エルフと獣人族
第30話:混乱の水乞い
エルフ国に来て数日後、俺たちは再び
今日はパンシーラ氏族による水乞いの儀式があるとリオイに招待されているのだ。
あれからルスドールにもエルフ族と共同で水乞いの儀式を行えないかと打診してみたのだけど色よい返事は得られなかった。
実を言うとルスドールも何度か獣人族に持ち掛けたことはあるのだけど結局実現できなかったのだとか。
なので今回はパンシーラ氏族のみの開催となっている。
蛇頭窟の前には酒樽が幾つも並べられ、祠前の広場では獅子人族の娘たちが音楽に合わせて舞をしている。
「御巴蛇様は無類の酒好きで宴好きだと言われています。なのでこうしてお酒をお供えして楽器を打ち鳴らして巴蛇のご機嫌を取っているのじゃ」
リオイが説明をしてくれた。
蛇が酒好きというのは日本の民間伝承と通じるところがあるな。
それにしても異国情緒たっぷりな音楽も相まってなんともエキゾチックな光景だ。
「これはなんというか…幻想的な光景だな」
「なんだテツヤ、こういうのは初めてか。だったら今度は龍人族の祭に招待してやろう。こんなものではないぞ」
横にいたアマーリアが笑いかけてきた。
その時、けたたましいラッパの音が響き渡った。
「な、なんじゃ!?この音は?」
「誰がこんなことを?」
突然のことに儀式が止まり、辺りは騒然となった。
「あそこ」
フラムが指差した森の中から出てきたのはエルフの集団だった。
手に手に楽器を持っている。
エルフの楽団は獣人族など目に入らぬとでも言うように楽器をかき鳴らしながら祠の前まで練り歩いてきた。
「貴様ら!我々の神聖なる儀式の邪魔をする気か!」
獣人族の有力者が怒声を上げてエルフたちに詰め寄り、辺りは一気に物々しい空気に包まれた。
「邪魔?なんのことだ?我々は水乞いの儀式をしているに過ぎぬ」
先頭に立っていたバルドが嘲笑するように口の端を歪めた。
「ふざけるな!我々が儀式を行うことを知っていて邪魔しに来たのだろうが!」
「知らぬものは知らぬ。貴様らは貴様らで勝手にやるがいい。こちらはこちらでやらせてもらうまでだ」
そう言って再びけたたましい音楽を奏で始める。
「言っておくがここは聖地、ここで手を出そうなどとは万が一にも思わぬことだ」
バルドがそう言って俺に向かって嘲るような笑みを向けてきた。
あの野郎、ここがどういう場所かわかって挑発してきやがったな!
「ま、間に合わなんだか」
その時森の中からルスドールとラファイが現れた。
「ルスドールさん、これは一体?」
「すまぬ、バルドが獣人族の儀式にぶつけるように水乞いを行うと聞きつけて止めに来たのだが…」
ルスドールが無念そうに顔を歪めた。
やっぱりそうだったか。とことん意地の悪い野郎だ。
しかし力を使って無理やり場を収めるにはここはあまりに繊細な場所過ぎる。
どうしたものかと思案している間にもエルフたちは勝手に楽器をかき鳴らし、獣人族の怒りもみるみる上り詰めていく。
「クソッ!あんな奴らに負けてられるか!俺たちもやるぞ!」
ローベンが獣人族の演奏隊に怒鳴り、先ほどの音楽が更に大きくなった。
「こ、これは聞いてられないぞ!」
「駄目だ、これはもう音楽とは言えぬ!」
リンネ姫たちも顔をしかめて耳を押さえた。
獣人族とエルフ族がかき鳴らす音楽は不協和音となって蛇頭窟の周りに響き渡っている。
それはとても音楽とは呼べない代物だった。
「おい、みんな止めろ!今すぐこの演奏を止めるんだ!」
俺は声を限りに叫んだけど誰も聞こうとしない。
耳をつんざく騒音の中で俺の不安はますます大きくなっていた。
それは二部族間の不和についてではない、さっきから
「クソ、お前らいい加減に…」
「やかましい」
力づくで引き離そうとしたその時、突然地面が震え、地の底から轟くような声が響き渡った。
「ひぃ!」
「な、なんだ?」
有無を言わさぬその声にしゃにむに楽器をかき鳴らしていた両部族が一気に静まり返った。
それほどの力を持った声だった。
「ま、まさかこれは…」
ルスドールが青い顔で呟いた。
「テツヤ殿の言葉は本当であったか…」
リオイの声も震えている。
「我を起こすは誰ぞ」
その声は耳というよりも体全体に響いてくるようだった。
「ひいいっ!」
強力な魔力をもった声にエルフ族と獣人族はみな地面にへたり込んだ。
気絶するものまでいる。
「おいおい、本当かよ」
珍しくグランが冷や汗をかいている。
その声は蛇頭窟の中から響いていた。
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