19話 はだかの王女様

それは吹き付ける風が強い朝であった。窓がガタガタと震えている。マリーはガーベラの眠る寝室に入ると、彼女の髪を触った。

 ――傷んでる……。


 ポツポツポツと雨が降ってきた。その雨は次第に強くなりザアザアと打ち付ける雨に変わっていった。


 ◇


 その日は雨であった。王宮と学院は構造的に平坦な道で繋がってるため傘をささず走ってきた。


「うっひゃあ、降ってきたなあ」


 マリーの体はびしょ濡れであった。その濡れたワイシャツから下着が透けてみえるのである。アザレアがいれば至極興奮したことだろう。残念ながら今日の担当はバイオレットである。王宮に仕えるメイドの一人であった。


「まったく、マリー様は傍若無人です。私、被害者ですよ」


 と言うのも最初は傘を持とうというバイオレットの声に対して、


「見てなさい!この雨、全部避けきってやるんだから!」


 と無謀にもその中を突貫したマリーであった。そして、それに着いていくのが傍付きの役目であったため仕方なく濡れてしまったのである。


「ごめんごめん、あ、下着透けてる」


「きゃあ!」


 小さな悲鳴がそこにはあった。


***


 別のメイドに頼んで替えの服を持ってきてもらうことになった。教室に入るとまだ誰も来てないようだった。――てか、近いんだから自分で戻ればよかったのでは?、と気づいたときには頼んだメイドは既にいなかったのである。


 ――授業なんか受けずに、あの喋るカエルを探したいんだけどなあ、てか、ワイシャツが張り付いて気持ち悪い。


 すると、何を思ったのかマリーはそのワイシャツを脱ぎ始めたのである。


「ちょっと!マリー様!何をしているのですか!」


 慌てた様子で止めに入るバイオレット。これがカトレアなら「それいいですね。私も脱ぎましょう」となっていたから、今日の傍付きがバイオレットで本当によかった。


「だって、張り付いて気持ち悪いんだもの。誰も居ないんだし、替えの服がくるまでの間だけよ」


「誰か来たらどうするんですか!」


 とバイオレットは自分のことでもないのに恥ずかしそうに顔が真っ赤であった。


「こないでしょ。誰か来たら木の下に埋めて貰っても構わないわよ」


 と胸に手を当て自慢げに宣言する。


 開放感があっていいわね、何も身につけてないと別の自分になれた気がするわ。てか、勅令で服の着用禁止にしてもいいくらい。最初から何も着てなかったら恥じらいなんて起きないでしょ。


 と、その時であった。

 ガラリと扉が開く音がしたのは。


「きゃあああああ!誰か来たんですけど!」


 マリーは恥じらいを取り戻し、バイオレットの影に隠れようとするが、教卓の近く扉の近くまで来ていたマリーには不可能であった。


 その目はすでに涙目で、勅令なんか思ったことを後悔してるようだ。残念だが手遅れだ、扉はすでに開けられた。王女のそのあられもない姿が民衆に見られるのである。その醜態は後世にも語り継がれるであろう。それは伝説となり、はだかの王様ならぬ、はだかの王女様と民衆の中で童話として語り継がれるのだ。


 マリーは固く目を閉じて見なかったことにする。自分が観測しなかったことで現実をなかったことにしようとしたのだ。そんなことは無意味だと悟りマリーが目を開くと、


 カエルがいた。


「て、お前かぁぁぁぁぁい!」


 マリーはそのカエルを掴むと雨の中に放り投げたのだった。


 ◇

 頼んだメイドが服を持ってきたので着替えたのであった。


「マリー様……」


「何も聞かないで、そして忘れて」


 机に顔を伏せるマリーであった。そこにカトレアが合流した。今日は王宮の家事を担当していたから遅れて来たのである。


「あれ?何かあったんですか?」


「な゛に゛も゛な゛か゛っ゛た゛」


 と涙混じりに訴えるのであった。ふと、顔だけ起こすと――ああ、あのカエル放り投げちゃったわ。聞きたいことあったんだけど、と我にかえるのである。


 外から雨の音とカエルの鳴き声が聞こえた。


 授業が終わると伸びをするマリーであった。今日はこれからカエル探しをしないといけない。洗脳についての論文はあの喋るカエルが握ってるからである。マーガレットと合流すると手分けして学院を探索する。


 ――てか、なんであのカエルは現れたり消えたりするのかしら。


 と、愚痴を思いながら歩いていると一匹のカエルがいた。


「やっとみつけたわよ。てか、あんた痩せた?」


 ゲコ、と鳴くカエルであった。――うそ?本物のカエル?、と若干カエルの定義が曖昧になるマリーであった。ふと、辺りを見回すとゲコゲコ、ゲコゲコとまるで田舎の田んぼのようにうるさいのである。


「まじで?この中から見つけないといけないの……?」


 とマリーは傘を落とすのであった。

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