第2話:レベルはB級?
歩いて一時間ほどのところにあるその町はラングという名前だった。
この町には聞き覚えがある、ということは故郷であるフィルド王国に戻ってきたのか。
ラングは比較的大きな町で、城壁に囲まれていて城門には衛兵まで立っている。
うーん、これは困ったぞ。
このミネラシアでは城門があるような町に入る場合には自分が生まれ育った町や村の首長が書き記した身分証が必要になる。
異世界から帰ってきた俺にそんなものがあるはずもない。
しばらく考えた後で城壁の人目のつかない場所へと移動することにした。
城壁に手を当ててみる。
(素材・花崗岩、厚み・三メートル)
この位ならなんとかなるだろう。
城壁に人が通れる程度の穴を開けるイメージをする。
まるで最初からそういう形にくりぬいてあったかのような穴が開いた。
すばやく潜り抜けて穴を元に戻す。
やっぱり土属性は最高だ。
◆
ラングの町はかなり栄えていた。
穴を通り抜けたところからしばらく歩くと大通りが走っていてそこには店や屋台が立ち並んでいた。
中心にある噴水から放射状に大通りが伸び、その間を蜘蛛の巣のように小路が結んでいる。
人族だけではなく多種多様な種族が歩いているのが見える。
フィルド王国はミネラシアでは珍しい多種族共存国なのだ。
久しぶりの世界を観光したいところだけどまずは教会に行かないと。
「すいません、教会はどちらでしょうか?」
通りを歩いている猫人族の男性に道を聞いて、そこでうっかり日本語を話してしまっていることに気づいた。
「ああ、それなら噴水広場にあるよ」
しかしその猫人族の男性はなんら驚いた様子もなく道を教えてくれた。
どうやら俺の言葉は勝手にフィルド語に変換されていたらしい。
猫人族の男性の話す言葉も全然違和感なく理解できた。
そう言えば地球に飛ばされた時もいきなり向こうの人と話ができたっけ。
これも異世界に飛ばされた時に獲得するスキルの一つなんだろうか?
◆
教会は噴水のある広場の一角にそびえたっていた。
フィルド王国はミネラシアの他の国と同じように四大精霊を祭っているけど、中でも水の精霊を特に信奉していて教会も水の精霊を祭っている。
王国では子供の時に属性チェックをするのが習わしで、お金がない人や大人のために教会でも無料で属性チェックやレベルチェックをしてくれるのだ。
ちょうどその日は祝日か何かだったらしく、教会の前にテントを張ってレベルチェックを行っていた。
テントの中に入るとテーブルの奥に尼僧が座っていた。
「こんにちは。私はシスター・ベラと申します。自分の属性はもうご存じですか?」
テーブルの前の椅子に腰かけるとシスター・ベラと名乗る尼僧がにこやかに微笑んできた。
「ああ、土属性なんだ」
「……あ、ええと……、そ、そうなんですか……」
俺の答えにそのシスター・ベラは哀れみとも同情ともつかない何とも言えない表情を見せた。
これがミネラシアでの土属性に対する一般的な評価だ。
華がない、地味、農民だったら喜ばれるなど、土属性に対する酷評は枚挙にいとまがない。
土属性お断りなんて言ってる冒険者グループもいるくらいだ。
だけどそんなのは気にしてない。
地球で学んできた俺は土属性こそが最強だと知っているからだ。
「じゃ、じゃあレベルチェックをしますね。この水晶球に手を当ててください」
シスター・ベラに言われるままに俺はテーブルの上に置かれていた直径二十センチほどの水晶球に両手を当てた。
「それではチェックを始めます」
シスター・ベラが詠唱を開始し、水晶球の中にゆっくりと光が波打ち始めた。
光は最初は緑色に輝き、次に白へと変わっていき、金色へと変化していった。
シスター・ベラの合図で手を離した時、水晶球の中には金色の光が渦巻いていた。
「これは凄いです!あなたの土属性はA級相当ですよ!ここまで強い土属性を持った人を見るのは初めてです!」
シスター・ベラが驚いたように声を上げた。
A級か。
ひょっとしてS級じゃないかと淡い期待を抱いていたけど、それでもA級だったら十分だな。
「よろしければ登録していかれませんか?教会発行の属性使いの登録証を持っていればギルドで仕事を受けるのにも就職するのにも有利ですよ」
「いや、それは遠慮しておくよ。登録証の発行にはお金がかかるんだろ?なんせ一文無しなんだ。それよりも冒険者ギルド街の場所を教えてくれないかな?手っ取り早くお金を稼ぎたくてね」
「それでしたらあちらの朝日通りをまっすぐ行って二つ目の角を曲がったところがそうです。でも裏通りにある紹介所は行かない方がいいですよ。あなたのような善き人が行くところではありませんから」
俺はシスター・ベラに礼を言ってテントから出て朝日通りへと向かった。
この世界は地球と違って町を一歩出たら魔獣や怪物があちこちで暴れまわっているから人々は町から町への移動でも命の危険に晒されている。
そういう時の護衛や魔獣退治の依頼を請け負い、冒険者たちに仕事を斡旋するいわゆる紹介所が冒険者ギルドと呼ばれていて、そういうギルドが寄り集まっている一角を冒険者ギルド街という。
冒険者ギルド街はそこそこ大きな町ならどこにでもある。
しかしギルドにもランクがあって有名ギルドには大きな仕事が回ってくるけど当然ながら冒険者も選ばれた者しか加盟できない。
俺のように登録証も持っていないただの属性使いはなおさらだ。
通りかかった大通りに面したそこそこ大きなギルドにはご丁寧に「土属性使いは加盟できません」なんて書かれてやがった。
まあもとよりそういうところに俺のようなぽっと出が入っていってすぐに仕事が見つかるわけもないんだけど。
さっきのシスター・ベラには悪いけど、俺が目指すのはどんな人間にも何も聞かずに仕事を回してくれるような「善き人の行かない」ギルドなんだよね。
俺は通りを曲がり、更に裏路地に向かって進んで行った。
◆
「やあ、精がでるね」
「アマーリア様!お久しぶりです!」
先ほどの教会に鎧兜に身を包み、手には巨大な青龍偃月刀のような武器を持った一人の女性が立ち寄っていた。
碧眼が煌めき、形の好い唇から小さな牙が覗き、風になびく藍色の長髪からは龍の角が生えている。
「お仕事でこの町に来られたのですか?」
シスター・ベラが顔を赤らめながら嬉しそうに尋ねる。
「ああ、最近山賊の被害が増えていると王都へも届いていてね。これから調査に向かうんだ」
「おお、恐ろしい!山賊の噂はこの町にも広まっていてみんな怯えています。どうかご無事で帰ってきてくださいませ、アマーリア様」
「ありがとう。それよりも今日はレベルチェックの日だったんだろう?どんな人が来ていたんだい?」
「そうなんです!今日は珍しいことに土属性の方が来られたんですよ!しかもA級だったんです!私、レベルチェックでA級が出るなんて初めて見ました!」
「ほう、土属性でA級。それは確かに珍しいね」
アマーリアというその女性兵士はシスター・ベラの話を聞いて目を細めた。
龍人族と人族のハーフでありながら調査隊長まで上り詰めたS級魔法戦士であるアマーリアもA級の土属性使いというのは初めて耳にする。
「あら、その水晶球はどこから持ってきたのかしら?」
その時、テーブルを片付けていた別の尼僧が訪ねてきた。
「ふだん私が使っていた水晶球が見当たらなかったから地下倉庫にあったのを持ってきたのだけど……」
シスター・ベラが怪訝な顔で答えた。
「駄目よ、それを使っては。その水晶球は使ってる素材が粗悪で、測定結果が本来の測定値の半分も出ないということで廃棄予定だったのよ」
「え、じゃ、じゃあ、A級だったというあの人は……」
シスター・ベラが驚いたように口元に手を当てた。
その時、ピシリという乾いた音がテントに響いた。
三人が見下ろす中、ベラの使っていた水晶球にひびが入り、粉々に砕けた。
「ますます面白いね」
アマーリアが愉快そうに笑みを浮かべた。
この水晶球でレベルチェックをしたのはどんな人物なのだろうか?
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