第15話 障壁

「あら、佐藤くん。奇遇ね。」


「ほんとですね。お疲れ様です。」


俺の教室の前で待ってたくせに何をいっているんだこの人は。


「それじゃあ、今日も急いでるんで。」


まぁ、先輩ちょろいし、適当な理由で誤魔化せるだろと思っていた。


「それはストーカーの件と関係があるのかしら?」


なぜか先輩は「あなたのことなんて、全てお見通しよ」と言わんばかりのドヤ顔を決めている。


いや確かにそれは間違っちゃいない。しかし先輩のことだ。どうせ奇妙な推理で行き着いた結果がたまたま正解だっただけだろう。


「いや、そんなことないですよ。最近バイト始めたんです。」


平気な顔をして大嘘をつく。先輩のことだから騙されるだろう。


「それじゃあ、お先に、、、」


「嘘つき。」


頂きました!嘘つき!!!ほんとに流行ってるんですかこれ。めちゃくちゃ怖いのでやめてください。


「あはは。」


先輩の威圧によって愛想笑いを浮かべるしかない俺がいた。黒く長い髪が全ての光を吸収しているように見えた。


「私には相談するって言ってたのに。あれから連絡くれないし。」


いや確かにデートしてから特に接触はなかったけど、あなたが会いに来なければ俺からは何もできないからね。ケータイ番号もメアドもなんならクラスさえも知らないからね。あなたがなぜか避けてたんですからね。でも可愛く言ってますね。かわいいですね。許します。


「ごめんなさい。それでは失礼します。」


なぜか謝って力技で去ろうとすると、去り際に裾を先輩にキュッと掴まれた。当然大した力ではないから振り解くことは容易いのだが、この「裾キュッ」には可愛さの二乗だけ体を動かせなくさせる魔力があるのだ。


魔力なんだからしょうがない。いまの俺には当然抗えない。だって俺は異世界転生してないし。魔力とか感じたことないし。だから俺が先輩から逃げないのは普通のことなんだ。社会が悪いんだ。


「一緒に帰りたいの。」


先輩と目が合う。


「もちろんです。帰りましょう。一緒に。」


俺はダメな奴だ。


二人で下駄箱へ向かい、靴を変える。今日はすでに下駄箱の中身が片付いていた。今朝はいつものように愛に溺れたお弁当箱が入っていた。


チャリを押して、先輩と並んで歩く。日がもう長いので街はまだ明るい。しばらく無言だったが先輩が沈黙に終止符を打った。


「なぜ私を避けていたのかしら。」


ここは答えておくか。


「別に先輩のことが嫌いになったからとかじゃないんです。この前、デートした相手の顔が黒く塗りつぶされた写真が下駄箱に入っていたんですよ。それで極力女性との接触は避けようとしてたんです。」


「良かった。そうなのね。少し誤解してたわ。」


先輩は安堵の表情を浮かべている。


「誤解させてすいませんでした。そういうことなので、しばらくは僕のこと忘れててください。」


「どうしてそうなるのかしら。」


一変して不穏な空気が流れる。


「逆にまた私とデートするべきよ。ついに犯人が炙り出せそうだわ。」


先輩の強気な発言にどう答えたらいいか考えていると、重ねて攻撃された。


「というか、佐藤くん。あなた私以外の女と遊んでいるのね。私を放置して。そちらの方に腹が立っているわ。」


「あ、はい。」


「私との関係は遊びだったってわけね。」


「はい。」


そりゃそうだ。ストーカー対策とか言ってたが、完全にただ二人で楽しく遊んだだけだ。


「ひどいわ。佐藤くん。ひどいわ。もう一度言うわ。ひどいわ、佐藤くん。私を弄んだのね。」


先輩は自分の体を抱きながら言った。めんどくさくなる答え方をしてしまったようだ。


「いや、そんなことはないですよ。」


しょうがないので、俺は否定した。


「先輩も大切な人ですよ。」


学内では数少ない俺と話してくれる人間だからな。


「ふーん。そうなんだー。」


ポーカーフェイスを努めているが、先輩は明らかに嬉しそうにしている。


「それならまた、私と遊びに行けるわね?」


期待に溢れた声で訊かれる。


「いや、それは無理です。先輩が危ないです。先輩に何かあった方が辛いです。」


俺はなんとか説得を試みる。


「嫌よ、嫌!私は佐藤くんと遊びに行くの!」


子供みたいに駄々をこねる。困ったなぁ。すると突然、先輩はさもこの世の全てが分かってしまったかのような顔をしてこう言った。


「おうちデートすれば良いのよ。それなら問題ないわ。」


「え?」


「今週末、あなたの家に行くわ。そして今からあなたの家の場所を把握しに行くわ。」


「ちょっと待ってくださいよ!まず、なんでお家デートならいいんですか!?」


この流れはまずい。


「だってそこまではストーカー女でも把握できないじゃない。」


「いやでも、僕の生活が覗かれてるみたいなメールが来るんですよ。」


最近も相変わらず、ベットに入るときにはおやすみメールが来る。


「そんなのまぐれよ。」


先輩に一蹴される。確かにまぐれかもしれない。もう二週間以上は入眠時間を当ててきてるわけだが。


でもまぁどういうわけか、当ててくるのは入眠時間だけだ。それ以外は、「そろそろ〇〇かな?」みたいなメールが多い。そう考えると別に家に誰かを連れてきてもそれが誰かはわからないのかもしれない。


「わかりました。そのかわり今日は家の場所がわかったらすぐ帰ってくださいね。それとその日まで僕には接触しないで下さいね。」


「はいはい、わかったわ。」


本当にわかってるのかこの人。てかそもそもこの状況がアウトだからいいのか。俺も分かってないんだわ多分。


いつもの分かれ道から案内しながら進む。そして俺のマンションに着く。


「ここが僕の家です。」


「とても大きいのね、、、」


先輩が軽くボケてくる。


「いや、別に全部僕の家だというわけではないですからね。僕の家は406だけです。」


そう言われた先輩は「406...?」みたいな顔をしている。もしかしてこの人、マンションの号室という概念を知らない!?


「部屋の前まで案内しますよ。」


少しほっとしたような顔をする先輩がいた。


チャリ置き場へ二人で向かう。するとそこにはあかりがいた。


「おう、あかり」と声をかけそうになったが、ちょっと待てよ。これはまずい。


幸いなことに、あかりはまだ俺に気がついていない。ここは俺だけがチャリ置き場に行くべきだ。


「先輩はここで待っててください。」


俺はすかさず指示を出した。


「なぜかしら、エレベーターはこの先でしょう?」


先輩は止まってくれない。その通りなのだが、マンションについてさっきまで何もわからなさそうだったのに、なんでこの時はまともなんだよ。


「いや、まぁ、、、」


「ゆうくんおかえり!あ、今話しかけちゃダメなんだったね。」


終わった。これは詰みです。


ピヨピヨとスマホがなる。とりあえず画面を見るとあかりからメッセージだった。


「直接話しかけてごめんね!m(__)m

 おかりえなさい!

 今日は学校どうだった?(^^) 」


かわいいなおい。いじらしいにも程があるだろ。前を見るとスマホに隠れてチラチラと俺を見るあかりがいた。


「ふーん。この子とデート行ったのかしら。」


横には禍々しいオーラを纏った黒髪の先輩がいた。


そしてあかりと先輩はついに互いの存在に気がついてしまう。


両者の目が合った瞬間、互いに敵だと本能で察したのか目線に火花が散る。


「貴方、名前は?」


先輩の先制攻撃だ。


「わたしは須藤あかり。あなたは?」


「私は中野静。須藤さんは佐藤くんの何なんですか?ちなみに私は佐藤くんの彼女です。」


おっと先輩、嘘はいけない。


「それは違いますよたぶん。わたしが彼女ですから。」


嘘つき。二人ともめちゃ嘘つきじゃん。虚栄の彼女マウントを取り合う二人。議論は平行線確定。そうだ。とりあえずチャリを置こう。それから考えよう。


先輩を警戒し続けているあかりの横を抜けてチャリを置く。あれ、このまま家に帰るのが吉なのでは?


道は開けている。駆け込め!!


「どこ行くの?」


「どこに行くのかしら?」


一歩踏み出した瞬間、二人に同時に脅される。流石に止まってしまう。蛇に睨まれたカエルだった。


「ちょっとね、家に帰ろうと思っただけだよ。あはは、、、」


これは気まずい。


「何を言ってるのかしら佐藤くん。本物の彼女である私に家を紹介してくれるんでしょう?」


なんか色々語弊がある言い方だ。


「本物は自分のこと本物なんて言わない。でも、ゆうくん、どういうこと?」


そしてあかりはダークモードに入ってしまう。


この場を収める渾身の一手が必要だ。


「週末はみんなで俺の家で遊ぼう!うん、それが一番だ。みんないいよね!さよなら!」


そんな手、やはり思いつかなかった俺は延期を選択するのだった。

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