第12話
基盤がしっかりしてくると、生活に馴染んで落ち着く。
物語の開始まで、そう多く選択の局面はないという記憶のせいで、毎日をぼんやり過ごしてしまいそうになる。
若いどころか幼い。
とはいえ、確実に時間は流れている。
ツヴァイとアインスの年の差は8歳。
ツヴァイは現在6歳なので、アインスは14歳。
そして、主人公とツヴァイは3歳程度。アインスは11歳程度の差がある。
程度、というのは主人公の年齢がはっきりしないからだ。
捨てられ、拾われた時点で乳飲み子であったので、大体これぐらいだろうと言われている。
つまり、私は凡そ3歳。
物語開始まで十数年の猶予がある計算になるのだが、いくつかの問題が立ちはだかっている。
ゲームをはじめから始める際、いくつかの選択をすることがある。
プレイヤー名であったり、誕生日はデフォルト。
物によっては、特技だとか簡単な性格診断的なものがある。
このゲームは一番にプレイヤー名を決めて、次に誕生日――これは拾われた日がそれに当たる――を選択。
性格診断が入り、プレイヤーの性格が決まる。
高飛車系、素直系、ネガティブ、ポジティブなどの数パターン。
ライターさんの苦労が滲み出る膨大なテキスト量、内容や主人公の言動がこれによって大きく変わるので、ここはかなり重要だ。
が、私の場合、選択云々が出来ない。
この性格が攻略に有利なので、明日から高飛車になります!
攻略したい相手が素直系が好きなので、素直になります!
そんな風に切り替えられるなら、何も苦労はしない。
そのように演技するのもボロが出そうだし。
プレイしていたというアドバンテージも物忘れのせいで無いに等しい。
覚えている限りの選択肢は絶対に外さない様にしなくては。
話を戻そう。
主人公の設定として選択出来るものが、更にいくつかある。
一つはスクールだ。
世界観として、髪や目の色が濃い人間は魔法が使えるとされている。
現在暮らす、技術発展している側の此の国では濃い色の髪や瞳を持つ人間は隣国の者だと迫害される。
此方のスクールを選んだ場合、主人公の髪と瞳は淡い色になり、ツヴァイは髪を染め瞳の色を変えて一緒にスクールに通うことになる。
物語開始当初は主人公もツヴァイも学生という身分だ。
魔法が発展している隣国を選べば、主人公の髪と瞳は濃い色になり、戦争を避けて亡命した隣国でツヴァイと共にスクールに入学。
物語開始当初は主人公とツヴァイは一般市民(?)という扱い。
スクールに通わない、という選択も可能だ。
何処にも属さず、家族三人でひっそりと隠れ住む。
この場合、主人公は外部の情報に疎く、攻略上かなり不利なルートを辿ることになるのだが、特定のキャラクターを攻略するには避けて通れない道でもある。
この場合、物語開始当初の主人公とツヴァイは一般市民となる。
この選択をすると、隣国に足を踏み入れることが不可能になるのも忘れてはいけない。
大団円を望む場合、隣国に行けなくなる「スクールに通わない」という選択は出来ない。
特定キャラの攻略には必須だが、攻略キャラ全員と出会う為にはどちらかの国でスクールに通う必要が出てくる。
他に出来る選択は属性。
正確に言うと、中盤までに最も親しくなったキャラクターによって主人公は属性が変わる。
最も親しいキャラと相対する属性。もしくは、同属性になるのだ。
敵対することで攻略できるのか。
味方になり協力することで攻略できるのかで相対か、同属性になるかが分かれる。
これもまた重要な要素で、主人公はルート次第で魔法が使えるようになるか。
もしくは特殊な武器を扱えるようになる。
これはどちらの国に行くかというより、どのキャラクターと親しいかが鍵になる。
ちなみに、攻略キャラクターと一定以上親密度が上がらなかった場合。
初期段階の選択会話で、アインスかツヴァイの属性に変化する。
アインスなら風、もしくは長剣。
ツヴァイなら水、もしくは銃だ。
誰ともくっつけなかった可哀想なプレイヤーへの救済措置というか、二人のどちらかの属性に変化した場合は、オプションでアインスなら飛行。ツヴァイなら治癒が使えるようになる。
飛行はマップの障害物や妨害を気にせずに好きな場所へ行ける。
治癒は要所でキャラクターの治療が出来るので、好感度を上げたり、死亡ルート回避にも使える。
このどちらかを習得すれば大団円を目指すのに有利だった気がするが、果たしてどっちだったのか。
セットで習得出来るお得なサービスがあれば良いのだが、二兎追う者は一兎も得ずだ。
これはもう、十年単位の時間をかけて見極めるか。
記憶を振り絞って、思い出すしかない。頑張ろう。
思い出せるのはこの程度。
大筋は覚えているが、細かいところはぼんやりしている。
今後の方針としては、早い段階で全ての攻略キャラクターと顔を合わせることだろう。
こればかりは物語開始まで待つしかない部分もあるが、開始までにある程度の準備が出来ていれば何かと話は早いに違いない。
近い内にスクールの選択には迫られる。
此方の国でスクールに通う場合、私もツヴァイも髪を染めて瞳の色を変えなくては不自由する。
ツヴァイの綺麗な深紫の髪を染めて痛めるのは避けたいところだが、隣国への亡命はアインスに負担がかかる。
ルート次第では、この亡命イベントでアインスが命を落とすことになる。
被害の大小を考えるとこの国でスクールに通っておくのが無難だろうか。
いやいや、此方のルートでも確かアインス死亡確定イベントはあった。
なんということでしょう、どっちもどっちだ。
比率的にどちらがより安全か考えている内に乾燥機が止まったらしい。
両手一杯に衣類を抱えてきたツヴァイに駆け寄って、落とさない分を見極めて手に取る。
にこっと笑ってお礼を言える賢いツヴァイは、てきぱきと洗濯物を畳んでいく。
私はツヴァイほど早く動けないのと、まだ小さいからと簡単なタオルなどを任されている。
乾燥機にかけているだけあって、ふわふわで温かいタオルをきっちり畳む。
適当にやると引き出しに納まらなくなっていくので、こういうことはしっかりしなくては。
「上手に畳めてるね。ミルが手伝ってくれるから、凄く助かるよ」
ツヴァイはにこにことしながら、私よりも早く。
まるでお店で売っているような、とても綺麗な畳み方をするのでお世辞なんだなぁとやや凹む。
ゲームの記憶は曖昧だが、家事をこなしてきた年月はツヴァイの倍では利かないのに。
あの頃とは身体の大きさが違うので、どうしても勝手が違うのだ。
「おにいちゃんほどじゃないよ」
「お兄ちゃんは年上だから。ミルと同じくらいの時は、全然出来なかったよ? ミルはもうこんなにお手伝いが出来て、凄いね」
二歳程度しか変わらないので、同じくらいの時というのも何だかおかしいかんじなのだが。
褒め上手な兄は、畳み終わった衣類を分別し始める。
アインス、ツヴァイ、私。あとは共用のもの。
ささっと分けてしまうと、アインスの分を彼の部屋に運ぶ。
新居に移った際、部屋は完全に分けてある。
私は小さいから、とほぼ毎日ツヴァイの部屋でツヴァイと一緒に寝ているのだが、一応私室はもらっている。
畳んでもらった自分の衣類を運ぼうとすると、すぐに戻ってきたツヴァイが扉を開けてくれる。
よたよたと室内に私が入り、後から入ってきたツヴァイが開けてくれた収納ケースに衣類を詰めた。
ふぅ、と一息吐くと「おやつにしよう」と声を掛けられ、頷く。
今日はプリンだ。
私はまだ踏み台を使っても大容量の冷蔵庫の上段の方に手が届かないので、ツヴァイがプリンを取り、私が受け取って食卓まで運ぶ。
それを二往復分してから、今度はスプーンとコップを取ってもらい、これもまた私が運ぶ。
最後に、ツヴァイがジュースを抱えて来て、二人分のコップに注いでくれる。
いただきます、と手を合わせる習慣がこの世界にはないので、不自然にならないようこっそりと一人で済ませ、プリンのパッケージと向き合う。
流石にこれくらいなら頑張れば自分で開けられるのだが、ツヴァイはさっと私の分を開けてくれた。
「はい」
「ありがとう、おにいちゃん」
「どういたしまして」
黙々とスプーンでプリンをすくい、口に運ぶ。
もう口の周りに食べかすをつけてしまうことも、食べる度に食卓に物を零すこともほぼ無くなった。
ハンドタオルを準備してくれているツヴァイに、それはもう必要ないとは言えないので、分かってもらえるまで綺麗に食べられるところを見ていてもらおう。
身体が小さいと、前世で小さく思えたものも大きく見える。
いま口にしているプリンも、結構たっぷりに感じて、ジュースを飲むとお腹がちょっとぽこっと膨らんでいた。
「ミル、おかわりは?」
「ううん」
「そう? じゃあ、しまっちゃうね」
おかわりを断ると、ツヴァイはすぐにジュースを冷蔵庫に戻し、踏み台を利用して食器をシンクに運び、水に浸ける。
洗い物をするには、もう少し背丈が必要なので、現状の食器洗い係はアインスだ。
そのアインスも時間の節約だと、食器の洗浄と乾燥が出来る機械を購入し、日常的に使用している。
掃除は朝の内に済ませているので、あとはアインスが帰ってくるまで自由時間。
アインスが早く帰ってくれば、時と場合によっては外に連れ出してももらえるが、なかなかその機械は巡って来ない。
快適な室温を保たれた家の中は、実に過ごしやすい。
ツヴァイが本を開いたタイミングで、私も絵本を広げる。
玩具で遊ぶのは精神が摩耗してしまう。
ツヴァイが一緒に玩具で遊ぼうと言ってくる子供でなくて良かった。
二人して読書に勤しみ、日によってはツヴァイは文字を書く練習をする。
私はそれを眺めているか。考え事をする為に、パズルを引っ張り出す。
玩具の量は以前より増えていて、パズルは前より難易度は上がっている。
けれど、ピース数はやはり多くないので、何度かやってしまうと考え事のお供になった。
もう少しばかり成長すれば、出来ることも増えるのだけれど。
前に出来ていたことが出来ないというのは、なかなか辛いものである。
こうして今日もまた、特別に進展はないが穏やかな日が過ぎていく。
「その服、丈が足りていないんじゃないか?」
「うん?」
「あ、ほんとだ。ミル、結構大きくなったからね」
「・・・・・・おおきくなった」
言われてみれば、着ている服の丈が短く感じるような。
ぐっと生地を伸ばしていると、アインスがやおら立ち上がると小さな機械を片手に取り、私を壁際まで誘導する。
真っ直ぐに立っているようにと指示され、背筋を伸ばして立つ。
ぴ、と音が鳴って、手元を覗いたアインスは「87・・・・・・ぴったりか」と呟いた。
87・・・・・・87?
もしや、それは私の身長なのだろうか。
「平均より小さいな」
「兄さん! ミル、気にしなくていいよ。これから、きっともっと大きくなるから」
「ツヴァイもついでに測ってやろう」
「ちゃんとフォローしてあげなよ、兄さんってば!」
「114.5。こんなものだろうな」
「そういう兄さんはどうなの」
「170とちょっとだ。まだ伸びるぞ」
「うわー、僕もそれぐらい大きくなるかな」
「なるんじゃないか?」
仲が良いことは良いことだ。
だが、私の背丈が伸びないというのは由々しき事態だ。
100cmはないと分かっていた。何となく察していた。
しかし、90cmを切るとは如何なることか。
ちゃんと食べているし、たっぷり眠っているのに、何故。
ゲームのパッケージで攻略キャラクターに囲まれている主人公の身長を小さいとは思わなかったということは、これから伸びるのか?
それにしても、
「はちじゅー・・・・・・なな」
ショックだ。
己の身の小ささを数値にされるのが、こんなに悲しくなる日が来るとは。
服の生地を伸ばしていた手を離し、とぼとぼと私室の前に行く。
扉を開けるのも一苦労するはずだ。
だって、87cm。ドアノブは私の頭上にある。
がちゃっとノブを回すと、背中に呼び止める声が掛かった気がする。
でも、振り返るだけの余裕がなく、そのまま扉を閉めた。
「兄さんが小さいなんて言うから!!」
「小さいのは事実だろう? 嘘は言っていない」
「でも、こういう時は前より大きくなったって言うでしょ、普通」
「どういう定義での普通なんだ、それは。今回初めて測定したから、以前からどの程度伸びたかなんて分からないだろう」
「分からなくてもいいんだよ! ミル、小さいの気にしてるんだから!」
「気にするも何も、小さいだろう」
「小さいけど! ちょっとは大きくなってるよ!」
「大きくなっている気がしたが、思ったほどもなかった」
もう暫く、出ないでいよう。
膝を抱えて、そこに顔を埋めた。
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