第16話:尻のために

 ホランドがボーハルトに来て一安心、と思ったのも束の間でむしろ俺にとっては更に忙しい日々が始まることになってしまった。


 まず洞窟からバット・グアノを運び出すための採掘集団と輸送集団がやってきたのだ。

 採掘されたバット・グアノは一旦ボーハルトに集積し、その後に旧カドモイン領各地に配られる手はずになっていた。


 採掘周りの管理はルビキュラたちに、ボーハルトの方はホランドに任せることになったから良かったものの、もし両者とも繋がりを持っていなかったら大変なことになっていただろう。


 トロブとボーハルト、洞窟を往復する忙しい日々を送りながら俺は改めて運と縁に感謝していた。





 そんなある日、洞窟に行くと道路に人だかりができていた。


「どうかしたのか?」


「ああ、テツヤさんじゃないすか。実は荷馬車が壊れちまってこのままじゃ走らせられないんすよ」


「どれどれ、車軸が折れているのか。これならすぐに直せるよ」


 俺は素早くその荷馬車を直した。


 ついでに車軸に付けられていたベアリングの精度も上げておこう。



「おお、凄え!流石はテツヤさんだ!」


「これで作業の遅れを取り戻せるぜ!」


 そう言って作業に戻ろうとした男たちに俺は何か違和感を覚えた。



「なあ、なんでみんな歩いているんだ?荷馬車に乗った方が疲れないし効率良くないか?」



「それなんですがね…」


 男たちはばつが悪そうに口ごもった。


「荷馬車に座ってると揺れるたびに尻を打っちゃって痛くて痛くて。かえって疲れちまうんでさあ」


「そうそう、荷台に立っていても揺れると酔っちまって。それなら歩いていった方がまだ疲れないんですよ」


 むむ、そうなのか。


 確かにここからボーハルトまでは未舗装路だからどうしても轍や凹凸は避けられない。


 荷馬車の車輪は小さいから地面のギャップを伝えやすいし御者台にクッションを置いても限界があるのだろう。


 本当はアスファルトを敷きたいところだけど原料になるアスファルトがない以上、別の方法を考えないと…



「そうだ!これならいけるかもしれない!」


 俺はすぐにボーハルトへと飛んでいった。




 ボーハルトに戻って空き家から鉄なべやフライパンなど鉄製の道具をかき集め、それでバネとシャフト、シャフトを通すためのパイプを作りあげた。


 ちょうどそこにバット・グアノを積んだ荷馬車がやってきた。


「ちょうどいいところに来た。ちょっと戻るのを待ってくれないか?」


 俺はその荷馬車の御者台を分解して御者台にシャフトを、荷台の御者台を乗せる部分にパイプを取り付けてその間にバネを付けた。


 簡単なサスペンションの出来上がりだ。


「これを試してみてくれないか。多少揺れるかもしれないけど今までよりマシになると思うんだ」



「本当に大丈夫なんで……うわっなんだこれ!尻が弾んでるみてえだ!揺れても全然痛くねえ!」


 半信半疑だった荷馬車の御者が仰天している。


「そいつは押しバネというんだ。荷重がかかれば縮むけど元に戻る力が働くから衝撃が加わらなくなるんだよ」


「す、凄え…これなら尻のことを気にせずに馬車を走られるようになりますぜ!」


「今までの倍くらい効率が良くなりますよ!」


「あっしらの馬車にも取り付けてくださいよ!」


 騒ぎを聞きつけて次々に人が集まってきた。


 これはベアリングの時の二の舞になりそうな予感がするぞ。


 とは言え今回はゲーレンさんもいないから俺一人でやるしかなさそうけど少なくとも馬車の数は限られているしなんとかなるか。


 苦笑いをしつつ俺は作業を続け、結局その日は馬車が来るたびに座席にサスペンションを取り付けていた。


 さ、流石に疲れたぞ。



 トロブに戻った俺はヘトヘトに疲れ切っていたから食事もそこそこに風呂に入ることにした。


 風呂に入りながらも考えていたのは早く眠りたいということだった。


 この世界のベッドのマットレスはウールで出来ていてそれはそれで心地が良いんだけど、こういう泥みたいに疲れた日は地球のベッドが恋しくなる。


 待て、バネができたということはスプリングコイル式のベッドも作れるんじゃないか?


 そう考えると無性にベッドで寝たくなってきた。


「よし、次はベッドを作るぞ!」



 俺は勢いよく湯船から立ち上がった。



「なにか良いことでも考え付いたのか?」


 突然横から声がした。


「うわあっ!ア、アマーリア!なんでここにいるんだよ!?」


 湯船に浸かっていた俺の隣にはいつの間にかアマーリアがいた。


 そういえばさっきから背中に何か柔らかいものが当たっていたような気がしてたけど…まさか…



「なんでって、私が入っていたらテツヤが来たのだぞ?」


 …そ、そうだっけ?疲れすぎてぼんやりしてたからよく覚えてないんだけど、確か脱衣所に服はなかったような…


「ああ、今日は暑かったから汗をかいてしまってな。服は洗濯場に置いてきたのだ」


 そういえば裸族だったことを忘れていた。



「そんなことよりもだな…」


 珍しいことにアマーリアが頬を染めている。



「その、流石にこれは目のやり場に困るのだが」


 言われて初めて俺がアマーリアの目の前で立ち上がっていたことに気付いた。


 全裸で。




「うわああっ!!ごめん!!!」


 慌てて湯船にしゃがみこむ。


 しかしこれでは再びアマーリアと一緒にお風呂に入ることになってしまう。



 ちらりと横目で見ると濁ったお湯からアマーリアの見事な裸体が見え隠れしている。




「お、俺はもう出るからゆっくりしていってくれ!」


 俺は慌てて風呂場から飛び出した。

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