31話 アマリリスの記憶
王宮の一室、真紅の絨毯と王宮に相応しい調度品が置かれた部屋に、姫のドレスを着た少女が椅子に座って紅茶を嗜んでいた。
「ねぇ、マーガレット、プラナリアって知ってる? 半分に切っても別々に再生して二匹になるんですってね。おもしろい。でも、どっちが本物なのかしら?」
傍付きのメイドの一人、その傍らに立っていたマーガレットが答える。
「アマリリス様、また、あの男と会っていたのですか?」
「あら? マーガレットさんったらやきもち妬いてくれるの?」
そう言ってメイドをからかう少女はアマリリスと言うらしい。マーガレットというメイドは顔を少し赤らめながらも反論する。
「ち、ちがいます! 男というのは信用できないものでして……」
「彼はいい人よ。騎士として私を守ってくれるし、色んなことを教えてくれる。ほら、この前はベニクラゲについて教えて貰っちゃった」
嬉しそうに語るアマリリスの様子にそのメイドは諦めたようだ。
アマリリスはかつて半神として世界を導こうとした。《想いの力》によって完全な世界を手に入れようとした。しかし、それは叶わず、彼女は今度は武力と暴力で世界を統一しようとした、その時であった。一人の青年が彼女を外界に連れ出したのだった。カルネラアルスバーン、近衛騎士として迎えられた彼はアマリリスに半神ではなく、一人の人間として生きようと思わせたのだった。
――これが恋というやつかしら? 彼といると楽しいわ。
アマリリスは人間として生きる。ただの人間としての喜びを享受する。だが、それでも彼女は不老不死であったから彼女は人間として人生を完全に楽しめたとは言えないだろう。
一つに、アマリリスは子供を作れなかった。一人の人間の女性として、彼女は我が子を待望したがそれは叶うことはなかった。それは、彼女が不老不死であったから生殖は必要ないという理由であった。
二つに、アマリリスの周りは老いていくのに彼女は何年経っても少女の姿のままであった。ありふれた友の死も彼女は永遠に経験していかなければならない。
カルネラと婚儀を済ませたあと、王宮でひっそりと暮らしていた。カルネラがもう老人と呼べるまで老いてもなお、アマリリスは少女の姿のままであった。
「――――が死んだ……?」
「はい。事故死のようです」
それは友の訃報であった。メメント・モリには友の死も含まれていたらしい。人より長く生きるとそれに伴って多くの死を経験する。家族、友達、飼っていた猫さえも簡単に死んでいくのだ。そして、愛したものも……。アマリリスは年老いたてシワシワになったカルネラに思う。そして彼に託すことにしたのだった。
「カルネラ・アルスバーン。あなたに《想いの力》を授けましょう。《正当なる観測者の権限》これで別の並行世界へいくのです」
そういってアマリリスはその黄金の指輪を彼に渡したのだ。《想像なる黄金の指環》それ自体が《想いの力》を使えるようにするものであったが、その様子は指輪を返還する行為そのものであった。
「あ、アマリリス様。わたくしをもう、愛してくださらないのですか……!?」
「いいえ、あなたを愛しています。ただ、あなたが死んでいくところをわたしは見たくない」
「死ぬまでわたくしはお供させていただきたい」
「……ごめんなさい。きっと別の世界のわたしがあなたを愛してくれるわ」
《正当なる観測者の権限》
アマリリスがそう唱えるとその黄金の指輪から小さな光が発せられカルネラを包んだ。そして、彼は時空の彼方に消えていったのだった。
「待ってください! アマリリス様! わたくしはあなたを――」
「さようなら。カルネラ・アルスバーン。愛していました」
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