第3話 先輩
「奇遇ね、佐藤くん。」
「あ、お疲れ様です、先輩。」
奇遇とは言っているが学年が違うくせに、俺の下駄箱の前にいる。
「もし良かったら、一緒に帰りませんか?」
「そんなに頼まれたら、しょうがないわね。」
中野静先輩は恥ずかしがり屋さんなので、素直に一緒に帰ろうとは言えない。それを察して俺が頼むかたちにしているのだが、先輩はなぜか本当に自分が俺をコントロールしている気になっている。
頭が弱いところも少し可愛い。
そんなことより、今、それなりの危機に瀕している。なんと言っても、俺の下駄箱の中にはもっさり髪の毛が入っているからだ。
「どうしたの?靴、変えないの?」
先輩のとても落ち着いた黒色の瞳が、俺を綺麗に反射する。
「少しぼーっとしてました。」
とごまかし、意を決して、下駄箱を開ける。
そこには何もなかった。心の中で胸を撫で下ろす。いや撫で下ろすとはたとえであるから、別に心の中ではいらないのか。
「どうしたの?少し変だわ。」
先輩が俺を覗き込む。確かに下駄箱を開けたまま固まった人間は奇妙だ。とは言っても、動揺がバレているだと。あの察しの悪い先輩のくせに!悔しい!
「いや、何でもないですよ、ほんとに。」
ヘラヘラしながら靴を変え、急ぎ足でチャリを取り校門で再び先輩と落ち合う。
「・・・」
「・・・」
気まずい。チャリを押す音がやけに響く。先輩はあれからずっと思い詰めたような顔をしている。それが何だか申し訳ない。
しかし先輩の珍しく真剣な表情は、整った顔立ちと黒く長い髪と相まってとても凛々しく見える。大和撫子ってかんじだな。あはは。
アホなことを考えていると、横を歩いていた先輩が突然、俺の前に立ち塞がり、両腕を雪のように白い手でガッチリホールドしてきた。
「私に相談したかったら、してもいいのよ?」
言い方こそ強気だが、目は泳いでおり声量は尻すぼみだった。
「いやはやこんなことが最近ありまして、、、」
普通に即答してしまう。もしかして、俺の意思、弱過ぎ?いやだって普段の先輩と全然違うんだもん。
いつもは先輩が俺のことをからかってるつもりになってるのを可愛いと思うような平和なお喋りしかないからね。
たとえば、、、
「佐藤くんは暇な時、何をしているの?」
「音楽聴いてますかね。」
「何が一番好きなの?」
「そうですね、結構いろんなジャンル聴くんですけど、最近はラップとか好きですね。」
「日本語のラップなんて韻の調子が的外れでセンスないわ、まぁそれも佐藤くんらしいけど。」
勝手に俺が日本語のラップを好きな設定にされているし、そんなにディスるかね。まぁ、少し分かるけども。
「ちょっと、馬鹿にしないでくださいよ!、日本語のラッパーもカッコいいんですから!」
大して知りもしない日本のラップ業界について語り始める。先輩はそれを嬉々として聞いている。
こんな感じで俺らは楽しくやってたんだ。
なのにあんな真剣に迫られたら、どうしようもない。
俺は先輩に今まで起きたことをまとめて話した。
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