第42話『魔王』

その後、色女の転移魔法で俺は魔王城と呼ばれる城の謁見の間に転移していた。見渡す限り、柱が一つも見つからない広い空間にはただ一つ椅子がぽつんとあるだけだった。その何の変哲もない椅子には銀髪の美丈夫が腰掛けている。50mほど距離が離れているため顔の作りや形はよく見えないが、特徴的な銀髪と血のように赤い柘榴の瞳だけは目視出来た。

あれがこいつらの言う魔王様とやらか····?

謁見の間に転移してから、床に片膝をついた状態でピクリとも動かない女性陣。子供のウリエルですら、恭しく頭を垂れた状態から動こうとしない。俺も促されるままに床に片膝をついているが、状況を上手く飲み込めていなかった。

だって、いきなり『魔王城へ転移するわよ』って、あの色女に言われて淡い光に包まれたと思ったら、この場に居たんだぜ?しかも、ウリエルを含める女性陣は何故か頭を垂れたまま動かないし····。困惑するなって方が難しい。


「────────そう畏まる必要は無い。楽にしてくれて構わない」


天井が高く無駄に広いこの空間に中性的な声が響いた。すると、さっきまで片膝をついてビシッと決めていた女性陣が一斉に体勢を崩す。この場に張りつめていた緊張の糸が一瞬にして、プツンと切れた。


「はー···さすがに久々だと疲れるわねぇ····」


「基本魔王様とは執務室で会うからな」


「魔王様、いつもと雰囲気違うからビックリした」


「ははっ!すまんすまん····。オトハくんの反応が面白くて、ついね···」


「も〜!魔王様は悪戯好きなんですから〜」


え、あれ···?めっちゃフレンドリーじゃない?この魔王様···。臣下とも親しげに話してるし、玉座から降りるなり、こちらに駆け寄ってきてウリエルとハイタッチしてるし····。

各々好きな体勢で床に座り込む俺達に習って、魔王様と呼ばれる銀髪の男性はその場に腰を下ろした。しかも、胡座で···。

魔王様がこんなにフレンドリーで良いのか!?つーか、魔王様を床に座らせて良いのかよ!?

色々とツッコミが追いつかない俺の前で魔王様は銀色の短髪をさらりと揺らし、凛々しい顔立ちに笑みを浮かべた。切れ長の瞳が僅かに細められる。


「君がワカバヤシ・オトハくんだね?私はルシファーだ。魔王なんて呼ばれているが、堅苦しいのはあまり好きじゃない。是非ルシファーと呼んでくれ」


「は、はぁ···?えっと、よろしくお願いしま····」


「あっ!そういえば、私達の自己紹介もまだだったわよね?」


魔王ルシファーが差し出した手に自身の手を重ねようと、手を伸ばすがそれを色女にペチンと叩き落とされてしまった。ゆるゆると口角を上げる色女は翠玉の瞳で俺を捉え、紅で彩られた唇に弧を描く。危険な女の香りがぷんぷんする美女に俺は大人しく引き下がった。

どうやら、こいつは俺とルシファーをあまり関わらせたくないらしい。言葉のない威圧的な笑みに俺は肩を竦める。

まあ、俺が敵か味方か分からない状況で大切な魔王様と触れさせる訳ないか。


「私は魔王軍幹部のアスモデウス。高位精霊の一人よ。気軽にアスモって呼んでちょうだい」


ピンクベージュのカールがかった長髪を手の甲で払い、Fカップはあるだろう胸を背筋を反らすことで強調した。色女改めアスモは自分の魅せ方を熟知した美しい女だ。おまけに自分に自信もある。

自信がなきゃ、こんな透け透けヒラヒラの短いワンピースなんて着ないだろうしな····。下品にならないギリギリのラインを攻めた短いワンピースは細やかな刺繍が施されており、それだけで高級品であることが分かった。

出逢ったあの瞬間から何となく分かってはいたが、俺は多分アスモのことが苦手だ···。だって、俺と何もかも正反対なんだもん。嫌いじゃないが、好きになれないタイプである。


「あぁ、よろしく頼む。俺は音羽だ」


「ええ、よろしく」


快く俺と握手を交わしたアスモはニコニコと笑みを振りまいたまま、ルシファーの隣に座り直す。ルシファーが身に纏う黒いローブを踏まないよう、きちんと少し間隔を開けて座っていた。それだけでアスモがどれだけルシファーを慕っているのか、よく分かる。

こんな別嬪さんを部下に従えるなんて、ルシファーは凄いな。


「────────次は私だな」


ルシファーの人徳に感心する俺の隣で硬い声が響く。そちらへ視線を向ければ、ウリエルを膝の上に座らせているベルゼが目に入った。ルシファーの髪色と同じ銀のプレートに身を包んだベルゼは特徴的な吊り目を少しだけ和らげて、申し訳なさそうな表情を作る。


「改めて、さっきはすまなかった····。私の勘違いのせいで君····いや、オトハの身を危険に晒してしまったこと、深く謝罪申し上げる。そして、我が弟子を守ってくれて、ありがとう。感謝する」


「あ、ああ····。それより、自己紹介は?」


「あっ、ああ!そうだったな!すまない!私は魔王軍幹部のベルゼビュートだ。ドラゴン族の上位種に分類される黒龍でもある。仲間にはベルゼと呼ばれているが、まあ好きに呼んでくれ」


「ああ、分かった。それじゃあ、よろしく頼む」


「ああ、こちらこそ」


こちらは仲直りの意味も込めて、握手を交わした。俺と握手するため、ベルゼが慌てて手甲を外したのは余談である。

にしても、高位精霊にドラゴン族の上位種かぁ。さすがは魔王軍の幹部様だ。みんな強そうな種族に属している。

ウリエルの師匠だというベルゼはドラゴン族だろうと思っていたが、色女のアスモは精霊だったのか。ちょっと意外だ。サキュバスとか、そっちの方の種族かと思ってた。


『サキュバスは異性を誑かす悪魔であって、大して戦闘能力はありません。魔王軍幹部にサキュバスが居るなんて、まず有り得ませんね』


そ、そうなのか····。

まあ、確かにサキュバスって夢魔だから戦闘能力低そうだもんな。魔王軍幹部に居る筈がない。

ビアンカに現実を突きつけられた俺は意外とすんなり納得することが出来た。


「さて───────自己紹介も終わったところだし、早速本題に入ろうか」


女性とも男性とも取れる中性的な声が『雑談は終わりだ』と告げる。ゆったりとした口調なのにどこか強制力のあるそれは自然とこの場に緊張の糸を張った。銀髪の美丈夫は長いローブの袖で手を隠し、それを口元に持っていく。愉快げに細められたレッドアンバーの瞳は三日月型に煌めいていた。

魔王という肩書きは伊達じゃない。この場の空気を一瞬にして変えてしまうルシファーは男とは思えない艶やかな笑みを浮かべる。悪魔の微笑みにも似た艶のある微笑みは確かに俺に向けられていた。


「まずはどこから話そうか····。オトハくん─────君は“どこから”知りたい?」


『何を』ではなく、『どこから』と尋ねる銀髪の美丈夫は口元をローブの袖で隠したままクスリと笑う。

俺はその色香に酔いしれるまま、問われたそれに答えを返した。


「────────“全部”。全部だ····俺は全部知りたい。“一番最初から”話してくれ」


「全部?ふふっ。君は欲張りだね、オトハくん。でも、良いよ。私はそういうの嫌いじゃないから」


そこで言葉を区切ると、ルシファーはローブの袖に隠していた手を出し、指先を右へ左へと振った。すると、俺達の間に透明なスクリーンが現れる。丸い形をしたそれはフワフワと宙に浮いていた。

これは····水、か?


「───────さて、私が記憶している実際の映像も交えながら、話していこうか。まずは····この“世界の始まり”から」

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