マギアイズ

@shinaken

第1話

「マギ、一番近いドライバーを探して」


 塔子はウェアラブルグラスを中指で持ち上げ「フィット」と告げる。

旭日化学が開発したフレキシブルな新素材の樹脂が、マギによる骨格の解析を経て変形し、 皮膚への圧迫感をも微調整したうえで塔子の頭部にフィットする。購入したばかりの新型「マギアイズ」はバージョン3.5で、最新デバイスとソフトの連携も申し分なく、これはぜひ実物を神成達に見せなければならないと、サロンへと向かうところだった。

 マギは数秒でオートドライバーの検索を終了した。塔子の眼前に市内を巡る車両の位置、渋滞状況などをグラフィカルに展開し、サロンへの適切な道程を赤線で表示する。慣れた者はグラフィックをオフにするのだが、塔子はマギを使い始めてからまだ日が浅く、また、気分的にも高速で描画されていくグラフィックは高揚感が伴い、しばらくはこのままで良いだろうと思っていた。


 マンションから出て1分ほどでオートドライバーは到着しスライドドアを開けて待っていた。マットシルバーの真四角の車体はのっぺりとしていて、塔子の感覚でははっきり言ってダサいとしか言いようがない。とは言え自身が所持しているわけでもないので、さほど大きな問題でもない。中にはメーカー指定で配車依頼をする人もいるらしいが、車を個人で所持していた経験のある高齢者がほとんどだ。

 乗り込むと、「右側のノブを握ってください。モニターに顔を近づけてください。」とドライバーの「マギ」が指示を出しながら車を発進させる。行先は家を出る前に伝えてある。生体認証を完了し、塔子本人であることを確認すると「何か話しますか?」と問いかけてくる。


「OKよ、マギ」


「新しい私の調子はどうですか?」


「とっても良いわ。『フィット』も上々よ」


「それは良かったです。一緒に購入した本は面白かったですか?」


「ああ、あれはまだ読んでないわ。そもそも今まで読んできたものと傾向が似すぎているから読んでも無駄ね。クラウドの容量もかなり食っているから、多分デリートするわ」


「そうですか。他に何か興味が?」


「次は歴史ね。崩壊前の中国の歴史が知りたいわ」


「案内してもよろしいですか?」


「OK」


「それでは関連するウェブサイトと書籍のデータを転送いたします」


瞬時にグラスにハイパーリンクと書籍名が羅列される。「ダイジェスト」と告げると各コンテンツの要約が表示される。


 「マギシステム」はインドと日本の共同開発によって生まれた。長らく世界のIT業界を牛耳っていたアメリカと中国は後塵に配した。中国は内乱により崩壊したから言うまでもないが、アメリカにとってはショックが大きく、インドに対しては表立って、日本に対しては裏でコソコソと回りくどい圧力をかけてきた。よほど慌てていたのだろう。すべてがフラットになった世の中で、どんな手段であれ「圧力」など不毛な行為はなかった。圧倒的な技術の加速は、とうの昔に政治権力を形骸化させていた。

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