30話 デート
マリーは町の噴水に来ていた。晴れの日であって太陽の陽射しが強い。麦わら帽子がなかったら日焼けしてただろう。噴水の周りには、ちらほらと人影がみえる。どうやらこの陽射しを噴水の水で和らげようとしてるらしい。
――あの人は……いないか。
マリーは目当ての人が居ないことを知ると、少ししょんぼりしながら噴水の水に足をつける。端に腰をおろしジャブジャブとその水を蹴るのだ。その足はなんの汚れもない綺麗な足だった。
――まあ、わかってたけど。ここに来たのは私の勝手だし。
なんてボヤいていたら後ろから声がした。
「こんにちは、来てくれたんですね」
それは例の殿方の声であった。マリーは振り向くとその青年を認識する。青年がここに居たという喜びとマリー自身を見つけてくれたことに、すこしトキメキを感じてたわけだ。
「……はい」
マリーは俯き少し顔を赤らめて返事をした。
***
通りを抜けてパンケーキ屋に入る。二度目であったからかマリーは落ち着いていた。席に座ると何を話そうか迷った結果、周りの会話からヒントを得ようと耳をこらすのだった。周りの会話からはカルネラ・アルスバーンの話が聞こえた。
――カルネラ・アルスバーン。デートでこの話を持ち出すのはどうなのかしら?
「カルネラ・アルスバーン。何やら死者を蘇らせるとか」
その話を切り出したのは青年のほうであった。マリーはパンケーキを口に運ぶフォークを止めて返事をする。
「はい、名前だけなら聞いたことがあります」
嘘であった。カルネラ・アルスバーンについてマリーは人より多く知ってるはずだ。彼に妹がいることも彼が王宮の術者であったことも、そして彼がマリーを狙う反社会的勢力の指導者であることをも。しかし、マリーの抱く印象は〈よく分からない〉というものであった。知れば知るほど分からなくなる。マリーは人より多く知ってるはずなのに、それが分からないという状況になっていた。
「――死とは、何だと思います?」
突然の質問にマリーは少し呆気にとられていた。
「死?」
「メメント・モリ。自分が死ぬことを忘れるなと言う言葉です。どうせ死ぬのなら楽しく生きようとも捉えれます。では、不死の人間がいたらその人は楽しく生きられるのでしょうか」
「それは……」
「死があるから人は喜び楽しむのだとすれば、死を無くしてしまえば、その世界は幸せだと言いきれるのでしょうか」
「…………」
「その世界は、変化のない退屈な世界だと思います」
マリーは何も答えれなかった。不死である少女には考えたこともないテーマであったからだ。沈黙をつづけたマリーをみた青年は、今度は別の話を持ち上げる。
「ベニクラゲという生き物がいます」
「……クラゲですか?」
「はい、別名不老不死のクラゲと呼ばれるクラゲです。そのクラゲはなんと、老衰する代わりに綺麗な細胞を生成して生まれ変われるそうです」
「へえ、面白い! つまり、寿命では死なないってこと? でもそれなら不老というのは間違っていますね」
「確かに」
ハハハと笑いあった。話すにつれて二人は打ち解けているのだった。
パンケーキ屋をでて、通りを一緒に歩いていた。マリーはようやく聞きたかったことを聞こうとした。
「あ、あのお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
青年はふと思い出したかのように気づく。ここまで名前を知らずに接してきたのだ。青年はマリーの方を向いて自己紹介をする。紳士的な一礼をしながらこう言った。
「僕はカル――」
カラーンカラーン、とその紹介は教会の鐘にかき消されたのだった。
「あの……? いまなんて?」
「すみません。ちょっと用事ができてしまいました」
そういうと青年は雑踏の中に消えていくのだった。
「……あ、」
行ってしまわれた。
***
一人になったマリーは手持ち無沙汰で街を徘徊していた。目に映ったのは教会の塔の鐘である。さっきの鐘の音はあの鐘が鳴ったのだろう。近くに寄ってみると、葬式であろうか? 喪服に身を包んだ人たちがいる。
――誰かが死んだ、その別れに人々は悲しむ、なら蘇らせることでその悲しみがなくなるのだろうか。彼がさっき言ったのは、そういうことではないと言う意味?
教会の中でどよめきが起こった。マリーはその教会に近づくと、中から声が聞こえた。
「これが想いの力です! 皆様方! もう死を恐れる必要はない。私はこの力で彼女の望んだ世界を手に入れたい! 私の名はカルネラ・アルスバーン、アマリリスの正当なる後継者であります! 」
――カルネラ・アルスバーン! ?
マリーは教会の扉からすこし覗こうと思ったが、思いのほか体重をかけすぎたせいで扉が開いてしまった。体が放り出されたマリーはその男性と目が合う。老人ともいえるシワシワの男性であり、祭司の装束を着て、すべての指に指輪がはめらていた。
「こいつがカルネラ・アルスバーン! ?」
その男はマリーを見ると破顔して泣き出したのだ。
「う゛ぉぉぁあ゛まりりす様、会いと゛うございました」
勢いをつけて抱きつこうとしたその動作の認識が遅れたマリーは、不覚にも抱擁されてしまうのだった。
「――っ! 離れなさいよ! 」
突き飛ばした男は案外軽く、無様にも地面に倒れるのだった。
「あまりりす様……?」
その男はマリーがアマリリスでないと気づくとゆっくりと立ち上がり、詠唱を始めるのだ。
《不完全な世界の顕現》
別の世界から召喚されたのは、剣(つるぎ)である。マリーの身長の半分はあるそのロングソードは黄金に輝き、その男に一振りされるのだった。
「え?」
ザシュッ、後方にマリーの何かが飛ばれた。マリーは恐る恐る右腕の感覚がないことに気づきながらもその飛ばされた何かを確認するのだ。
――腕だ。私の右腕だ。
状況を認識したマリーは痛みを思い出す。
「あああああああああああああああ! ! ! 」
――痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!!
マリーは右肩を抑えながら、膝をつく。その様子を見た教会の参列者たちも散っていった。
「このアマリリス様も私を覚えていらっしゃらないようで……」
「わたしを殺したいのは分かったけど! この程度じゃわたしは死なないわ!」
「そうです……斬っても再生する。しかし、首を落としたらどうでしょうか? 再生した頭は以前の記憶を覚えているのでしょうか? そしてどちらからが再生するのか知りたくなりませんか? 斬られた首か、残った体か」
「あんた何いって――」
マリーの視界は空中に放り出された。
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