32話 後継者

 マリーが気がつくとそこは教会の中であった。


 ――戻ってきた!? 夢ではないように思われたけど、なんなのこの力は!?


「――っ! 痛い!」


 マリーの右腕はすでに斬られたあとであった。その右肩から大量の血が溢れだしている。


 ――大丈夫。わたしはこれでは死なない。


 そう思ったときだ。マリーの前に誰かが立ってるのに気づいた。老いてシワシワの老人は黄金の剣を振りかぶって、いまにもマリーの首を両断しようとしてるときだった。


 《不完全な世界の顕現》


 マリーがそう唱えるとありふれた鉄の剣が召喚された。


 ガキィィィィィィィィン


 その老人が振り下ろした黄金の剣がマリーの鉄の剣によって弾かれる。


「なんとっ!」


 ――カルネラは一流の騎士だ。剣筋だって早い。でも、来ることが分かっているなら待ち受ければいい。


 マリーは鉄の剣を召喚すると首元を庇ったのであった。弾かれた黄金の剣を持った老人は体勢を崩し弱々しく倒れる。しかし、それはマリーもだった。マリーは衝撃で吹き飛ばされ剣で庇ったことでその剣が肉にくい込んでいた。


「真っ二つにされるよりかはマシよね」


 その剣を無造作に引っこ抜くと左手に携え、引きずりながら近づく。


「なぜ、わたしを殺そうとするの?」


「ふふ、あはははは! わたくしの剣を受けるとは!あはははは! 」


 ゆっくりと立ち上がるとカルネラはその左手を掲げる。


「見てください、この黄金の指輪。アマリリス様はわたくしに《想いの力》を授けられたのです。アマリリス様はかつてこの力で『完全な世界』を手に入れようとしたというではありませんか! ならば、この黄金の指輪を授けるという行為こそが、後継者である証! この世界のあなたは正当なる後継者でない!」


「違うわ。あなたはアマリリスの愛に飢えていた」


「……! 確かに、わたくしはアマリリス様に捨てられた。この指輪も婚姻破棄の意味があったのかもしれません。そして、わたくしはあらゆる世界を渡り、わたくしを愛してくれるアマリリス様を探した」


「《想いの力》で騒ぎを起こしたのは、わたしを釣るためだったのね」


「そうです。誰もわたくしを知らない。王宮に入ることさえできませんでした。すべてはあなた様がわたくしを覚えていらっしゃるかどうか。それだけが知りたかった」


「その行為でどれだけの人が悲しんだというの?」


「それは信者たちが勝手にやったこと。わたくしはただ、あなた様に会いたかった」


「だめよ。そんなやり方じゃ。アマリリスは全ての人が楽しんで笑ってられる世界を創りたかった」


「出来るわけないじゃないですか! 誰かが笑うには誰かが泣かなければならない。全員が笑ってられる世界なんて創れっこない!」


「残念ながらそれは後継者失格よ」


「ふ、それはもう過ぎたこと。残念なのはあなたのほうです。この世界のアマリリスもわたくしを覚えていらっしゃらない。そして、後継者は二人もいらない」


 《完全な世界の再現》


 老いたカルネラはそう唱えるとその黄金の剣は淡く光だした。たった一振で数千回は斬ることができる《想いの力》をつかった戦技である。


 ――ここでその力を使うか。わたしは左手しか使えないし……。


 マリーのその右肩はすでに再生しはじめていた。しかし、それでも老いたといっても騎士であったカルネラの斬撃を全て受けきれるわけがない。


 それに、《想いの力》は実現可能な事象しか再現できない。たった一振で数千回の斬撃を飛ばす戦技も、時間をかければ数千回振れるという実現可能な事象の結果・・だけを現実にしたものである。


 それはマリーが《完全な世界の再現》で対抗しようとも、左手だけで数千回の打ち込みを受けきれるという実現可能な未来がないと防ぎきれないことを意味していた。


 ――無理だわ! 防ぎきれない! ここは一旦退くべきか!?


 マリーが諦めかけていたその時、マリーの後ろで声がした。


 《完全な世界の再現》


 街ではいっさい聞くことができない詠唱が聞こえたのである。


「これは、《想いの力》? でも一体誰が?」


 マリーが教会の入口をみると身に覚えのあるシルエットがたっていた。それは、マリーと数回デートした殿方。その人であったのだ。


「え? なんであなたが!? 」


「………!」


 老人であるカルネラはその人をみて驚愕していた。


「……か、カルネラアルスバーン」


「え?」


 老いてシワシワになったカルネラはその人物をよく知っていた。それはかつての自分、若かりし頃の自分の姿であったのだ。


 老いたカルネラは淡く光る黄金の剣をその者に向ける。


「この世界のわたくしは失踪してると聞きましたが……」


「ええ、確かにこの世界の俺はとある事故により失踪したことになっています。俺はそのときに一人の少女を召喚してしまったんです。神と自称する少女は、俺に《想いの力》の全てを教えてくださいました」


 スタスタと歩みと止めぬその青年は淡く光る剣を携え、老人であるカルネラに剣を向ける。


「俺は超越者カルネラ・アルスバーン。神アルストロメリアの代理人、〈正当なる観測者〉である。並行世界を跨いだ貴様を感知し、ずっと貴様を探していた。ここに正義を執行する!」

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