02話 お姫様とメイドたち。

王宮にある大浴場は、一度に十人は入れる大きさであって、全て大理石で造られていた。貸し切り状態であった。少女ひとりには広すぎる空間であったが、一度肩まで浸かると、心地よいぬくもりに満たされて、そんなことはどうでもよく感じられた。むしろ、この広さが心までも解放された気がして、そのまま体を伸ばすのだった。


「ふぅ……!」


すみをみると数人のメイドが立っている。彼女らはあるじであるマリーに不測の事態が起きた時のために存在するものだ。軽装、もとい全裸で入るのだから身辺警護はもちろんのこと、大理石ですべって怪我をしたり、浴槽でのぼせたりしたときのためでもある。逆に、その時以外は人形のように、あるじであるマリーを監視していた。


同性とはいえ、見られるのは恥ずかしい。


「いっそのことあなたたちも入れば?」


と、声を掛けてみるが「できません」とのこと。


やはり、身分が違うのだろうか。メイドたちもマリーと歳は近しいと思われたので友達になりたいと思ったのだけれど。


ふと、湯船に浸かった自分の体を見る。足のグラデーションが消えてない。花の汁が付けたものだったが、あの永久庭園だっけか、あの空間そのものが特別だったから落ちないとかあるのだろうか。


ぷかぷかと桶が流れてきた。覗いてみると一匹のカエルが桶の中にミニ風呂を作り、くつろいでいた。

やはり、このカエル。只者じゃなさそうだ。


「マリー様、その足の模様もそうですが、召されてたワンピースも色が落ちないようで、新しい着替えを用意させます」


「あれは出来ればとっておきたいのだけれど」


「作用でございますか。では、洗濯したのち保管するように伝えておきます」


「ところで、あなたって性別は?」


「オスですけど」


なんの躊躇ためらいもなく答えたのが最後。このカエルの処刑が決まった。罪状は女子風呂覗き、乙女の花園は男子厳禁なんだぞ。


と、黒いオーラを漂わせたマリーは、喋るカエルを掴むと開いた窓に向かって思い切り放り投げた。今度は故意に投げたので、みるみる彼方へ飛んでいく。マリーは本来運動神経良かったのだろう。


「ちょっとのぼせてきちゃったかも」


もちろん意味ありげな湯気がマリーのそれを隠すのは言うまでもない。


――着替えを済ませると、マリーは自室へいく。もちろん、自分の部屋がどこにあるのか分からないので適当に歩いていたら、剣とか防具とかあるところに来てしまっていて、そこに少年がひとり稽古していた。


「これは恥ずかしいところを見られてしまいました」


それは誰かを守るために剣の鍛錬たんれんをしていたところに、その誰かが来てしまった恥ずかしさであった。


「すこし見てていいかしら」


「はい!」


元気よく発せられた返事は忠義からくるのだろうか。マリーは彼の剣さばきに少し見蕩れてしまった。私ではなく本当のマリーのための剣だと思うと、すこし申し訳なくなって、物憂げな表情をしてた。


「どうかされましたか」


「あなたはどうして剣を振っているの?」


少年は忠義を試す質問だと思ったのだろう。マリーの前にひざまずいてこうべを垂れた。


「この国の民を守るためです。そして、この身を掛けてでもマリー様をお守りします」


「あら、マリーさんって結構愛されてたのね」


「愛…!私めは一兵士、野暮な考えなど持ち合わせておりません。全ては忠義のために」


そんなことは言いつつ少年の顔は真っ赤であった。からかい上手のマリーさんはいつかデレてくれるだろうか。


「湯冷めしますよ」とマリーを見つけたメイドが羽織を被せてくれた。


ひと時の終了が暗黙の了解でなされたあと、少年と別れマリーはメイドに連れられ念願の自室へ辿りついたのだった。


――「ふーーー!」と大きなため息をしながら天蓋の着いたベッドに飛び込む。ふかふかであった。ここに来るまで触感の悪い小動物を触ってきたせいか、この感触はたまらなかった。誰かの振りをするのは思ってた以上に気を使うと思っていたが、記憶がないおかげか、そうでもなかった。むしろ、自分が本当のマリーだと思えたくらいか、いや、それは言い過ぎか。


「ふひひ!ここか!ここがいいんじゃろわしゃわしゃ!」


毛布あいてにまるで悪代官あくだいかん拉致らちしてきた女を弄ぶかような手つきをしていたら、


「コホン」


と部屋の隅でメイドが咳払いをした。


「あ」


いたの。そりゃそうよね。お風呂にだっているのだから自室はいるのは当たり前よね。恥ずかしさのあまり、悶え、ベッドの上でのたうち回っていたら、気を使ったメイドが今度はこういう。


「もしよろしければ、今夜、男子を一人お連れしましょうか」


この女何を言っている。


言葉の意味を理解したマリーは赤面しながらも


「ち、違いますー!よ、欲情なんてしてませんから!し、しかも、こ、子供なんて出来たらどうするの!!」


「まあ、マリー様はそこまで考えていらっしゃったのですか」


墓穴を掘ったか。性欲を発散させるだけなら前戯ぜんぎまででいい。あいにくマリーは少女であった、年相応の性知識しか持ち合わせいない。


「はーー!はーー!はーー!」


言葉にならない恥ずかしさを吐き出している。


「では、女子をお連れしましょう。これなら間違いなんて起こりえません」


「そんな性癖ありませんから!」


――そんな一悶着ひともんちゃくあった後、マリーはこの世界の初めての夜を迎えた。


かのメイドに改めてベッドメイキングされた布団に埋もれながら、もしかしたら、本当に誰かくるかもしれない。とドキドキしていた。


月明かりで薄暗闇でも目が慣れてきたころ、


――ガチャリ。扉の開く音が聞こえた。


「ヤバい!ほんとに誰か来たんですけど!」


声を潜めて叫ぶマリーであった。


出来れば同世代、風呂上がりあったあの子が及第点、同性は勘弁して。と、ビクビクしながら布団の中にうずくまっていたら


――トスンと。ベッドの上に何かが乗った。


急に乗るなんて結構激しいか!?出来ればお優しくして!なんて、思いながら、ゆっくりと覗いてみると――、


カエルがいた。


「て、お前かぁぁぁぁぁい!」


機敏に布団を蹴ってカエルを鷲掴みにすると、慣れた手つきで窓を開け、放りなげる。完璧にルーティーン、この展開は慣れたもんよ。


「お風呂場でマリー様に投げ飛ばされたあと自力出戻ってきた次第です。って、あれ、また飛ばされてる!?このままでは翼が生えてしまいますよ、マリー様!ってまりーさまあああああああああああ」


彼方へ飛んでいく喋るカエルの声はだんだん小さくなっていく。あのカエル、結構偉いんだぞ。


――結局朝まで誰もくることはなかった。体良くあのメイドにからかわれたってわけだ。絶対に仕返ししてやる。と心に決めるマリーであった。

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