第36話:アンシャラザード会談
そこからの動きは早かった。
あれよあれよと言う間に話が進み、ウィゼル王は一週間と経たないうちにゼファーとの会談をとりつけてしまった。
しかもワールフィアのドライアド国と龍人国を交えての四国会談だ。
会談の場所はそれぞれの国に近いベルトラン国内のアンシャラザードで行われることになった。
その頃になると蝗は更にガルバジアに接近していて、ゼファーが局地壊滅術式を実行するという噂が街にも広まっていた。
いよいよもって時間が無くなりつつある。
おそらくこの会談が最後のチャンスになるだろう。
「テツヤ、よくやってくれたな」
会談の場となるアンシャラザードの公邸でヘルマと出会った。
実を言うと試験のためにフェリエをベルトラン帝国に入れたのはゼファーの了承も得ていてヘルマにも手伝ってもらったのだ。
なのでヘルマもバッタカビの効果のほどはよく知っている。
「この会談で我が国の趨勢が決まると言ってもいいだろう」
ヘルマがそこで言葉を切った。
「この会談が通らなければ我が国は長い冬の時代を迎えることになるだろう。そしてそれは我が国だけに留まらないはずだ」
その言葉の裏には戦争になる、という響きが含まれていた。
「大丈夫だって、ゼファーを信じよう」
俺たちは顔を見合わせて頷き合うと会談の場へと向かった。
◆
「それではこれよりベルトラン帝国、フィルド王国、ワールフィアのドライアド国並び龍人国との四国会談を始めます」
議長の宣言により会談が始まった。
俺は作戦の次第を説明し、必要な魔導士は水魔導士と風魔導士でそれぞれ五千名ずつということになった。
これはかなり安全係数を取った数でこれだけ揃えれば魔導士への負担も減るし、なにより局地壊滅術式のような魔導士の犠牲を出さずに済む。
魔族に協力を仰ぐことに対してベルトラン側からの不満はあったものの、アディルや知識者からの助言もあってこの作戦は不承不承ながらも受け入れられる空気となっていた。
「しかしですなあ…やはり魔族を我が国に入れるのはやはりいかがなものですかな」
上手くいきそうだ、と思っていたその時、異論をはさむものが現れた。
通商執政官のカエソだ。
「蝗の対処方法はわかったわけですし、魔導士の数も我が国でなんとか賄えそうではありませぬか。いや、少し足りないかもしれませぬが、それくらいならなんとかなるのでは?魔族なしでもやっていけるのではないですかな?」
この野郎、要らん事を言いやがって。
「ふーむ、カエソ殿の意見にも一理あるな」
「魔族に貸しを作る位ならば少々の負担は覚悟で我が国だけで行うのも手か」
ベルトラン側にはカエソに賛同する声が出てきた。
「ちょっと待ってください!これはドライアド族の協力なしには成り立ちません!ドライアド以上の
「そうは言ってもこれは我が国の問題である故、他国の者に口出しされる謂れはないですな」
「その通り、フィルド王国は我が国と同盟を結んでいるとはいえこれは内政干渉にあたりますぞ」
「魔族に貸しを作っては後々何を言われるかわかったものではない。災いの種をむざむざ拾うこともあるまいて」
俺の抗議もベルトラン側の否定にかき消されてしまった。
クソ、こいつらくだらないメンツのために自国の民がどうなってもいいってのかよ。
「お待ちください、みなさま方。そう頑なになられてはこの会談を設けてくださった陛下への無礼にあたりますよ」
内政次官のヒラロスが立ち上がった。
「とは言え皆様の意見もごもっともです。我が国と魔界には深いわだかまりがあるのも事実。時間もない今の状態では力を合わせようとしても難しいのではないでしょうか」
ヒラロスは言葉を続けた。
「どうでしょう、ここはドライアドの方々には補佐として参加していただくのに留めて、可能な限り我々の手で対処するというのは」
「冗談じゃない!それじゃまったく無意味じゃ…」
ゼファーが手をあげて俺の抗議を遮った。
「ヒラロス、そうした場合の効果はどれほどと見積もっているのだ」
「まだなんとも。一週間ほどあればより詳しい予想ができると思いますが」
ヒラロスは肩をすくめた。
「それでも損害を現在の想定の五割程度まで減らすことができれば我が国は持ちこたえられるはずです。元老院からも蝗害への対応に疑問の声が上がっている今、いたずらに反論を呼ぶような政策は控えた方がよろしいかと」
「ヒラロス殿の意見はもっともだ。このままではまとまるものもまとまらなくなってしまうであろう」
「陛下、慎重なるご判断を!」
「このままでは魔族に迎合した暗君としての
ベルトラン側からヒラロスの意見に賛同する声が次々と上がっていく。
こいつら、結局日和見を決め込みたいだけなんじゃないのか。
「魔族に迎合した暗君か、確かにそれはそうかもしれぬな」
ゼファーが呟いた。
「それではやはり…」
ヒラロスの言葉にしかしゼファーは首を横に振った。
「だが其方の案は仮に上手くいったとしても犠牲は免れぬ。他方、テツヤの案は余が暗君の誹りを受けることになったとしても、より多くの民が助かることになる。となれば選択は一つしかあるまい」
ゼファーはそう言うと立ち上がった。
「今は余の名誉を思案する時ではない。我々に必要なのは現実から顔を背けて過去に因襲に縛られることではないのだ。この国を守れるのであれば余は幾らでも暗君愚帝の呼び名を拝しようではないか」
そしてゼファーが声高らかに宣言した。
「これよりベルトラン帝国は我が国で発生した蝗害に対してフィルド王国ならびにドライアド国と龍人族との共同作戦を展開することをここに宣言する!作戦名は砂漠の雨と呼称する。決行は一週間後、それまで各人準備を整えておくのだ!これは国の代表たる余の決定である!」
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