第45話『人族』

ヘラがこの世界に向けて送った祝福──────恩恵は人族を虜にした。何をしてでも···何を犠牲にしてでも手離したくないと思ってしまうほどに····。

その行為が世界を壊す足音を奏でているとも知らずに···。


「召喚陣の複製は不可。やろうとしても、何か見えない力に阻まれて陣が完成しないんだ····。もちろん、何度も陣を取り返そうとした····交渉や説得はもちろん、戦争だって····でも、その度に人族に纏わり付くヘラの恩恵が邪魔をしたんだ。職業能力で戦闘力が飛躍的にアップした人族は悔しいけど、強かった。おまけに数が多い····。短命であるが故に生殖本能が強く、繁殖力も凄まじい····。職業能力と数に押され、やむを終えず魔王軍が引くことが多かったんだ」


──────────数の暴力。

人族の戦術がまさにそれだったんだろう。圧倒的数の差は戦争において、強く影響を及ぼす。その数を凌駕するほどの実力がなければ、数の暴力は一方的な虐めと大差なかった。

あと、ルシファーはあえて口にしなかったが、魔王軍側は魔素の問題を考えて世界人口を減らさないため、戦争を泥沼化させなかったんだろう。味方の人数もそうだが、敵である人族の数もあまり減らさなかった····。極端に減らせば魔素の消費量に響く。つまり、巡り巡って自分達の首を絞めることになるのだ。


「まあ、それでも戦争では私達が優位に立っていたんだ。人族の中で本当に腕の立つ奴が少なかったこともあり、このまま回数を重ねれば勝てると思っていた····だが、人族はそれでも足掻いた。自分達にとって天敵である、勇者や聖女を使おうと····人族は決断したんだ。諸刃の剣同然だが、勇者や聖女を使う判断はまあ····ある意味間違っていなかった」


なるほど····。異世界召喚による食い違いと言うか···勘違いはここから来ていたのか。人族が天敵である勇者や聖女を使った経緯や理由もこれで納得が行く。


「勇者が与えられた聖剣や聖女が与えられた封印の杖は“全てを”切り裂く、もしくは封じる武器。つまり────────呪い以外にも有効だったんだ」


「なっ····!?じゃあ、まさか·····!?」


「そう────────魔王たる私、ルシファーにも有効な攻撃手段だったんだよ。あれは唯一私を倒せる武器だ。だから、人族の判断はある意味間違っちゃいなかった。上手く召喚された勇者や聖女を丸め込めれば、少なくとも私達魔王軍を牽制することは出来る。更にその勇者や聖女が有能であったなら、私を倒すことも可能だ。人族は魔王軍のトップである私にとって、最も有効な攻撃手段を手に入れたんだ」


『ははっ!』と乾いた笑みを浮かべるルシファーの側でアスモが悔しそうに唇を噛み締めている。紅で赤く彩られた唇はフルフルと怒りに震えていた。

この世界を救うための勇者や聖女が皮肉にも世界を滅ぼさんとする人族の思惑に加担するなんて·····笑えないな。


「勇者に手傷を負わされてから、私は前線に出られなくなった。自分でも言うのもなんだが、私は他を寄せつけない膨大な魔力を有する魔族だ。魔素の消費量の実に半分以上を私が請け負っていると言っても過言ではない。私が死ねば、魔素の消費量は例年の半分以下になるだろう。そうなれば世界が終わるまでのカウントダウンが一気に縮まる。だから····私はこうして同族達に守られているんだ。本当は私か出向いて戦いたい。この世界を····我が民をこの手で守りたい···!だが、万が一のことがあれば、この世界の寿命を縮めることになる····。私の身を守るために命を落として行った民を思う度、自分の不甲斐なさに嫌気が差すよ····」


民を····この世界を守るために部下達に守られる魔王様、か····。俺から言わせれば『仕方ない』の一言で片付けそうな出来事だが、ルシファーはそうもいかないだろう。自分のために死んで行った部下を思い、涙し、己の無力さを恥じる。

何故、ルシファーが魔族の王なのか····よく分かった気がする。こいつは王になるには優し過ぎるが、それ以上に周りを惹き付ける。真っ直ぐ前を見据え、ひた走るルシファーはきっと····民を思い、民に思われる凄く良い王様なんだろうな。

ルシファーは悲しみに顔を歪めながらも、説明を続けるため指先でスクリーンを弄った。


「それから、何千年もの時が経った今でも私達と人族の戦いは続いている····。原始の時から生きる私や他数人のおかげで魔族には正しい歴史が受け継がれているが、人族は短命のせいか····それとも先代の王がわざと歴史を歪めたのか····真実は偽りの歴史の中に埋もれ、今ではその原型すら留めていない。ただ異世界召喚と勇者や聖女を私に向けて放つ、と言う歴史は今も根強く残っているらしい····。この数千年の間に一体何人の勇者や聖女を殺したことか···この世界の希望を自分達の手で屠る悔しさは今でも魔族一人一人の胸に残っている」


この世界の希望を自分達の手で屠る····。きっと、勇者や聖女を殺した魔族もそれを命令したルシファーも····悔しくて仕方なかっただろう。それと同時に全てを捻じ曲げた人族を酷く恨んだ事だろう。お前達さえ居なければ、と·····一体ルシファーは何回そう思っただろうな····。どれだけ憎んで恨んでも···この世界の存続のために過度に殺すことは出来ない。根絶やしにするなんて、以ての外。

ルシファーが一体どんな気持ちで人族の愚行を受け止めてきたのか····平和の国で育った俺には想像も出来ない。

ルシファーは指先でスクリーンを弄ると、ある映像を映し出した。美しいステンドグラスや彫刻が並べられたその空間は神殿や聖堂のようだ。その楕円状に広がった空間の中央には真っ白な宝石····だろうか?光に反射してキラキラと輝く岩が置いてあった。大きさはウリエルと同じくらいだろうか?堂々と部屋の中央に立っている宝石のように美しい岩は何故だか嫌な感じがした。

理由は分からないが、なんて言うか····大嫌いなGを目の当たりにしたようなゾワゾワとした何かが背筋に走る。


「これはヘラの恩恵を閉じ込めた依代よりしろだ。人族が住むスターリ国と言う国の王城に保管されている。当然ながら警備は厳重。この国が有する有能な魔法使いや戦士達を警備に当たらせている上にピンチな時は他国から援軍が来るよう手配されている」


呪いが宿された岩だったのか、それは····。

しかも、その岩を保管してたのってスターリ国だったのかよ····。まあ、召喚陣を保有しているくらいだし、当たり前と言えば当たり前か。

王城の警備体制を事細かに述べたルシファーは俺と目を合わせて、ニヤリと笑う。形の整った薄い唇には緩やかな弧が描かれ、不気味な雰囲気を漂わせていた。


「────────さて、オトハくん。ここまで長々とこの世界の歴史を語ってきた訳だが····何故私が君をここへ連れてくるよう幹部に命じたのか分かるかい?」


ニコニコと笑みを振り撒くルシファーは答えを急かすようにコンコンと床を指で叩き始めた。日本人がイライラした時にやる高速コンコンではなく、音を奏でるようにゆったりとしたリズムで叩く感じのコンコンだ。

何でルシファーが俺を幹部を使ってまで呼んだか、ねぇ····。

アスモが口にした『この世界の希望』という言葉と俺の職業能力····それから、ルシファーの反応と俺を迎え入れた態度····。

これだけ推理の材料が揃っていれば嫌でも分かる。

はぁ····神様が俺の職業を“無職”にした訳がやっと分かった気がするぜ····。損な役回りを背負わされもんだ···。結局、俺はどの世界に行こうと不幸体質のままって訳だ。ここまで不幸だと、いっそ清々しいぜ。


「───────無職の職業能力である転職ジョブチェンジを使って、俺を勇者か聖女にし、呪いを打ち払うため···だろ?」


「ふふっ。正解!さすがはオトハくんだね」


そう言って、この世界の魔王様は愉快げに目を細めた。

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