18話 憎悪

図書館の裏手にあるその円形の建物には、図書館で公開されてる書物の10倍の書物がある王立研究所があった。それは一般的な学術、数学や科学を初めとした書物で埋め尽くされていた。


 かといって、文明が進みスマホなど実用的なものが開発されることはなかった。それは喋るカエルが《想いの力》を披露することで、科学者の興味がその異能の力や神の世界に向いたからである。ゆえに、理論はすすんでも開発はされなく、世界は中世のままであった。


 科学者は《想いの力》による研究に勤しみ術者と名乗っていた。その中の一人がボーア・シュトレイゼンである。彼は、《完全な世界の再現》を多重詠唱することで、30°の角度から斬りこんだ世界、60°の角度から斬りこんだ世界……と無限に存在する世界を顕現させることで、たった一振の斬撃から無数の斬撃を生み出す剣技を開発した者であった。白髪の教授とは彼のことであったのだ。


 閑話休題。


 本だらけの先に進むとパイプタバコを吹かすボーアが聞き返した。


「洗脳……ですか?」


 その前にはマリーとマーガレットがソファに座っていた。


「ええ、洗脳された子がいるの。なんとかならないかしら?」


 ボーアはパイプタバコをふかしながら頭を抱えた。ポフン、ポフンと煙が数回あがったあとようやく話を切り出したのだ。


「そのような論文がありました。確か執筆者はカルネラ・アルスバーンと言ったような……」


 想いの力の研究結果は本来、非公開であった。実践導入は学院の生徒で実験、いや試してからである。ボーアが発言を渋ったのは、洗脳された人物がいることから研究結果が漏洩している可能性を危惧したからだ。


 マリーはカルネラという単語に反応した。


「カルネラってガーベラがぶつぶつ言っていた……?」


 マーガレットが言う。


「そのカルネラ・アルスバーンというのは?」


「半年ほど前だったかな。そのとき退職した王宮術者です。彼、逸材でしたから勿体なかったな」


 マリーが言う。


「洗脳を治す方法ってないんですか?」


「洗脳っていっても、想いの力で洗脳されたわけでもないでしょう。彼がそんな事するはずないですし……」


「手段はどうでもいいです。治す方法です」


「そんな事聞かれましても……さらに洗脳をかけ直すとか?」


 マーガレットがいう。


「その論文を、私たちが見ることはできますか?」


「マリー様であればできましょう。しかし、全ての研究結果は恩師ハルヴェイユ教授が管理しております。論文もしかりです。これはハルヴェイユ教授に聞いてみないとワタクシにはどうもできません」


「そのハルヴェイユ教授は今どこに?」


「朝から見てないですね。だってカエルですし、どこかでぴょんぴょん跳ねてるんじゃないですか?そういえばハルヴェイユ教授、翼生えてませんでした?今度ワタクシにも翼付けてほしいな」


 得られたのは、カルネラ・アルスバーンという名と、その論文をあの喋るカエルが持ってるということだった。


「ではこのへんで失礼します」


「ああ、お元気で」


 研究室をあとにして外へでると、涼しい風が吹いていた。もう日は暮れていた。マリーは拳をつよく握っていたから爪が肉にくい込んで血がでていた。その傷もすぐに癒えるのだけど。


「……許せないわ」


「あの教授の態度ですか?教授というものはああいうもので――」


 マーガレットは言葉を止めた。その発言が勘違いだと気づいたからだ。


「彼女の残した想いの力を洗脳なんて、悪いことに使うなんて、彼女はそんな世界を望んだんじゃない!……」


 マリーは言葉を続ける。


「そしてよりにもよって、私のメイドに手をだすなんて……」


 そして、澄んでいて暗いような目でこう言ったのだ。


「根絶やしにしてやりましょう」


 マーガレットはそれをみて、はじめてマリーを恐れたという。

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