第15話:雨降って地固まる

 アマーリアとソラノの言葉通り夜中から凄い嵐がやってきた。


 嵐は夜のうちに通り過ぎていったけど凄まじい雨で屋敷が壊れるんじゃないかと思う位だった。


 というか実際屋敷は壊れかけてあちこち雨漏りが起きていたんだけど。


 折角来たんだから雨漏りくらいは直してあげようかなんてことを考えながらロビーで帰る準備をしているとホランドが鬼気迫る顔で出ていくのが見えた。



「どうしたんですか?」


「ボーハルトに行きます!」


 後を追いかけて尋ねるとホランドは足を止めることなくそう答えてきた。



「あの町は水に弱いんです!この場所であれだけ増水しているならボーハルトはひとたまりもない」


 そう言って目の前の川を指差した。


 ボーハルトに向かって流れる川は穏やかだった昨日とは打って変わって茶色い濁流となっている。



「だったら俺が送っていきますよ」


 俺たちは行きに使った荷台を飛ばしてボーハルトに向かった。


「この川はボーハルトのところで大きく湾曲していて大雨が降るとそこから溢れるんです。早く行かないと住民たちが!」


 


「あの~、そのことなんですけど…」


 俺はおそるおそる聞いてみた。



「ああしちゃったんですけど、大丈夫ですかね?」


「こ、これは……!」


 俺が指差した先を見てホランドが絶句した。



 眼下には水に沈んだ街が広がっていた。


 とは言っても氾濫で浸水したわけじゃない。


 川から分岐を作って誰も住んでいない地域を遊水地に変えておいたのだ。


 川の水位が一定量を超えると遊水地に水が流れ込むようになっている。


 この遊水池のお陰で川は氾濫せず、町の他の場所に浸水被害は起きていない。


「実は前からアマーリアに、ええと彼女は水属性使いなんですけど、この町は水に弱いと言われてたんでちょっと改造しておいたんですけど…駄目でしたか?」


 以前ボーハルトの上空を飛んでいた時にアマーリアが川を見てそう指摘してきたのだ。


 あの川は過去に何度も氾濫を起こしているから何か対策が必要だと。


 そこで周囲をスキャンして一番水が溜まりやすそうな新市街部分全体を巨大な遊水地に変えておいたのだ。


 計算だと今回の三倍の水量でも貯められるようになっている。


 でも今から町長になってくれとお願いしているホランドの許可を得ずにやらなかったのは不味かったかな。





「クク、ククク、クハハハハハハ!!!!アーハッハッハッハッハ!!!!!!」


 突然ホランドが笑い出した。


 腹を抱えて体を折り畳み、目尻から涙を浮かべながら笑っている。



「ど、どうしたんですか?」


 突然のことに俺は驚くしかなかった。



「すいません」


 しばらく笑い転げた後でホランドは息を整えて口を開いた。



「あの水に沈んだ地域は私が開発した場所だったんです」


「え、そ、そうだったんですか?それはすいませんでした!知らなかったものでつい」



 やべえ、ひょっとして逆鱗に触れたせいでおかしくなっちゃったのか?


 いや、いいんですよ、とホランドは手を振った。



「あの場所が水害に弱いことはわかっていたんです。あそこに街を作ることは反対だったのですが当時の私はカドモインの強引な要求を突っぱねることができなかった」


 そう言って水に沈んだ街を見下ろした。



「新市街ができたその年に大きな水害が起きて多くの被災者を出しました。それ以来雨が降れば浸水する街とまで言われるようになり、住民の方々に大きな迷惑をかけてしまいました」


 ホランドは自嘲するように息を吐いた。


「世間ではカドモインとの政戦に破れて隠遁したなんて言われてますが、本当はプレッシャーに負けて逃げ出しただけなんです」


 告白の後でホランドはこちらを向いた。



「しかしテツヤさん、あなたのしたことで吹っ切れました。私にもう一度チャンスをくれませんか?私にそんな資格があるとは思えませんが、どうかボーハルトの復興を手伝わせてください」


 まっすぐ見つめるその眼には昨日のようなためらいや戸惑いの陰りはなかった。


「もちろんだよ。さっきホランドさんは真っ先にボーハルトの住民のことを思案していたじゃないか。そういう人がこの町には必要なんだ。こちらこそよろしく頼むよ」


 俺の差し出した手をホランドはがっしりと掴んだ。




    ◆




「そういう訳で、またボーハルトに戻ることになったんだ。ミヤオ、君さえよければついてきてくれないだろうか?」


 屋敷に戻ったホランドはすぐさま引っ越しに取り掛かると言ってまずはミヤオに事の次第を説明していた。




「何を言ってるんですか」


 しばらくの沈黙の後、ミヤオがホランドの胸を人差し指で軽くつついた。


「仕事に熱中したら倒れるまで止めない、食べ物の好き嫌いは激しい、洗濯や掃除の仕方も知らない、そんな人の面倒を見れるのなんて私くらいのものですよ」


「ミヤオ、それじゃあ…!」


「そもそも私は都会娘なんです。こんな片田舎さっさと片付けてボーハルトに戻ることにしましょう」




「最初はどうなることかと思ったが、どうやら一件落着のようだな」


 いつの間にかアマーリアが側に来ていた。


「ああ、でも本当に大変なのはこれからだろうな」


「そのために私たちがいるんだろう?」


 アマーリアと同じように俺の隣に来ていたソラノがそう言ってにっこりと笑った。

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