第2話 学園生活

「おはよう、花。」


「あ、おはよう、お兄ちゃん。」


テーブルには、焼鮭、白米、味噌汁、サラダが並んでいる。朝日が湯気を輝かせる。


「今日も美味しそうだね。」


「ありがとう。それじゃあ食べよっか。」


席につき、いつも通り「いただきます」と飯を食べ始める。


「あ、今日はちょっと帰りが遅くなるから。」


「たまにある手芸部?」


「うん。」


「今日は晩ご飯、お兄ちゃんが作っちゃおうかな。」


「もう晩ご飯作っておいたよ。簡単な炒め物。チンしてね。」


「それならご飯はたk」


「冷凍ご飯、チンしてね。」


俺はチン職人。妹は俺が家事をするのをとても嫌がる。理由を訊いても「ダメなものはダメ」としか返事が来ない。


そもそも妹が家事をするようになったのは、彼女が中学に入学してからだ。


両親は仕事の都合で家にいないことが多い。妹が小学生の時までは夫婦で協力して、何とか家を空けないようにしていた。


しかし中学に妹が入ってからは、より多忙を極めたことと妹が既に自立していることを理由に家のことは俺らに任せられるようになった。


帰宅部であり、たいして友達もいない俺は放課後暇人ランキング全国トップ10に入ることを自負していたので、当然家事は俺がやるつもりだった。


しかしながら今唯一許可されているのは自室に掃除機をかけることだけだ。


「ごちそうさまでした。」


「お粗末でした。」


妹に食器を持ってかれる。片付けもやらせてもらえない。負担になっていないのだろうか。


確かに花の成績は良く、いつも笑顔が絶えない活力あふれる少女だ。しかし学園生活で大切なのは勉強だけではない。友達がいるのかお兄ちゃん心配です。


家事をしっかりこなしている分、放課後の自由時間は少ない。花が友達と遊んでいるところは見たことも聞いたこともなかった。


やはり負担になっているのだろうか。


「いってきます!!」


「おう、いってらっしゃい。」


妹は家を俺よりいつも早く出る。俺も学ランを着て鞄を持って家を出てチャリに乗る。


緑色の桜の木に少しの夏を感じつつ、軽快にペダルを漕ぐと十五分ほどで学校に着く。


そしてチャリを置き、下駄箱で上履きと外履きを交換する。上履きを取り出す時に重要なのはとにかく中をよく見ないことだ。


少し手に箱のようなものが当たっても気にしてはいけない。


俯いたまま上履きをとり地面に落とす。すると当然、視界に上履きが飛び込んでくるわけだが、今日は少し様子が違う。


うわばきにふせんでメッセージが付けられている。


「どうしてみてくれないの?」


嫌な予感がして流石に下駄箱を覗くと、そこにはどっぷりと黒い艶やかな髪が束になって丁寧にまとめられている。


これはありがたい。人毛は高級なウィッグやカツラに用いられるように、高く取引されているのだ。これは棚からぼたもち。もうけもんだ。


やはりそうは思えず、気分が悪くなった。しかし無視するしかないのだ。髪の束などどうして持ち歩くことができようか。マジで売ろうかな。


そんなことを考えながら教室の扉を開ける。


目があったやつと挨拶をしながら自席へ向かう。机に鞄を置く。


「おはよう、優。」


「あ、おはよう、夢。」


「あれ、元気なくない?」


「いや、昨日あんまり寝てなくて。」


誤魔化す。昨日はめちゃくちゃよく寝た。


「睡眠不足は、お肌の敵だぞ〜!」


そう言いながら夢は白く触り心地が良さそうな頬を、細く小さな指でつつく。


「どんだけぇ〜」


面白い返しが思いつかなかったので、とりあえずおかまになった。


「気をつけてぇ〜」


夢もおかまになった。負けじと俺もまたおかまで返す。結局このおかま問答はホームルームが始まる前まで続いた。


当然このやりとりは周りの目を引く。俺はいつものように変なやつを見る目にさらされる。


完全に孤立はしないものの、クラスに友達は夢しかいなかった。一方夢には友達が普通にいる。これは不平等だ。かなしい。


でもそんなことは自然と目に入る、ホームルームが始まって前を向いた夢の柔らかな日差しをきれいに反射した優しい栗色の髪に免じてゆるそう。


しばらく経って溌剌とした濃い茶色になって、今度は少し切ない赤みがさした茶色になる頃に学校は終わる。髪時計は俺の発明品だ。違うしキモい。


「わたしは部活だから、また明日」


「おう、しっかり星みろよ」


夢は天文部だ。


「それは議論の余地ある」


そう言って夢はクラスの友達と教室を出る。


俺も少しして教室を出た。






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