第34話:フィルド王国の円卓会議
「テツヤ!」
ゴルドに戻るとリンネ姫が抱きついてきた。
「やっと戻ってきたのか!」
「やっとって、まだほんの数日じゃないか」
「馬鹿者!あのままベルトランから帰ってこないんじゃないかとどれだけ心配したと思っている!」
リンネ姫が目に涙を浮かべて叫んだ。
そうか、俺がベルトランに残るなんて言ったから心配していたのか。
俺はリンネ姫の頭に手をやった。
「大丈夫だって。俺はどこにも行きやしないよ。現にこうして戻ってきただろ?」
「ん…」
リンネ姫がこくりと頷く。
「それよりも至急みんなを集めてくれないか。急いで話したいことがあるんだ」
◆
「それほどなのか…」
俺の説明を聞いたウィゼル王がうめき声をあげた。
リンネ姫やエリオン王子含めフィルド王国の要人が集まった円卓は事の重大さに圧倒されて声一つ上げていない。
「はい、蝗の大群はとんでもない範囲を覆いつくしています。この目で見てきたんです。それはここにいるアディル…ラシド・シディック卿も同じです」
ウィゼル王が改めてアディルの方を見た。
「まさか伝説とも言われるシディック卿まで連れてくるとはな…テツヤの言葉を信じるより他にないようだ」
「フィルド国王にまで覚えていられるとは光栄の極みですじゃ」
アディルが頭を下げた。
「いやいや、私もベルトラン帝国の救世主とまで言われる卿には一度会いたいと思っていた。このような時でなければ国を挙げて歓待していたのだが…」
ウィゼル王はそう言うと顔を上げた。
「今はベルトラン帝国を苛む蝗禍をなんとかせねばならぬ。これは既に一国だけの問題ではないのだ」
周りにいた全員が頷いた。
「それで、何かあてはあるのかな?そのために皆をここに呼んだのだと思うけど」
「はい、その前にこれを見てください」
俺はエリオン王子の問いに頷くとアディルが持ってきた虫かごを円卓の上に置いた。
「これは
「バッタにカビだと…?そんなことが可能なのか?」
「バッタの数は五千億を超えると言うが、その全てにカビを生やすことなどできるのか?」
俺の言葉に円卓がざわついた。
「…俄かには信じがたい話なのだが、そんなことが可能なのか?」
ウィゼル王が髭をさすりながらこちらを向いた。
「湿度と温度と十分な量のカビ、この条件さえ揃えば可能でしょうな」
アディルが答える。
「私も理論的には可能だと考えます」
手をあげたのはフィルド王国の学者、ソンリードだった。
「私は直翅蟲いわゆるバッタの研究をしているのですが、このカビはバッタの育成にとって大敵なのです。ひとたび発生すると全てのバッタを遺棄して小屋全体を浄化しなくてはいけないほどの繁殖力と殺傷力を持っています」
ソンリードはそう言うと憧れを隠し切れない表情でアディルの方を向いた。
「この場でシディック卿にお目にかかれるのは光栄の極みです。卿の著した『直翅蟲~農業の影の支配者~』は私にとって生涯の指針となる一冊です」
「ほっほっほ、そのようにおだてられるとなんだかこそばゆいのう」
アディルはまんざらでもないように顔をほころばせていたがやがて真面目な顔に戻った。
「しかし問題は先にあげた三点じゃ。そのうちの温度は問題なかろう。しかし残りの二点、湿度と十分なカビの量を満たすのが難しいのじゃ。ほぼ不可能と言っても良いじゃろう」
「そのことなんですが…」
俺は言葉を続けた。
「俺はワールフィアに協力を仰ごうと思っています。ドライアド族の長フェリエは
円卓が静まりかえった。
「…つまり、お主は我が国とワールフィアが協力してベルトラン帝国を助けると、そう言いたいのか?」
ウィゼル王の言葉に俺は頷いた。
「水はフィルド王国とベルトラン帝国の間にある山脈の雪解け水を引っ張ってきます。これは一時的で蝗害が収まり次第塞ぐことになります。その水を水魔導士が湿気へと変え、ドライアドにカビの操作を行ってもらうつもりです」
「馬鹿な!」
「あのベルトラン帝国が魔族の助力を許すなどあり得ない!」
「本当にそれで上手くいくのか?」
円卓は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
誰もが俺の案に疑いを持っている。
それは当然だろう。
俺だって誰かにそう言われたら夢物語だと思ったかもしれない。
「上手くいく、という根拠はあります」
俺はみんなが静まり返るのを待って口を開いた。
「それはこれです」
そう言って開いた扉から布に覆われた巨大な箱を持ってきた。
「ひぃっ!」
布を取り去ると円卓のあちこちで悲鳴が上がる。
それはカビに覆われた蝗の死骸で満載になったガラスの水槽だったからだ。
「実は既にベルトラン帝国で実証実験を済ませているんです。これがその根拠です」
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