えば、母たちと暮らしていた安賃貸の一室みたいだ。


埃が溜まっていたり、蜘蛛の巣が張っている辺りは、あそこより悪い。

掃除が行き届いていないのと、壁に入った亀裂や汚れ具合から建物自体が古いのかもしれない。

隙間があるとそこから色んなものが入ってきてしまうから。

これは早めに掃除をして衛生状態を改善するべきだろう。


子供が過ごす環境としては不適切だと息を巻いていると



「やあやあ、妹ちゃん。起きたのぉ?」



間延びした声。

視線を向けた先には、よく熟れたさくらんぼの色をした髪。

オレンジの瞳の随分目立つカラーリングの少年が一人。


全く知らない人である。

今生の私の知っている人なんて、片手で足りる程度しかいないわけですが。

それはそれ。これはこれ。



「どちらさまですか?」



まずは名前を聞いてみた。

少年はへらーっと笑う。



「僕ぅ? 僕は、クルクだよぉ。君はミルちゃんでしょぉ、変な名前ぇ」



初対面で大分失礼な人だ。

親御さんはこの子にどのように育てたのか。

これは抗議しても良い。



「あの」

「君ぃ、アインスの妹ちゃんなのに似てないねぇ。弟くんの方のツヴァイくんも似てないしねぇ。弟妹ってこんなに似てないものなのかなぁ」

「あ」

「二人共両親のどちらかに似たのかなぁって思ったけどぉ、ツヴァイくんとミルちゃんも似てないよねぇ? なんでかなぁ? どう思ぅ?」



単語一つ話す間も与えてくれない。

矢継ぎ早に尋ねられ、言いたかった言葉が迷子になって、意味もなく口をぱくぱくとさせてしまった。


分かったのは、目の前の少年がクルクという名前だということだけ。

此処は何処かが分からない。

何らかの事情でアインスが誰かに私とツヴァイを預けたそうだが、この少年がそうなのだろうか?

私が完全に口を閉じたのも気にせず、ぺらぺらと考察をあげる彼は他人の面倒をみられるタイプではなさそうなのだけれど。


呆然と話を聞き流していると、ぱたぱたと騒がしい足音が一つ。

誰だと考える前に、ツヴァイが駆け込んで来て、クルクを睨む。



「クルクさん! ミルはまだ事情が飲み込めてないんです! それに、こんなに小さい子に難しい話をしない!!」

「難しぃ? そうかなぁ? 彼女ちゃんと聞いてるよぉ?」

「聞いてるんじゃなくて、ショックを受けてるんです! ミルは繊細なんです!!」



肩を怒らせながら、私の側に寄って来て抱き締めたツヴァイは大丈夫だよ、と微笑み掛けてくれた。

先程、クルクを睨んでいた時とは全然違う優しい瞳に私のきょとんとした間抜け顔が映る。


喋り足りなそうなクルクを無視して、ツヴァイから一応。

一応は、と一応を強調された上でクルクが私達の一時的な保護者になることを教えられた。


此処はクルクとその家族や仲間が集まって暮らしている場所であること。

アインスは暫く、予定は全く未定なのでいつ頃までかかるか分からない仕事に向かったこと。

私のことをとても心配していたこと。

残念ながら、アインスの仕事次第では家には帰れない。また、引っ越す可能性があること。

私にとっては悲しく辛いことかもしれないが、玩具の類は持ち出せなかったこと。

以上を説明され、大体の疑問は解消された。あと、玩具は別に要らない。


共同生活になるので今までより暮らしの質は下がると言われたが、何となく察している。

というか、クルクの名前と外見でじんわりと思い出した。


クルクは攻略キャラクターだ。

アインスの後輩で、両親は隣国出身だが此の国で生まれ育った。

よく熟れたさくらんぼのような髪とオレンジの瞳、独特の言動が悪目立ちしてスクールで迫害され、本人は気にしていなかったが、様々な実害を負い始めて学業に専念することが難しくなり、自主退学。

頭が良いが変わり者で、知りたがりの喋りたがり。

変わり種的キャラクターで、プレイする上では嫌いではなかったのだけれど。


実際に会って話すとなると、大分印象が変わるものだ。

それに、ゲームプレイ中のクルクはもっと大人で、喋りたがりと言っても相手を選んで喋っていた。

少なくとも、何も分かっていなさそうな、預かった余所の子供に矢継ぎ早に話し掛けるなんてことはなかったはず。



「でさぁ、僕ぅ、もう喋っていぃ?」

「駄目です!」



牽制するツヴァイの腕の中から、クルクを見つめる。

私の視線に気付いたオレンジの瞳が煌めいて、ひらひらと掌を振られた。



「これからぁ、よろしくねぇ」



攻略キャラクターとの初遭遇。

何だか今後が大分、結構不安になってきた。

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