33話 超越者

 《完全な世界の再現》


 それによってたった一振から無数の斬撃を生み出すことができる。ただし、それは実現可能な事象であるらばという条件つきだ。数千の斬撃を飛ばすにも、実際に数千も振れるという事実がなければ再現できない。そう、これは因果の圧縮である。数千回を斬るという過程を省略して、数千回を斬ったという結果だけを再現する力だ。


 後継者と名乗るカルネラ・アルスバーンは老いていもなおその体に染み付いた剣術は残っていた。ただ、振るだけなら疲れなくして数千回は振れるであろう。《完全な世界の再現》により顕現されるのは無数の斬撃である。普通ならばこれを全て受けきるのは不可能であろう。ただし、それを受けるのがかつての自分であったなら?


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!


 教会に響く轟音は圧縮された剣の衝突音であった。残されたのは双方とも無傷の状態、つまり超越者と名乗るカルネラ・アルスバーンはすべての斬撃を受けきったというわけだ。


「ば、馬鹿な! すべて受けきっただと!?」


「当たり前だ。《想いの力》は想像できるものしか実現できない。貴様の想像してることは全てお見通しだ! なにせ、なのだから」


「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!」


 老いたカルネラは《想いの力》を使わず、その腕で黄金の剣を振る。空を斬る。空を斬る。空を斬る。空を斬る。老いたともいえどその剣筋は鋭く、当たってしまえば一溜りもない。だが、超越者であるカルネラはそれを容易く躱すのであった。


「……! 見切られているだと!?」


「言ったであろう? 貴様の想像してることは全てお見通しだと」


「ならば!」


 そう言って老いたカルネラはへたり込むマリーに向かって剣を投げたのである。


「これは想像できないだろう! 騎士であるわたくしが剣を放り投げるなど、かつてのわたくしと言えども想像できまい!」


 傍観していたマリーは飛んでくる黄金の剣(つるぎ)を避けきれない。くるくると高速回転をしながら飛んでくる黄金の剣(つるぎ)は、マリーの首を的確に狙っていた。


 カキンッ!


 だが、その剣も超越者と名乗るカルネラ・アルスバーンに止められたのだった。それは本来不可能な動作である。戦闘のすえ、マリーと超越者カルネラは空間的に離れていた。どんなに身体能力に優れようが実現不可能な行動である。それはまるで、一瞬のうちにテレポートしたような。


 老いたカルネラが気がつくと目の前にいたはずの若かりし頃のカルネラがいつの間にかマリーの近くに立っていたのだ。


「な、なんだ! 何をした!」


「これも《想いの力》だ」


「嘘だ! そんな力は存在しない!」


「それは貴様に想いが足らなかっただけだろう」


 超越者と名乗るカルネラ・アルスバーンは剣を向ける。なんの変哲もないただの鉄剣であった。後継者と名乗るカルネラ・アルスバーンはふらふらした足取りで黄金の剣を拾う。無防備なその光景であったが、それを狙おうとはしなかった。


「……ふふ。甘いな、カルネラ・アルスバーン。絶好のチャンスであったろうに。やはり、騎士であるか」


 超越者カルネラが相手の思考を読めるように、後継者カルネラも相手の思考を読めるのだ。なぜなら、二人は同じ人間であるから。


 《正当なる観測者の権限》


 老いたカルネラが詠唱した。その力は別の世界に移動するといった力である。要はこの世界を諦め、別の世界に逃げようとする魂胆である。


「さらばだ諸君。わたくしは別の世界にアマリリス様を探すとしよう」


 そういって老いたカルネラは時空の彼方に消えていった。


「……逃げられたか。まあいいさ。また追えばいい」


「あの……」


 声を上げたのは傍観していたマリーであった。結局マリーは戦闘には参加できなかった。それは右腕が欠損していたのと、二人の闘いについていけなったのがある。けれども、マリーのその右腕はほとんど再生しており、もろもろの傷は塞がり、五体満足な状態であった。


 ――何から聞けばよいのかしら? あなたがカルネラアルスバーン? アルストロメリアの代理人? それとも……


 マリーは口をパクパクさせたあと、その口でこう言ったのだった。


「あ…あ、ありがとうございます」


 それは感謝の言葉であった。それを聞いた青年はマリーの前に跪く。


「は! マリー様を守るのが我々騎士の役目、それにまだ決着はついておりません。わたしは彼を追わなければならない」


「い、行ってしまわれるのですか?」


「それが〈正当なる観測者〉の使命でもございます。このカルネラ・アルスバーン、使命を全うすれば必ずやマリー様の元に戻ってきます」


「いいましたね。必ずですよ。あなたには言いたいことがたくさんあるのですから」


「ええ、必ず」


 《正当なる観測者の権限》


 彼が詠唱すると、時空の彼方へ消えていった。誰もいなくなった教会にマリーは思う。


 ――密かに会っていた殿方が私の窮地に駆けつけてくれた。アルストロメリア? はよくわかんなかったけど、確かにカッコよかったわ。絶対に帰ってきなさいよね。


「あ、ガーベラとサザンカになんて報告しよう?」


 ***


 後日、悪の指導者であるカルネラ・アルスバーンが退治されたと街では噂になった。それともう一つ、


「おい、知ってるか? 教会の話。なんと右腕から少女が産まれたらしい。それも王女殿下とそっくりな」


「奇跡ではないか、不思議なこともあるものだな。それでその子は?」


「その教会の神父が可愛がって育ててるそうだ」


「神父? 確かあそこはアルスバーン家の」

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