小さな少年の大きな覚悟【1】

この世界は薄暗い。

〈上〉を見上げても、見えるのは冷たい岩のみ。それらによって音は吸収され、しんと静まり返り、湿った空気が漂っている。

心臓の音までもがうるさく聞こえる。

僕らは鋭い爪を使って、土を掘る。

人々は〈下〉にしか目を向けない。

なぜだか僕は、幼いころから僕らのはるか上にはこことは異なる世界が広がっているような気がしていた。


頂点が見えないほどの巨大樹。

機械でなんでも何とかなる国家。

邪悪な魔王とそれに立ち向かう勇者。

魔術や幽霊、超古代文明。

僕の脳内には、果てしないシミュレーションが行われていた。夢を見て何が悪い。

やはり、人々は〈下〉へばかり目を向けて、〈上〉へ行こうとは思わない。

結果、僕らの世界は〈下〉へとばかり広がっていく。


____________________



事実、〈上〉にあったものは異界。

例えるなら地獄。耳に入るのは、心地の良いものとは言えない。

絶え間ない剣戟の音。

身に染みる痛みに震える悲鳴。

あふれかえる化物達の咆哮。

およそ楽園とはいえる代物ではなかった。頭の中でのシミュレーションでは、なぜだか希望に満ち溢れたものを想像してしまっていた。


『グルルゥゥゥゥゥァァァァ』

「今日は一段と数が多いな! さっさと片付けて、切り上げるぞ!」

「「了解っっ!!」」


僕は今、指揮官と思われる人物のバックパックの中にいる。

興味に心を揺さぶられ、大人の目を盗んでは町のあちこちを探検していた。

ある日、〈上〉へと続く昇降機と、それに乗り込む三十人ほどの集団を見つけた。

だから、忍び込んでみた。

6歳にしてこの行動力・・・賞賛に値するに違いない。


「おりゃ〜! 」

「せいや! 」


慣れた手つきで化物を狩っていく彼ら。指揮官はもちろん、統率力に負けず劣らず戦闘能力もある。集団の中で突出した力を持っている人も何人かいるようだった。


しかし、化物の中にも強者はいる。奴らに力負けしてしまう人もいるようであった。

では、どのようにして勝利をもぎ取るのか。

それは、誰もが一度は夢見たことがある。

人知を超えた力。錬金術のように等しい対価が必要な訳ではない。何も無い空間から、炎が出現したり、操ったりする力。

戦場には説明のつかないそんな物がそこかしこで巻き起こっていた。


・・・魔法・・と呼んで差し支えない強力な技だった。誰もが小説などで読んだことのある戦闘場面が広がっていた。


火の粉を撒き散らし着弾と共に爆発する焔。超高出力をもって、敵の手足を切断する水の矢。なんの前触れもなく足元から突き上がる大地。氷、風、光、闇。想像しうる全ての、ありとあらゆる超常現象が巻き起こる。


そんな戦場にも終わりが訪れた。


「最後の残滓レスタードを倒した。帰還する!」

「「了解っっ!」」


どうやら化け物の名は残滓レスタードというらしい。

戦闘が終わり、皆が安堵に胸をなでおろした。どうやら〈下〉に戻るようだ。

しかし、残滓レスタードはそんなに甘くなかった。

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