第28話:エルフの族長
「御巴蛇様がどうかしたのかね?」
屋敷に帰って尋ねるとルスドールも
「当然この辺りのエルフ族にもその伝説は伝わっておるからの。獣人族との諍いでも水源を荒らす者がいないのはそのためじゃ」
つまりこの辺の種族はみんな大蛇信仰を守っているということなのか。
「ということは
「その通りじゃ。あの山で争うことは絶対の禁忌となっておる。争えば御巴蛇様が目を覚まし、一帯が地に飲まれると言われておるのじゃ」
その辺の伝承は獣人族と一緒なんだな。
だったらそこに解決の糸口があるかもしれない。
「ちょっと出てくるよ」
俺は立ち上がると出口へと向かった。
「どこへ行くのだ?」
「ああ、ちょっとバルドを話をしにね」
「だったら私も行こう。テツヤ一人では危険だ」
アマーリアが立ち上がった。
「だったら私も」「私も」「キリも」
みんなが口々に言いながら立ち上がる。
「いや、今回は一人で行かせてくれないか。集団で行ったら向こうも警戒するだろうし。ま、ちょっと話をするだけだから危険はないって」
俺はみんなの申し出を断って一人屋敷を出てエルフの町へ向かった。
しばらく歩いていると町の入り口でエルフ族が集まって何かをしているのが目に入ってきた。
その中にバルドの姿も見える。
みんな泥だらけで深い穴を掘っているみたいだ。
「何をしてるんだ?」
「何って見てわからぬのか…って、貴様!」
バルドは俺の姿を認めると驚きと怒りの声をあげた。
あたりのエルフも敵意の籠った目でこちらを睨んでいる。
「そう警戒しないでくれよ。俺は話をしに来ただけなんだ」
「ふざけるな!獣人族と通じておいて今更どの口がほざくか!」
「俺は交渉人なんだから相手と話をするのは当たり前だろ。そんなことよりもそれは井戸を掘ってるのか?」
俺は先ほどまで掘られていた穴をちらりと見た。
周囲に小高い土饅頭ができているあたり、相当深く掘っているみたいだ。
「貴様には関係ない!」
バルドが怒気をはらんだ声で返してきた。
「言っとくけどそこはどれだけ掘っても水なんか出てこないぞ」
「なにっ!」
「そこに水脈は走ってないんだよ。そうだな、掘るとしたらあの辺が良いかな」
俺は少し先の森の中を指差した。
そこなら十メートルも掘れば水が出てくるはずだ。
「貴様の言うことなど信じられるものか!」
しかしバルドは信じようとしない。
まあ今までのいきさつを考えればそれも当然か。
「しょうがないな、これはサービスだと思ってくれ」
俺は森の中に入ると水脈にめがけて穴を掘った。
しばらく掘り進めると井戸の底から水が湧きだしてきた。
「井戸にするんだし折角だから使いやすいようにしておくかな」
周囲を石で固めて見た目的にもちゃんとした井戸にしておく。
「水が出てきたぞ」
「ば、馬鹿な!そんな簡単に行くわけが!」
俺の言葉にバルドが目を剥いた。
「だったら自分で確かめてみなよ」
「ほ、本当だ!本当に水が出てるぞ!」
「まさか!あれだけ掘っても出なかったのに…ほ、本当だ!」
「どうなっているんだ…あの男は何者なんだ?」
俺の掘った井戸を確認したエルフが次々と驚きの声をあげる。
「き、貴様…これは何の真似だ」
バルドが悔しそうに顔を歪めた。
「別に大した理由なんかないよ。あんたと話がしたかったからそっちの仕事が片付くのを手伝っただけだ。こう言っちゃなんだけど俺はあんたの公認を受けた交渉人なんだぜ。だったらあんたに報告義務があるだろ?」
「ぬぐ…」
俺の指摘にバルドが言葉を詰まらせる。
「く…仕方あるまい…さっさとついてこい!」
悔しそうに叫ぶとバルドは振り返ると大股で歩き始めた。
傲慢な割に意外と扱いやすいな。
俺は肩をすくめるとバルドの後をついていった。
「さっさと話せ」
湯浴みを終えたバルドは乱暴に腰を下ろすとぶっきらぼうに告げてきた。
どうでもいいがバルドが湯浴みをしている間は食べ物はおろか飲み物すら出てこなかった。
しかし濡れた髪をタオルで無造作に乾かしているバルドは男の俺でも惚れ惚れとするほどの美男子ぶりだ。
これで性格が良ければもっと印象も変わるだろうに。
「しかし意外だったな。あんたが他のエルフに混ざって土木作業をするなんてね」
というか土木作業をするエルフというのが違和感ありまくりだったな。
「ふん、貴様も知ってるだろうが我が国は水の確保が死活問題なのだ。体面など構っていられるか」
こいつ意外といい奴なのか?
「でもこの辺はかなり水脈が細いぞ。あの井戸だってすぐに枯れてしまうだろうな」
「そんなことはわかってる!だからあの川が必要なんだろうが!」
バルドが拳で机を叩いた。
「いいか!我々には時間がないんだ!あの川を手に入れなければ我らマスロバ氏族は渇死だぞ!」
「わかってるって。そんなに大声出しなさんな。ところであんたも
「
突然話の方向が変わって虚を突かれたのかバルドが興味深そうにこちらを見てきた。
「あの山はエルフ族と獣人族の両方にとって聖地なんだろ?だったらひとまず両氏族で水乞いの儀式を開催してはどうかな?そうすれば両者のわだかまりもなくなるんじゃないかな~って」
「話にならんな」
俺の言葉にバルドが鼻で笑った。
「あんな獣どもと一緒に儀式を行う?我らエルフ族を愚弄する気か!」
駄目か。
プライドの高いエルフ族が獣人族と協力するのはやっぱり難しかったか。
「ともかくちょっと考えておいてくれないか。このままじゃどっちが水源を得ても犠牲者が出るのは避けられないぞ」
俺はそう言って立ち上がり、屋敷を出た。
最悪俺があの山の中の何かと接触して交渉できないか試すことになるかもしれない
でもそれはあまりに不確実すぎる。
そもそもあの存在に俺の言葉が通じるんだろうか。
あれは魔族や魔獣というよりもアスタルさんのように神に近い存在な気がする。
「どうしたもんかね」
俺は一人呟きながら帰路についた。
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