第7話

世界から争いは絶えない。

規模の大きさを考えなければ、それこそ毎日どこかで誰かと誰かが争っている。


父は争いを無くしたいと願っていた。

平和な世の中で誰もが笑って暮らしていて欲しいと。

それは崇高な願いであり、他人の為にそのように願える父が誇らしかった。



「アインス、お前は優しい子になりなさい」



事ある毎に、父は俺にそう言った。

優しい、出来のいい良い子であれと。


父が望むなら、そうなろうとした。

父は努力の人で、力を尽くしてこの国を発展させ、誰よりも強い力を有している。

表向きは違う人間がトップに立っているように見せているが、実際はただのお飾り。

父が居なければ、この国の営みは潰えるだろう。


誰よりも優しく、誰よりも強い父。

その血を引く俺は父の期待に応えられるはずだと、父はいつも俺を励ましてくれた。

応えれば応えるほど、父は俺に期待をかけてくれる。

俺を見てくれる。


頑張ろう、もっともっと。

父が望む俺になろう。

優しく強く完璧な、出来た子供で居よう。

俺はがむしゃらに強くなった、賢くなった。

でも、優しさだけはいまいち分からなかった。


優しいとされる人間は甘い。

甘さ故に付け込まれ、成果を残せない。

成果を残せないと、認めてもらえない。

だったら、甘さは必要ない。

必要はないのだが、父は俺に優しくあれと言った。

理解する努力が求められていた。


俺の母は大層優しい人だったらしい。

優しい母と優しい父の間に生まれた俺が優しくないのは、おかしい。

性格が遺伝するかどうかの問題ではなく、そうでなければいけないのだ。


スクールに通い出す頃になると、少しずつ焦りを覚えた。

このままでは、俺は優しさがどういうものかが理解出来ないのではないだろうか。

そうなると父の期待を裏切ってしまう。

それは許されないことだった。


仕方なく、俺は教えを乞うことに決めた。

相手は誰でも良かったが、なるべく切り捨てやすそうな人間を選ぶつもりでいた。

そして、見つけたのは深紫の髪を持つ女。

お人好しそうな女は父の下で働く末端の末端辺りの人間だった。


優しさとは何か。

そう問うと、女は戸惑いも露わに瞳を揺らした。



「優しさ、とは・・・・・・ですか?」

「そうだ。優しさの定義はあまりに曖昧だが、何をどのようにすれば優しいと評される人間になれる?」

「ええと、他人に親切になさるとか」

「親切とは?」

「重い荷物を持ってあげるとか」

「誰の荷物だ」

「誰って・・・・・・困っている人のです」

「困るほどの荷物を持つような状況に陥る人間の為に、俺が時間と労力を費やせば親切とされ、優しい人間になるのか?」

「えぇ~、そう申されましても」

「なんだ、はっきりしないな」



人選を誤ったような気がしたが、一応きちんと答える努力はしているようなので、すぐに切り捨てることはしなかった。

あまりに間抜けな質問なので、絶対口外しないようにと念押しをして、必ず解答するようにと釘を刺した。


後日、女は見るからに困った顔で



「一晩考えたのですが、アインス様が考える優しい方は誰ですか?」

「父だ」



考える余地もない当然のこと。

即答すれば、女は目を丸くしてから微笑んだ。



「では、アインス様はお父様がお優しいと、どのような時に感じますか?」

「俺なら出来ると認めてくれる、俺に期待をしてくれる時だ」

「ならば、アインス様も周りに対して、お父様のように振る舞えば自然と優しくなれるのではないでしょうか?」

「父のように・・・・・・なるほどな」



一考の余地がある。

頷いて見せると、女は胸を撫で下ろした。



「ご満足頂けましたか? そうであるなら、私はお役御免で」

「待て。お前にはまだ仕事がある」

「え、えぇ~」

「不服なのか?」

「っいえ、滅相も御座いませんけれど」

「なら、暫く付き合え。俺が父のように振る舞えているか、しっかり見ていろ」



それから、身の回りの世話を女に任せ、暫く側に置いた。

とろそうだが、女はまあ、凄く出来るわけではないが最低限の仕事は出来る奴だった。

父の子供だからと擦り寄ってくる女達と違って、公私を分けているのも評価出来る。

側に置いて不愉快に思わない人材は少ない。

元々は何処の部署に居たのかと聞けば、目を泳がせながら



「私、元々はアインス様のお母様の侍女のようなものをしておりまして」

「は? お前が?」

「ええ、はい」



疑いを込めた目で見つめれば、観念したように女は肩を落とした。



「アインス様は私の髪の色を見て、どう思いますか?」

「紫だな」

「ええ、そうです。濃い紫でしょう?」

「そうだな。それが?」

「アインス様はご存知ないかもしれませんが、隣国では私のように濃い色の髪を生まれ持つ者が少なくないのです」

「隣国? あの、機械も医術も出遅れている国か?」

「酷い差別です。医療技術はそれなりに進んでいますし、機械の代わりに魔法が発展しているんですよ?」



魔法。絵本の中に出てくるような空想。

真顔で言って退けるとは、と一歩後退ると女は膨れ面を見せた。



「疑ってますね? ならば、証拠をお見せ致します」

「魔法を使えると? いいか、俺はマジックや詐欺なんかに騙されない」

「ええ、ええ。そうでしょうとも。でも、これは本物の魔法ですから」



女の指が垂直に持ち上げられる。

それと同時に目の前に水の柱が噴出した。


パイプかホースからの漏水か何かか。

噴出元を確かめようとしたが、そこに水が噴き出すようなものは存在しない。

では、目の錯覚か。

半信半疑で水の柱に腕を突っ込んだら、全身水浸しになった。



「何をやっていらっしゃるんですか、アインス様!?」

「うるさい! お前が魔法が使えるのは分かった! 認める! さっさと乾かせ!」

「もう、そんなに便利なものじゃないんですよ。私は水の魔法は得意ですけど、その分相対する火や熱関係の魔法は苦手なんです」

「苦手なら克服しろ! 努力もしない内から苦手などと言うな!」

「えぇ~、そんなスパルタなことを申されましても」

「いいから、どうにかしろ! 風邪を引いたらどうする!」

「分かりました。やってみますけど、失敗しても怒らないで下さいね」



ぱっと水の柱が消えて、今度は俺の周りから火の輪が迫ってくる。



「俺を殺す気か!?」

「違います! 服を乾かそうとしてるんです!」

「火が苦手なら風を使えば良いだろう!」

「風も苦手で」

「お前・・・・・・ああ、もういい。分かった、理解した」



諦めて、炙られる。

わけにもいかないので、魔法を消すように指示する。

苦手というだけあって、水の柱を消した時の倍以上の時間をかけて火の輪を消した女は、眉尻を情けないくらい下げた。



「えっとですね。つまり、私とアインス様のお母様は隣国の生まれでして」

「ほお?」



袖口の水気を絞りながら話を聞くと、女と母は幼馴染という関係らしい。

母は隣国の貴族、女はその家に代々仕える家系。

俺が生まれるずっと前は、隣国との関係はそう悪くはなく、今では考えられないが留学生の受け入れもしていた。

母と女は留学生としてこの国を訪れ、当時学生だった父が母を見初め、結婚。

そのまま、この国で暮らすことになった。


女は母の従者として働いていたが、母が亡くなってからは仕事らしい仕事が貰えなかった。

母が亡くなる前後から、隣国との関係性は急速に悪化し、隣国に帰ることも出来なければ、隣国への偏見や嫌悪感を持つ者達の中で働くことも難しい。

女を迎えに隣国から女の父が来たのは、国交断絶の直前。


この国ではツテも何もない二人は困窮していたのだが、そこを救ったのが父だった。


女には亡くなった母との思い出話などをすることで衣食住を保障し、その父は癒しの魔法が使えるというので、それを存分に生かせる仕事を与えたそうだ。

なんとも父らしい善行で、鼻が高い。

気分良く話を聞いていたのだが、女の顔は晴れやかには程遠かった。



「なんだ? 父の温情に何か不満でもあるのか?」

「いえ、勿論感謝していますよ。ただ、このままで良いのかと思っています」

「このままとは?」



困った顔を見ているのは、面白くない。

何なんだと問い詰めれば、曖昧な笑みで



「エルバ様・・・・・・アインス様のお母様に申し訳がなくて」

「申し訳ない? 何がだ?」

「温情を賜るのが、ですかね」

「ふん、別に気にする必要はないだろう。父は優しい方だ。厚意は快く受け取れば良い」

「・・・・・・ふふふ」

「なんだ? 何を笑っている?」

「アインス様はお優しいですよ、今でも十分に」

「は?」



くすくすと肩を揺らして笑う女の目尻に光るものがあった。

それはきっと水の柱の粒だろう。

ぽろぽろと零れていく水の粒から目を逸らした。



「お前、名前は?」

「はい?」

「名前だ。お前の名前を今まで聞いていない」

「ああ、それは失礼致しました。私は」













「ティオが消えた?」



名前を聞いて、数か月後のことだ。

母・エルバの従者であった女・ティオが姿を消した。

父親であるフェムも同時に姿が見えなくなった。


何かあったのか。

側に置くようになってから、給与はそれなりに出していたはずだ。

勤務内容も無理をさせた覚えはないし、何らかの嫌がらせを受けていないかも気に掛けていたつもりだ。

なのに、何故。


理由が分からず呆然としながら、住居の敷地内を当所なく歩き回った。

そこで、聞こえてきた噂は耳障りな、ティオの人格を貶めるような酷いもので吐き気がした。

俺が側に置いていたのだ、あれは出来た人材だ。

馬鹿馬鹿しいと、そんなわけがないと。

でも、ほんの少しだけ揺らいだ。


俺はティオを他の人間よりは信じている。

それ以上に、何よりも父を信じている。

だから、確認のつもりだった。



「父さん」

「おや、アインス。どうかしたのか?」



執務の合間。

短い休憩時間を狙っていくと、父は快く俺を迎え入れてくれた。


いつも通りの柔和な笑顔。

いつも通りの優しい声音。

いつも通りの俺の父。


そんなわけがないと笑って欲しくて。

そうでなければ、そんな馬鹿な話を信じたのかと叱って欲しくて。



「・・・・・・ティオを愛人にしていたって、本当ですか?」



口に出したら、一気に血の気が凍ったように感じた。

手足が冷たくなって、背中にぞわぞわと悪寒が走る。

歯の根が合わなくなり、かちかちと耳障りな音がした。


嘘だと言って。

そんなわけないと。


父は優しい人だ。

そして、家族想いで母を誰より愛している。

だから、だから、だから。



「そうだな。援助の条件の一つとして、そういう関係を結んでいた」



いつも通りの柔和な笑顔。

いつも通りの優しい声音。

いつも通りの父を前にして、足元ががらがらと崩れ落ちていく感覚に陥った。



「援助の、条件?」

「あの女性は生活が困窮していたのでね、私の話し相手として。そして、私の子を産んでもらう予定だったのだが」

「子を産んでもらうって・・・・・・」

「アインス、お前は賢いから分かるね? 父さんは味方も多いが、敵も居ないわけじゃない。父さんも危険だが、父さんの血を引くお前だって、今まで何度も危ない目に遭って来ただろう?」



数度では足りない。

表に出れば誘拐されかけ、道を歩けば襲撃される。

父の理想について来られない人間の逆恨み。

俺はずっとそう聞いて育った。



「万が一、お前が亡くなったら・・・・・・ああ、悲しくて辛くて考えたくもないけれど、もしも、ということがある。世の中に絶対なんてものはないのだから」



分かるね? と言われれば、はい以外の答えが見つからない。

父は俺に歩み寄って、分厚い掌で肩を掴んだ。



「私の跡を継ぐ者が必要なんだよ。ただの跡取りではいけない、優秀な跡取りだ。勿論、アインス。お前以上の優秀な跡取りは何処へ行っても見つからないだろう。でもね、スペアは必要だと思わないかい?」

「スペア?」

「そうだ。お前に何かあった時、代わりになる者が必要なんだ。このご時世だからね、ちょっと変わった力を持っている方が生き残りやすい」



例えば、魔法。

そう言って、父は俺の髪を撫でた。



「エルバはそれはそれは美しい碧色の髪と瞳を持っていてね、風の魔法が得意だったんだ。よく私を空へ連れて行ってくれた・・・・・・懐かしいな。お前は私によく似ているから、きっと魔法は使えないだろうね」

「父さん、それは」

「空が飛べたら、とても良いと思わないかい? 高く高く、誰にも見えないくらい高く飛べば、どんな場所へだって、どこだって行ける」

「父さん」

「でも、出来ないものは仕方ない。こればかりは天性のものだから、努力ではどうしようもない。それで、なんだったかな? ああ、そうだ。ティオは水の魔法が得意で、他にもあの子の父親以上に治癒魔法が得意なんだよ」

「父さんっ」

「怪我をしてもすぐに治せる。これはとても凄いことだよ。怪我をして動けなくなるなんてことがないから、どんなに危険なことにもチャレンジ出来る。そんな子供が出来たら、とても素敵だと思わないかい?」

「父さん、もうやめてくれ! 父さんは優しい人だ! 俺はちゃんと分かってる!」

「そうだね、アインス。お前は賢いから、よく分かっている」



ぐっと、痛い程に肩に指が食い込んでいく。

父は笑っていた。



「お前は優しい子になりなさい。私のことをよく分かる、優しい子になりなさい」



ずっと、笑っていた。













父に逆らうことは出来ない。

父は優しいが、恐ろしい人だと理解した。

期待に応え続けられなければ、俺は切って捨てられる。

俺は父が期待してきた能力を持たずに生まれてきたから、死ぬ気で応えなければ殺される。


スペアはきっとたくさん居るのだろう。

俺は一番目の子供だから。

能力こそなかったが、総合的に優れた成績を出しているから生かされている。

少しでも背き、期待から外れればスペアが俺の代わりになる。


父は泣いてくれるだろう。

でも、涙が乾けばいつも通りに笑顔を浮かべているだろうと予想出来た。


俺は死にもの狂いで父の期待に応える。

応えたら次の期待を掛けられ、応えればまた次。

出来なければどうなるかと考えると、常に首を絞められている心地になった。


母も、そしてティオも。

同じように追い詰められていたのではないかと考える。

きっとそうだと、心の中から同意の声が響いた。


やらなければ、殺らなければ。

スクールで級友達が泥まみれになって遊ぶ間、俺は血に塗れていた。

鼻につく臭いで胃の中身を吐き出すこともしょっちゅうだ。


死にたくない、生きていたい。

でも、生きているのはとても苦しい。

父は俺を認めてくれている、今はまだ。


父が直接手を下すことはないだろう。

父は綺麗な手で自分の子供の死体を抱き締めて泣くことが出来る人だ。


怖くて仕方ない。

俺は父の子だ。

このまま生きていれば、父の跡を継ぐ。

それしか生き延びる術がない。


そうしたら、俺は父のような大人になるのだろうか?

父のように、能力で女性を選び、子を産ませるような大人に?


吐き気がした。

吐き出した。


嫌だと身体と心が拒絶する。

俺は俺のままでいたい。

ティオが優しいと言ってくれた俺のままで生きていたい。


俺は父の期待に応えると同時に、ティオを探した。

会いたかった。会って、ほんの少しで良いから今の俺を見て欲しかった。

もう一度だけ、たった一度で良いから、あの笑顔を見たかった。


そうして、俺は数年かけてティオらしき人物の住む場所を特定した。

会えるかどうかは分からない。

それでも、足は止まらなかった。


あと少し。

もう何軒か先で目的地に着く。

そんな時。



「アインス様・・・・・・」

「ティオっ」

「どうして」

「探していた、良かった。元気そうで」



肩の力が抜けた。

最後に会った時より痩せているように見えたが、病的とまではいかない。


生活が苦しいのか。

だったら、援助出来る。


俺は仕事を始めた。

人に言えるような内容でないものも多いが、金はある。

今の俺なら、ティオを助けられる。

勿論、ティオの父も一緒にだ。


父のように交換条件なんて出さない。

母の幼馴染だったんだ、困っている時に助けるのは当然じゃないか。


どう話をしよう。

どうやって切り出そう。

それよりなにより、再会出来た喜びが勝った。


俺はこんなにも会いたかったのか。

自分でも驚くほどの感情の昂りに、苦笑してから口を開きかけ



「どうして、見逃して下さらないんですかっ!!!」



雨が降っていた。

降りしきる雨が、ティオの手元に集まり槍のような形状になり、次第に凍り付いていく。

氷の槍を両手で握り締め、ティオは見たこともないような恐ろしい形相で俺を睨み付けた。



「私から国を、家を、エルバ様まで奪って! まだ足りないんですか!? どうして? もう私には父さん達しか居ないのに、なんで!!!?」

「待て。待ってくれ」

「もうたくさんよ! こんな逃げ隠れして息を殺して生きるのは! 私が一体何をしたの? 魔法が使える、それだけで! どうして!!!」

「落ち着いてくれ、ティオ。なんのことだ、分からない。教えてくれ」

「うるさい! あの男の子供の癖に! あの男と同じ顔で! 同じように私を嬲る! 許さない!!!」

「は、あ?」



俺が父と同じ?

よりにもよって、お前がそんなことを言うのか?


お前は言ったじゃないか。

父のように振る舞えば優しくなれると。

そうしなくても、俺は優しいと言ってくれたじゃないか。


なのに。


無意識に使い慣れた長剣に手が伸びる。

武器の扱いに慣れていない、素人丸出しのティオが氷の槍を突き出すより早く、長剣の刃がティオの身体を切り裂いた。


老人の絶叫が轟く。

地面に倒れ伏したティオに縋るように魔法を使おうとしている。

ああ、こいつも魔法が使えるんだった。


俺は、使えないのに。


ゆっくりと歩み寄ると、憎しみと怒りで赤黒く顔を染めた老人が声にならない雄叫びを上げる。

水が弾丸のように俺に向かって来て、当たる、と防御体勢を取って数瞬。

いつまでもやって来ない痛みを不審に思って、状況を確認した。


風が盾のように俺の周りを覆っている。



「貴様っ! 貴様はっ! どこまでエルバ様を! くそっ! くそぅっ!!!」



老人が捨て身の勢いで向かって来た。

長剣を振るうことなく、老人は風の盾に切り刻まれて、絶命した。


母は、風の魔法が得意だった。

思い出して、頭が割れそうに痛んだ。


欲しくなかった、こんな力。

今更、今になって、こんなもの。


膝をつきそうになったところで、小さな足音が二つ。



「ママ! おじいちゃん!?」



子供だった。

小さい、俺の腰まであるかどうかという背丈の子供。

その子供よりも、もっと小さい。やっと歩けるようになったという見た目の子供。


片方はティオによく似た男の子供。

もう片方は真っ黒な髪と瞳の女の子供。


固く手を繋いだ二人の子供は、どちらも目を丸くした。

男の子供はティオによく似た顔で、整った顔を怒りで歪めた。

女の子供はまるで状況が分かっていないような顔で、きょとんとしている。



「子供が、居たのか」



掠れた声が漏れた。


生かしておくのは面倒が多い。

意図したわけではない、自己防衛だったと主張する際に、こいつらは邪魔だ。

ティオと老人。子供二人を交互に見遣る。


いっそ、一緒に逝かしてやるのが優しさだろうか?


そう瞬時に判断した自分に、ぞっとした。

こんなにも簡単に人を切り捨てる。

命を数としか考えられない。

そんな風になりたくないと強く願っていたにも関わらず、これだ。


酷く頭が痛む。

早く休みたかった。



「来い。人に見られるとまずい」



手を差し伸べたが、男の子供は激しく拒絶する。

ティオに似た顔で、俺を拒絶しながら、遺体に近寄ろうとする。


もしや、こいつ等も魔法が使えるのではないか?

濃い色の髪と瞳を持つ者ほど、強い魔法が使えるとティオは言っていたじゃないか。

万が一にも、ティオや老人を生き返らせるような魔法が使えるとしたら、まずい。


男の子供の喉元に長剣の切っ先を突き付ける。

流石にまずいと分かっているらしい。

雨か涙か分からない、濡れた顔は歪んでいた。

頭が痛い。こんなに痛むのだから、もういいのではないか。


お互いの為だ。

一突きで終わる。


ぐっと力を込めようとした瞬間、



「まま、じいじ」



不思議そうな響きだった。

どうして応えてくれないのかというような、切ない呼び掛け。


一度。そう呼び掛けて、女の子供は口を噤む。

何かを察したように此方を見上げる瞳は澄んだ黒。

その瞳に映り込んだ俺は酷い顔をしていて、喉元に突き付けていた切っ先がぶれた。


あ、と思った時には子供は二人共こちらに背を向けていた。

必死で逃げようとしているのだろうが、その足はあまりに遅い。

柄で打てば、男の子供は昏倒した。

しっかり繋がれていた手が離れ、女の子供だけが自分の足で立っていた。



「おにいちゃん」



さっき聞いた時よりも細く、消え入りそうな声だった。

小さな身体、大きな頭、細い手足。

あまりにも頼りない幼子に、気付くと声を掛けていた。


男の子供は死んでいない。

殺されたくなかったら、ついて来いと。


口に出してから、こんなに小さな子供に分かるはずがないかと思ったが、女の子供はしっかりと俺の顔を見ていた。

その瞳には理解の色が浮かんでいる気がして、手早く遺体の処理と当分子供二人を匿える場所、移動手段を確保する。

ちら、と女の子供の様子を肩越しに視線を向ければ、男の子供の息があるかの確認していた。


この年頃で随分と聡明だ。

この子供は状況を理解し、俺を煩わせることはないだろうと、妙な確信を抱いた。


先程、拒絶されたばかりでどうなるかと思ったが、手を差しだせば女の子供は俺の手に小さな掌を重ねる。

握り潰してしまいそうな、小さくて熱い子供の手。

ぼんやりとしている子供は自分で動く様子がなく、壊してしまわないように。

だが、放してしまわないように十分に気を付けて、その手を掴む。



「あ」

「なんだ」

「まま、じいじ」

「・・・・・・行くぞ」



手を引けば素直について来るが、子供は何度もティオと老人の方を振り返る。

そのせいで足はもたつき、今にも泣き出しそうだが子供のあやし方なんて知らない。



「泣くな」



無茶を承知で言えば、ぐっと堪えているのが分かった。

女の子供は黙ってついて来たし、車に乗る時は背丈が小さすぎて苦労していたが、少し手を貸せば大人しくシートに座っていた。


車が動き出し、気まずい雰囲気が流れる。

この年頃の子供に何を話せば良いか分からず、一先ず名前を聞く。



「ミル」



それだけ名乗って、口を閉ざした女の子供。ミルの瞼が閉じていく。

疲れたのだろう、無理もない。

ころりと小さな身体がシートに転がり、ずりずりと這うように男の子供に寄り添う。


小さな子供が二人寄り添う姿に、胸が変な痛みを覚える。



「すまなかった」



謝れば済む話ではない。

それでも謝らずにはいられない。


自己防衛だった。

だが、殺さずにいることだって出来たはずだった。



「すまなかった」



どうしようもなく、俺は自分勝手な子供だった。













ティオによく似た男の子供、ツヴァイは死んでしまった。

肉体は死んでいないが、心が死んでしまったようで濁った瞳をどこともつかない方へ向けている。


ミルの方はティオと老人が死んだことを理解しているのか、いないのか。

二人の面倒と家の事を任せている家政婦いわく、一人で大人しく遊んでいるらしい。

なかなかに利口で、自分で出来ることは自主的に行うのだとも聞く。


一方、ツヴァイは一定の時間になると決まったように動くのが不気味なのだとか。

顔立ちが整っている分、等身大の人形のように見えるそうだ。

言われてみればそうなのかもしれないが、ツヴァイをそのように壊したのは俺だ。

どうにかしてやりたいが、医者に診せれば足がつく。

時間が解決してくれないものかと仕事に勤しみ、寝る為だけに戻る家で表向きは妹ということになったミルに出迎えられる。


小さな子供が起きているような時間ではないのに、いつもソファの上でうつらうつらしているか。

そうでなければ、完全に寝落ちているミルは俺に気付くと瞼を擦りながら言うのだ。



「おかえりなさい」



その為だけに、起きているらしい。

基本的に眠気には勝てないようで、おやすみなさいと口にしながら、危うい足取りでベッドルームに戻っていく。

そんな夜を何度か繰り返して、少しばかり話をする機会も出来た。


話す内容はツヴァイのことか、今日の献立。

ミルは話をするというより、単語を繋げているというような話し方をする。

要点だけはきちんと話しているので、何とか分かるが分かり辛い時も多い。

返事は短く、喋るのも億劫な時は頷くか。首を横に振る。

大人しいを通り越して、無口なのではないか。


ツヴァイはあの調子だが、これくらい小さいと自分本位に騒ぐものだと聞くが、ミルは騒ぐどころか大きな声を出すこともない。

この子供も何かしらの傷を負ってしまったのかと心配になるが、献立の話をする時だけは少しだけ元気に「おいしかった」と言うので、もしかしたら素なのかもしれない。


何度か話をして、何となく。

そう、何となく大きな頭に掌を乗せた。


あんなことがあったので嫌がる可能性も浮かんでいたが、ミルは不思議そうに此方を見上げる。

くしゃくしゃと頭を撫でてみても、じっとしていた。

大人しいので、もう少し撫でた。逃げる素振りもなかった。

わしわしと撫でていると、細い髪が爆発したようになってしまって、ばれないように手櫛で急いで梳かす。

その間もミルは足をぷらぷらさせるだけだった。


その頃からだろうか。

ミルは俺の目を見て、俺を呼ぶ。



「おにいちゃん、おかえりなさい」



俺はミルの家族ではない。

兄でも勿論ない。

だが



「・・・・・・ああ、ただいま」



そう応えることを、誰かに許して欲しかった。

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