第43話『この世界の始まり』

この世界の始まり····。ルシファーは俺の要望通り、本当に一番最初から話してくれるみたいだ。ルシファーは指先で水で出来たスクリーンを操りながら、子供に絵本を読み聞かせるように穏やかに話し始めた。


「この世界は月の女神──────セレーネに造られた一番最初の世界で、私や精霊族、ドラゴン族···それから人族・・などが原始の種族として挙げられる。造られたばかりのこの世界は当初、色々な力と未来への希望で溢れていた。この世界の創造神セレーネが我が子のようにこの世界を大切にしてくれたこともあり、この世界はとても平穏だったんだ····あの時までは」


ルシファーはそこで言葉を区切ると、物憂げな表情でスクリーンにある女性を映し出した。目鼻立ちが非常に整った黒髪の女性だ。ベルゼとはまた違う意味でキツそうな印象を受ける女性だった。美しい銀色のワンピースに身を包み、華やかに笑う彼女はアスモとよく似た雰囲気を持っている。強いて言うなら見た目はベルゼに近い感じで、纏う雰囲気やオーラはアスモとそっくりって感じだ。白いハイビスカスの花冠を頭に乗せ、艶やかな黒髪を更に黒く魅せる美しい女性。

この世界の創造神セレーネ様····ではないよな?

何となく、直感でそう思った。この女性ひとは創造神セレーネ様では無いと····。


「ある日、セレーナが初めて創ったこの世界に他の神々が祝福をもたらしてくれた。ある神は心を、ある神は緑の大地を、ある神は───────“運命”をこの世界とこの世界の住人に与えた。さあ、オトハくん、問題だ。今、あげた神々の祝福の中に呪いの類いが含まれている。それはどれだ?」


俺を試すように質問を投げ掛けてきたルシファーは深紅に染まる赤い瞳を三日月型に細めた。

神々の祝福の中に呪いの類いが含まれている、か···。心、緑の大地、運命───────この三つの中にルシファーが『呪いの類いのもの』と断言した悪いものが含まれている。

呪い、か····。ルシファーは何を持って、それを呪いと呼ぶのか分からないが、俺はなんとなく····。


「─────────“運命”かな」


「ふふっ。大正解。理由を聞いても?」


「ああ····。運命ってのは、人の意志に関係なく必ず訪れる未来····謂わば束縛みたいなものだ。人の将来を運命と定め、縛り付けてしまうのはなんて言うか····一種の呪いなんじゃないかなって····」


上手く言葉に出来ないが、なんとなく運命って言葉は祝福の類いとは少し違う気がした。

俺のあやふやな返答にルシファーは満足そうに頷く。どうやら、俺の回答は間違っていなかったらしい。


「そうだね。オトハくんの言う通り、運命とは一種の束縛だ。生物の未来を決めるそれは祝福とは呼べない。だから、セレーネは───────嫉妬の女神ヘラから貰った祝福を突き返そうとした。『これは祝福とは思えない。受け取る訳にはいかない』ってね」


「で、このスクリーンに映し出された女性がその嫉妬の女神ヘラだと?」


「ははっ!オトハくんは勘がいいね。そうだよ、その忌々しい女が全ての元凶であり、この世界の悪そのものである嫉妬の女神ヘラ。どうだい?凄く不細工だろう?」


嫌味ったらしくクスクス笑うルシファーは嫉妬の女神ヘラのことがあまり好きではないらしい。表情こそ笑顔だが、目が全く笑っていなかった。血にも似た柘榴の瞳はスクリーンに映し出された黒髪の女性を憎々しげに見つめている。

嫉妬の女神ヘラが全ての元凶であり、この世界の悪そのもの、か····。きっと、その女神ヘラが何かやらかしてしまったんだろう。


「見た目も心も綺麗な月の女神セレーネにヘラは嫉妬していたんだ。セレーネを憎む度、自分が惨めに思えて仕方ない····だから、ちょっとした意地悪のつもりでその呪いにも似た祝福をセレーネの世界にもたらそうとしたんだ····だけど、セレーネに拒絶されてしまった。一応セレーネより、ヘラの方が上位に位置する女神だったから下の者に贈り物を拒絶される屈辱が許せなかったんだろう····ヘラは身勝手にもその場で激怒した。『何故、この私の祝福を受け取れないの!』と····。理不尽だろう?全ては自分の嫉妬から始まった出来事なのに····。そして、激怒したヘラとセレーネによる神々の戦いが繰り広げられた」


怒りを通り越し、呆れたようにかぶりを振るルシファーは『はぁ····』と深い溜め息を零す。

女の嫉妬は恐ろしいと聞くが、これはさすがに····限度ってもんがあるだろ。女神ヘラの嫉妬は『恐ろしい』を通り越して、呆れの方が勝る。ヘラの勝手な嫉妬と理不尽な言い分のせいで振り回されたセレーネ様とこの世界の住人は堪ったものじゃないだろう。

『嫉妬の女神』という称号に恥じない嫉妬ぶりだな、おい····。


「戦いの結果はセレーネの粘り勝ち。他の神々の助力もあって、なんとか勝利を勝ち取ることが出来たんだ。でも───────ヘラは最後の最後に力を振り絞って、『運命』という祝福····いや、呪いをこの世界に解き放った。本当最後の最後まで迷惑な女だったよ····」


仮にも女神であるヘラを『迷惑な女』と罵ったルシファーはヘラの顔も見たくないのか、スクリーンに映し出した映像を消す。水で出来たスクリーンは再び透明に戻った。


「セレーネは解き放たれた呪いを急いでパンドラの箱に封印した。本当はその呪い自体を壊せたら良かったんだけど···ヘラとの激闘を終えたばかりのセレーネでは封印が限界だったんだ。そして、その呪いが封印されたパンドラの箱を私達に託した。『決して開けてはならない』と念を押すように何度も唱えて····」


あー····うん、この後の展開はなんとなく分かる。誰かがその箱を開けちまったんだろ?『開けるな』って言われると、開けたくなるもんな。分かるぜ?その気持ち···。でもな、パンドラの箱は駄目だ····。それは俺でも分かる。


「それから、数百年は平穏が続いた。ヘラとセレーネの戦いによって、抉られた大地が嘘のように消え去り、あの激闘も過去····いや、歴史として受け継がれていた、ある時····人族が好奇心に押されるまま、そのパンドラの箱を開いてしまったんだ····。人族は短命な種族で神々の激闘やパンドラの箱に関するそれを遠い昔の物語のようにしか思っていなかった。恐らく人族の大半はそれらの歴史を童話の一部のように聞いていたんだと思う。私達長命な種族にとって数百年はあっという間だが、短命な人族にとって数百年は億劫になるほど長い膨大な時間だ。だから、数代重ねるごとにパンドラの箱に対する危機感が薄れていったんだと思う。それが短命種族の一番怖いところであり、我々長命種族が最も注視すべき点だった。だがな····ただの言い訳かもしれないが、あの時は人族があんなにも愚かで人の話を聞かない種族だとは思っていなかったんだ····」


人族の愚かさに気づけなかった過去の自分を悔やみ、後悔するかのように顔を歪めるルシファーは見ていて痛々しかった。

人は愚かだ。それは人族である俺自身がよく理解している。何度も繰り返されて来た歴史と戦争が人間の愚かさを物語っていた。俺が元いた世界の人間ですら、こんなにも愚かなんだ。この世界の人族も大概だろう。


「·····人族が開けてしまったパンドラの箱からは“運命”が解き放たれ、人族そのものを呪った。それが────────人族のステータスのみに反映される“職業”なんだ」


職業が呪い·····?

頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃が俺を襲った。

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