第3話:底辺ギルドと初の依頼

【ハインツ冒険者ギルド】


 ドアの横の看板にはそう書かれていた。


 その看板がなければギルドとはとても思えないようなうらさびれた佇まいだ。


 こういう場所を探していたんだ。


 軋んだ音を立てるドアを開け、中に入る。


 中はほぼバーだった。


 奥にカウンターがあり、店の中には丸テーブルと椅子が乱雑に並んでいる。


 数人の冒険者が既にテーブルを囲んでいて、俺が入るなりじろりと遠慮のないまなざしを向けてきた。


 壁の一面には仕事の依頼書が貼ってあるリクルートボードがあったけどわずかに数枚しか貼られていなかった。


 しかもその依頼と言ったら”運び屋募集。秘密厳守”とか”キーピッカー(魔法解除込み)募集”とか怪しいものばかりだ。


 間違いなくここは底辺ギルドらしい。


 やれやれ、子供の頃は仕事を依頼するにしろ受けるにしろ底辺ギルドにだけは行くなと言われていたのだけど、その底辺ギルドを頼ることになるとはね。


 しかしこの依頼は流石に受ける気にはならないな。


 別のギルドに行ってみるか……


 そんな事を考えていると小さな音を立ててドアベルが鳴った。


 振り向くとそこには小さな少女がおそるおそる顔をのぞかせていた。


 年の頃は十歳位だろうか、汚れた格好をして髪もクシャクシャだ。


「あ、あの……ここもギルドなんでしょうか?」


 怯えたような顔で尋ねてきた。


 丸テーブルの男たちは少女を値踏みするように見回したきり、無視するように会話に花を咲かせている。


 一目で金にならないと判断したのだろう。


「あ、あの、お仕事を依頼したいんですっ」


 少女は店の中に入っていき、丸テーブルの男たちの下に歩み寄った。


「私の村が山賊に襲われそうなんです!お願いします!私の村を助けてください!」


 そう言って肩にかけたポーチに手を入れた。


 中から取り出したのは十数枚の銅貨と銀貨が二~三枚だった。


「ずっと貯めていたお金です。これしか用意できなかったけれど、どうかお願いします!」


 そう言ってすがるように男たちを見つめる。


 幾ら底辺ギルドとはいえ、依頼は銀貨五枚が最低相場だ。


 残念ながらその金額では手付金にもならないだろう。


 その様子に丸テーブルから押し殺したような笑い声が起きる。


「おいおい、嬢ちゃん、ガキにお使いを頼むんじゃねえんだぜ」


「その額じゃあ今夜の飲み代にもならねえよ」


「今夜嬢ちゃんが俺たちに酌してくれるってんなら考えてやらねえでもねえぞ?」


 下品な冗談を吐きながら下卑た笑い声をあげる。


 少女は涙を浮かべて立ち尽くしていた。


「なあ、ここはあの金額の仕事を受けるのか?」


 俺はカウンターの奥のマスターに尋ねた。


 マスターは肩をすくめて首を横に振った。


 当然だろうな。


「だったらその仕事、俺が受けても構わないってことだな?」


 俺の言葉に少女は驚いたように振り返った。


「その山賊討伐、俺が引き受けるよ」


 俺の言葉に少女の眼に涙が溢れていく。


「ありがとうござます!ありがとうございます!」


 少女がぺこぺこと何度も頭を下げてきた。


「おいおい、兄ちゃんよお。このガキは俺たちに仕事を振ってきたんだぜ?それを横から取ろうってのは筋が通らねえんじゃねえのか?」


 俺の言葉が面白くなかったのか、丸テーブルの禿頭の男が立ち上がってのそりと近寄ってきた。


 俺よりも頭一つ分くらいでかく、体の太さは倍くらいある。


「あんたらは今さっきその依頼を笑い飛ばしてたじゃないか。それともその金額で受けるつもりなのか?」


「受けるつもりはねえがよ、手前が何の断りもなく口を挟んでくるのが筋違いだってんだよ!」


「俺は今さっきこの子と依頼に対して合意を結んだんだ。横から口を挟んでくるあんたの方が筋違いじゃないのか?」


「てめ……」


 俺の言葉に大男の頭にメロンのような血管が浮かぶ。


「調子に乗ってんじゃねえぞ!このガキがっ!」


 叫ぶなり俺のシャツの襟首を掴み、削岩機のような拳を振るってきた。


 少女が叫び声をあげた。


 俺はその拳を首を傾けてかわし、襟首をつかんだ手首を掴むと捻り上げた。


「うおっ?い、いででででで!」


 突然のことに男は苦悶の表情で跪く。


 並の人間ならすくむような大男の拳も俺にとっては子猫がじゃれてくるようなものだ。


 日本で俺を育ててくれた師匠たちは世捨て人ではあるけどみんな剣や空手、拳法など武芸の達人ばかりで、彼らと一緒に暮らす中で連日厳しい特訓を受けてきたからだ。


 いや、あれは特訓なんて生易しいものじゃなかった。


 実際何度か死にかけたこともあったし。


 我ながらよく続けられたものだ。


 ともあれ師匠たちの特訓のおかげで多少の荒事には動じなくなっている。


「手前っ!」


 その様子に驚いた残りの男たちが一斉に襲い掛かってきたが、そいつらを床に這いつくばらせるのには十数秒もあれば十分だった。


「俺の実力はざっとこんなもんだけど、これだったら君の依頼に十分かな?」


 俺は少女に尋ねた。


「はいっ、是非お願いします!」


 少女が目に涙を浮かべながら笑顔で頷いた。


「じゃあ改めて契約成立だ。支払いは成功後ってことで良いよ。俺の名前はアラカワ テツヤ、テツヤと呼んでくれ」


「私の名前はステラといいます!よろしくお願いします!テツヤさん!」


 そのステラという少女が言うには、村は今まで度々山賊に襲われてきたのだという。


 領主に山賊退治を嘆願してもなかなか聞き届けてもらえず、村も謎の病気が蔓延してしまって山賊に立ち向かうこともできないらしい。


 そしてステラがなけなしのお金を持ってギルドにやってきたのだとか。


 俺とステラはとりあえず城壁の外に出た。


 ステラは普通に城門から出、俺は入ってきた時と同じように城壁を潜り抜けて外で再び落ち合った。

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