第44話『職業』

職業が呪い!?呪いだと····!?何で呪いなんかに····!?

困惑する俺の脳内にアンドレアとヘクター兄弟の悲しい事件が浮かび上がる。

嗚呼、確かに─────────職業は呪いだ。

だって、生まれ持った職業で将来が決まるんだから。戦闘系の職業を持っていなければ騎士や兵士にはなれないし、物作り系の職業は専門の職業を持っていなければなれない。店は開けるかもしれないが、売れるかどうかは分からなかった。

この世界の人族は職業という名の色眼鏡を通して、相手の実力や技量を判断する。その人、本来の実力なんて見ようともしない。

これを呪いと呼ばず、なんと言う?


「私達は当初呪われたのは人族だけだし、自分達には直接関係ないから放置でも良いかと考えていた。でも────────現実はいつだって残酷だ」


ルシファーは短い銀髪をサラリと揺らし、そっと目を伏せる。ルシファーの側に座るアスモもどこか気まずそうに····そっと視線を逸らした。


「その呪いの効力は強く、人族を職業で縛ることによって····魔法の使用を制限したんだ。もちろん、職業によっては魔法を使える者も居る。魔法使いはもちろん、固有魔法を持つ忍者などの職業がそうだ。だが····魔法を使えない職業の者が圧倒的に多かった」


あっ····そういえば、魔法が普及している世界にも関わらず、魔法を使える人族に会ったことないな。魔力はある筈なのに魔法が使えなかったのって、職業による呪いのせいだったのか。

ぽんっと手を叩き妙に納得する俺を尻目にルシファーは言葉を続けた。


「この世界に魔素と呼ばれる物質が存在するのは知っているか?」


「あぁ、魔力の元となる物質だろ?」


「そうだ。じゃあ、魔素が溜まると不可思議な現象を起こすことも知っているか?」


「ああ。確かワープゲートとかだよな?」


「そうだな。ワープゲート魔素溜まりによって引き起こされる現象の一つだ」


いきなり、魔素の話なんかしてどうしたんだ?魔素と人族の呪いに何か関係でもあるんだろうか?

首を傾げる俺にルシファーは衝撃の一言を放つ。


「────────魔素溜まりに関する大きな原因の一つが人族の呪いなんだ」


「はっ····?」


「考えてみてくれ。職業の呪いにより、人族のほとんどが魔法を使うことが出来ない。つまり─────魔素の循環が出来ないってことなんだ」


あっ····!!なるほど!!

空気中の魔素は生物に取り込まれ、魔力となり、魔法として放出されることで一生を終える。つまり、魔法が使えない人族は空気中の魔素を消費することが出来ないのだ。人族が魔素を取り込むことが出来る場面と言えば赤子として生まれた瞬間とレベルアップして保有できる魔力量が増えた時くらい。そんな雀の涙ほどの消費量では空気中の魔素は溜まっていく一方だ。


「この世界に来たばかりのオトハくんは知らないかもしれないが、近年魔素溜まりによる被害が大きくなってきている。ウリエルを襲った迷いの霧も魔素溜まりによって引き起こされた現象だ」


「なっ!?迷いの霧も···!?」


呪いと魔素の関係性····魔素溜まりによる被害の増加····人族が魔素を消費出来ない現状····。

言うまでもなく、この世界はつんでいる。


「オトハくん、ここに来る前に人族の領土内で爆発が起きなかったかい?」


「爆発····?あっ!そういえば、ちょっと寄った朝市で爆発が····!まさか、その爆発も····!?」


「うん、そうだよ。その爆発も魔素溜まりのせいだ」


確かにあの爆発は可笑しいと思っていた。火薬の匂いがしなかったし、何より朝市の会場で爆発騒ぎを起こす意味が分からない。爆発騒ぎを起こしたところで誰も得しないし、何のメリットもない。今考えてみれば、とても可笑しい爆発だった。

そうか····あれは魔素溜まりによって引き起こされた爆発だったのか····。


「今はまだ魔素溜まりによる被害がこの程度で済んでいるけど、今後はどうなるか分からない。魔素の消費が追いついていない今、魔素は年々増加するばかりで減ってくれないんだ。その影響か、次第に魔素溜まりによる被害が大きくなってきている····。最初は直接的な被害のないワープゲートや迷いの霧だったものが生命に関わる爆発に変わり始めているんだ。家一つ吹き飛ばす爆発が今度は首都一つを吹き飛ばす大爆発に変わるかもしれない。更に被害は大きくなって、この世界を滅ぼすほどの大災害に変わるかもしれないんだ。全部憶測に過ぎないけど、実現する可能性は0じゃない。現に被害は年々大きくなって来てるからね」


ルシファーの語る憶測は可能性の域を出ないが、俺はそれを『馬鹿みたいだ』と一蹴する気はなかった。だって、元いた世界の歴史を通して理解出来るものがあるから。

元いた世界は魔法の代わりに科学が発展した世界だ。そして、その科学は発展し過ぎた····。手榴弾だったものが核爆弾となり、核爆弾がやがてミサイルとなる····。戦争を繰り返してきた世界だからこそ、科学は進歩を続けたが、あまりにも武力に科学を行使し過ぎた。今では世界の半分を吹き飛ばす大型ミサイルまで存在する。

そんな世界と歴史を知っている俺だからこそ、ルシファーの憶測を鼻で笑うことなど出来なかった。


「このままでは世界そのものが危ないと判断したセレーネは私達にある希望をくれた。それが──────勇者や聖女だったんだよ····」


えっ····?はっ?この世界の希望が勇者と聖女····?

いや、その考えは理解出来るが、ちょっと待ってくれ!


「勇者と聖女···いや、異世界人って魔王を討伐するために召喚されたんじゃなかったのか!?」


魔王討伐のために勇者として異世界に召喚される設定がテンプレだっただけに俺は気づけなかった。勇者と聖女····いや、召喚そのものの理由と異世界人の意味を····。俺は先入観に捕われ、完全にそこを見落としていた。

頭がこんがらがる俺にルシファーはゆっくりと····でもキッパリ否定する。


「いや、それは違う。勇者と聖女は本来私を討伐するためではなく、呪いを打ち払うために召喚された異世界人だ。人族が勝手に目的を『呪いの打破』から『魔王討伐』に変えただけだ。まあ、今となっては本来の目的を知る人族は居ないかもしれないが···」


俺達····いや、朝日が召喚された目的は魔王討伐じゃなかった!?呪いの打破のためにあいつは召喚されたのか!?

そう────────俺の考えは根本から間違っていたのだ。

異世界召喚はこの世界を救うため──────つまり、呪いを打ち払うのを目的としたものであって、魔王討伐のためじゃない。ラノベのテンプレに捕らわれた結果、俺は大きな勘違いを引き起こしていたのだ。


「異世界人はこちらの世界に召喚される際、必ず天界─────セレーネの元を通る。その時、セレーネに呪いを打ち払うための道具を授けられるんだ。勇者と聖女という名の職業を通してだが····。勇者には全てを切り裂く聖剣を、聖女には全てを封じる力を持った封印の杖を与えた」


「?····剣を与えた···?でも、朝日は何も手に持ってなかったぞ?」


「フッ。それはそうだろう。異世界召喚されて、すぐに剣を手に持っていたら、危ないからな。まあ、勇者や聖女と言う職業は謂わば鍵なんだ。聖剣や封印の杖を呼び出すための鍵。だから、勇者や聖女は召喚系の職業の仲間とでも思っておくと良い」


「な、なるほど····」


全てを切り裂く聖剣と全てを封じる封印の杖を呼び出すための職業····。それが勇者と聖女。

今まで勇者や聖女はそういう職業だからと無理矢理納得していたが、ルシファーに説明されて初めて職業の意味や内容を理解出来た気がする。


「私達はその勇者と聖女を召喚するための魔法陣をセレーネから貰い、これでやっと呪いをどうにか出来ると安心していた····。その安心が隙を作ってしまったんだ。どこから情報を仕入れたのか分からないが、人族がその魔法陣を盗み出したんだ···。ヘラからの恩恵──────職業能力とやらをよっぽど気に入っていたんだろう。その呪いとも言える恩恵のせいで世界が今後どうなるかも知らずに人族は魔法陣を盗み出したんだ。油断していた私達も勿論悪いが、異常なまでにヘラの恩恵に執着する人族は醜いを通り越して、いっそ哀れだったよ」


ハッ!と人族の愚かさを鼻で笑い飛ばしたルシファーの目は深い赤を宿しており、人族を見下すように愉快げに細められていた。

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