ボーハルト復興

第14話:ボーハルトの管理者

「なるほど、ヨコシン・ベンズか…」


 リンネ姫が腕を組んで眉をひそめた。



「まだ確実なことは何も言えないけどこれはただの偶然じゃないと思う」



 次の日に帰ってから俺はリンネ姫に昨日のことを報告したのだった。


 ちなみに宴会でのことは黙っておいた。


 みんな飲みすぎてあの時のことはすっかり忘れていたのが幸運だった。


 今思い出しても身震いがするぞ。



「テツヤ、まだこのことはどこにも漏らさないでおいてくれ。この件はこちらでも内々に進めておくことにする」


「わかった。でも気を付けてくれよ。これが事実なら奴は犯罪組織とも繋がりがあるみたいだ」


「ああ、わかっているさ」


 それはそれとして、とリンネ姫が話を続けた。



「私に何か話があるとか?」


「ああ、実はボーハルトのことなんだ。二十万人いた市民が今ではせいぜい千人程度になってしまっているだろ?折角だからこの機会に町全体を大きく作り替えたらどうかと思って」


 なるほどな、とリンネ姫が促した。



「ただそうなると町を管理できる専門家が必要になると思うんだ」


「つまり町長が欲しいと、そういうわけだな」


「そう、トロブはグランとヨーデンさんがいるからいいけど、ボーハルトはトロブよりもでかいし俺じゃ専門外だ。どこかにそういうことができる人はいないかな?」


 うーむ、とリンネ姫は唸った。



「…いないことも…ないのだが」


「本当か!流石はリンネだな!どこにいるんだ?」


「まあ待て、そう顔を寄せるな」


 リンネ姫が頬を染めながら俺の顔を押し戻した。



「その者はボーハルトからさほど遠くないところに住んでいる。ただし私は一旦城に帰らねばならん。親書を書いてやるからテツヤ自身で尋ねるがよい」


 ただし、とリンネ姫は続けた。



「その男はカドモインとの政戦に敗れて一線から退いた身でな。首を縦に振らせるのはちと難しいぞ」


「構わないさ、やるだけやってみないと」


 そう言うと思ったよ、とリンネ姫は笑顔を向けた。





    ◆





 それからしばらくは雑務が立て込んでいて俺がそのホランドという人物の元を訪れたのは一週間ほど経ってからのことだった。


 ホランドはボーハルトの横を流れる大きな川の上流の人里離れた丘の上の屋敷に住んでいた。


 屋敷といってもかなり古びていてあちこちガタが来ている。



「すいません、こちらにホランドさんというお方が住んでいると聞いたんですけど」



「あら、こんな所に人が尋ねてくるなんて珍しい。ご主人様でしたら屋敷の中にいるからお呼びしてきますよ」


 庭で洗濯物を干していた猫の頭を持った猫頭人ウェアキャットのメイドに尋ねてみるとそのメイドは丁寧に答えて屋敷の中へと入っていった。



「ホランド様!お客様がいらっしゃいましたよ!いつまで寝てるんですか!さっさと起きて顔を洗ってらっしゃいませ!!!」


 怒号が屋敷の外まで響いてきた。



 やがて先ほどのメイドが出てきて俺たちを屋敷の中へと案内してくれた。


「どうぞこちらへ。ご主人様はすぐに参りますから、中でお待ちくださいな」


 大丈夫なんだろうか?俺の頭にちらりと疑問がよぎる。




「やあやあどうも、近頃は我が家にお客さんが来ることなんて滅多にないものだから大したおもてなしもできませんけど」


 シャツのボタンを留めつつ階段から降りてきたのは三十代後半くらいの中肉中背の男性だった。


 無精ひげが頬を覆い、髪もしばらく切っていないのがわかる。


 本当にこの人がホランドなのか?



「私がこの屋敷の当主のホランド・ベレゾフです。初めてお見受けしますが今日はどういったご用件ですか?」


 やっぱりこの人がそうだったのか。



「俺、いや私はテツヤ・アラカワと言います、こちらにいるのは部下のアマーリア・ハウエル、ソラノ・エルリッチです。今日はリンネ姫殿下の親書をお持ちしました」


「リンネ姫殿下の?」



 怪訝な顔をしながらホランドは親書を受け取り、それを開いた。


 読み進めるうちにホランドの眉間にしわが寄っていくのが分かった。




「仰りたいことはわかりました」


 親書を読み終え、眼を閉じてホランドが答えた。


「しかしこの話はお断りさせていただきます。私はもはや政界から退いた身で戻る気はないのです」



「し、しかしあなたはかつてボーハルトの執務長官をしていたとか。今あの町にカドモインはいません。あなたならあの町を…」


「申し訳ありません」


 俺の言葉を遮るようにホランドが言葉を重ねた。


「リンネ姫殿下の頼みであっても私の気持ちは変わりません。今日はもう遅いからここに泊まっていただくとして明日にでもお引き取りください」


「そう、ですか…」


 俺に返す言葉はなかった。


 やりたくないという人を無理にやらせるわけにもいかない。





「…どうしたものかな」


 言葉少ない夕食の後で俺は庭に出て夜空を眺めていた。


 雲の流れが早い。


 夜中から嵐になるだろうとアマーリアとソラノが言っていたな。



「どうしたのですか」


 そこにメイドの声が聞こえた。



「どうも、ちょっと夜風に当たりたくて。ええと…」


「ミヤオと申します。どうぞよしなに」



 ミヤオは俺の横に座ると懐から酒の瓶を取り出して俺に勧めてきた。


 断るとそれでは失礼して、と言って瓶を口に当てラッパ飲みを始めた。


 どういうメイドなんだ?



「あんなこと言ってるけど本当は戻りたいんですよ、あの人」


 酒瓶を口から離してミヤオがため息をついた。


「ホランドさんがあそこまで頑なに断るのには何かわけがあるんですか?」


「それは私の口からは言えません。でもあの人の本棚を見たでしょう?これみよがしに行政の研究なんかしちゃって、断ってるのは駄々をこねてるだけなんですよ」


 確かに屋敷に入った時に真っ先に目についたのは壁一面を埋める巨大な本棚と本が何冊も積まれた机だった。


 本はどれも行政や公務に関するものばかりだった。



「テツヤ様、ホランド様のことよろしくお願いしますね。今はあんなだけど本当はこんなところで燻ってていい人じゃないんですよ」


 そう言い残してミヤオは屋敷に戻っていった。

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